4 宝箱
その宿はお世辞にも綺麗とは言い難い風貌でした。
廃れたとまでは言いませんが、あまり人が多く留まっているようにも見えません。ノアさんがこの宿を選んだのには理由があるのだと思いますが、女の子の私としてはもう少し綺麗な方がよかった。
まぁ、私はホムンクルスなんですけどね。
「いらっしゃい。お二人さんかい?うちはボロいけどゆっくりしていってくださいな。お代は一泊500ダムだよ。」
とても優しそうな男性の方でした。首のネックレスは六等星なので一般人ですね。
「え?そんなに安くていいんですか?」
そんなに予想外だったのでしょうか。思わずノアさんが大きな声をあげているほどでした。
「ええ、うちは見ての通りボロ屋ですからね。それにお客さんも安そうだったからウチに来たんじゃないんですか?」
苦笑いするノアさん。なるほど、あまりお金がないようですね。後でお金についてノアさんと話し合いをしなければいけません。
「それと………ちょっと厄介なもんが住み着いてますけど、そこは我慢してください。」
そんなにも言いにくいことだったのでしょうか。宿屋の店主はお代を受け取ると部屋まで案内してそそくさと立ち去っていきました。
部屋は二つのベッドが横に並んだ二人部屋でした。店主が自分で言っていたようにボロいというのが真っ当な評価ですが、掃除は行き届いているようでした。埃は落ちていません。
それより問題は……
「二人部屋ですか?」
「すまないね。何せお金がないんだよ。」
まぁいいでしょう。私の知識ではまだ結婚もしていない男女が同じ部屋で寝るのはいけないとあるのですが、私は彼を信用しています。
大丈夫ですよね?
ちょっと心配に……いえ、彼は誠実な方です。それに神父様ですよ。それに何と言っても私はホムンクルス。ノアさんが変な気を起こすはずがありません。
「いいえ、私は気にしていませんよ。それよりお金の話をしましょう。このままでは一文無しになってしまうのではないですか?」
私はそこにあったテーブルに紙袋をドサッと置いて言いました。ノアさんも同じように紙袋を置いた後、私たちは揃ってベッドにドサッと腰掛けます。
と、その前に。
「紙袋は私の空間魔法に収納していてもいいですか?」
「君は空間魔法まで使えるのかい?」
「はい、一応一等星なので。」
ニコッと微笑み私は懐から杖を取り出してチョンっと振って見せます。
すると、あら不思議。そこにあったはずの紙袋は音もなくどこかに消え去ってしまいました。
もちろん私の空間の中です。一等星にもなるとあらゆる魔法を使えて便利です。その分努力はしましたけどね。
「さすがだね。ちなみに君の空間には何が入っているのかい?」
言われて気がつきました。そういえば私の空間には今の紙袋以外何も入っていないのです。
「今入れたのが初めてですよ。中には紙袋以外何も入っていません。」
と、そこで私はいいことを思いつくのです。
これからの旅の思い出を空間魔法にしまっていけば、いつか思い返してみることができるのではないかと。
我ながらいい考えです。だからノアさんにも言ってみました。
「うん、いい考えだと思うよ。さながらそこは君の宝箱になるってことだね。」
「宝箱?それは宝石や貴重な遺物が入っているものなのではないですか?私のはただの物入れにすぎません。」
しかし、これを彼は否定します。なぜでしょう。私の知識には確かにこう書かれているのに。
「君だけの宝箱であればいいんだよ。たとえ誰かが否定しようとも、それは君とって何物にも変え難い宝物だよ。」
なるほど、そういうものなのですね。ノアさんの話は勉強になります。さすが神父様ですね。
しかし、それなら……
「じゃあ、この空間は私とノアさん二人の宝箱ですね。」
しかし、どうしたことでしょう。ノアさんは顔を逸らしてしまいました。それに顔も赤い。もしかしたら風邪でもひいてしまったのではないでしょうか。
「あの……ノアさん。大丈夫ですか?顔が赤いですが。」
「い、いや、気にしないでくれ。ちょっとこの部屋が暑いと思ってね。」
そう…なのでしょうか?ホムンクルスと人間の体感は違うのかもしれません。この部屋の窓から入る潮風が心地よくて私には暑いとは感じられませんので。
それは兎も角、お金の話でした。
「お金に関して何か当てはないのですか?」
それにノアさんは首を振ります。
「教会で借りられたりは……あっ」
そこまで言って気がついてしまいました。それはきっと私のせいですね。私と逃避行する限り彼は教会に近寄れません。
「別に君のせいじゃない。これは僕がやりたくてやっている事だ。」
「追手は大丈夫でしょうか?まだ気付かれていないでしょうか?」
「いや、正直わからない。まだ気付かれてはいないと思うが、いつ追手が来てもおかしくないんだ。」
それは困りました。追われていないのなら行商人でもしながらまったり旅することを提案しようと思ったのですが、それは不可能そうですね。
身軽に旅ができるような職業は……
「冒険者なんてどうだろう?」
「冒険者?」
「ダメ……かな?」
不安そうに顔を曇らすノアさんでした。
しかし、悪くありません。確かに身軽で、世界を渡り歩いていけそうです。それに彼との冒険は楽しそう。
「いいですね。賛成です。」
「そうか。よかった。」
彼は心底安心した様子でした。これでお金の問題は解決ですね。
「それと、」
まだ何かあるのでしょうか。お金の問題は解決だと思ったのですが。
「旅の途中、行商でもしないかい?」
「それは私も考えました。でも、行商人は荷物が多いじゃないですか。それではいざという時に逃げられません。」
しかし、私の反論を意に介さず彼は微笑みました。そして言うのです。私もすっかり忘れていたことを。
「君には空間魔法があるじゃないか。」
「あ〜!」
感嘆のあまり声が漏れてしまいました。
しかし、空間魔法を使って行商とは実にいい考えです。さすがノアさん。
「いい考えです。そうしましょう。」
「じゃあ早速明日、この街の冒険者ギルドに言ってみようか。」
「はい。」
私は元気よく返事をしました。
その夜は先ほど市場で買ったものを食べました。私はホムンクルスで何も食べずとも生きていけるのですが、ノアさんが美味しいと勧めるのでついつい食べ過ぎてしまいました。
そして寝床に着くのです。
「ノアさん。おやすみなさい。」
「おやすみ、スカイ。」
私は少し緊張していました。だって男の人と同じ部屋ですよ。そもそも私は誰かと一緒の部屋で寝ること自体が初めての経験。緊張しないはずがありません。
緊張で眠れなかったのですが、いつの間にかノアさんは寝息を立てて寝てしまいました。私の心配は杞憂におわりそうです。でも女の子として何もされないというのも複雑な気分です。
とても心地良さそうな寝息が月明かりの差し込む部屋に響きます。それを聞いていると私も眠くなってきました。
そしてノアさんに背を向けて目を閉じるのですが、そこで不可解な出来事が。
なんと背後で足音がしたのです。
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