3 上陸
最初の島は私には何もかもが新鮮で、目に入るもの全てに目移りしてしまいそうでした。そもそもこんなに人がいっぱいいるところが初めてで感動すらしてしまう次第。
船着場に船を停めて、最初に私とノアさんが向かったのは市場です。私は
「ここが市場というところなのですか?」
「うん、そうだよ。それより……スカイ。君はネックレスをつけた方がいい。」
そう言われて気がつきました。うっかりです。
この世界では魔石でできたネックレスをつけることが不文律で定められているのです。魔石と言っても私のは真っ赤で綺麗な宝石のようですがね。
魔石はつけた人の実力に応じて輝きを変えるのです。光の強さは一等星から六等星まで。
「まさか君は一等星なのかい?」
服の下に隠していた魔石を表に出すと彼が驚いたように目を見開きました。眩い光を纏った魔石が煌々と輝き胸元に鎮座します。市場にいた周りの人たちも私の方を振り返りました。
その通り、私ってばちょっとだけ凄い人だったりするのです。まぁホムンクルスですけどね。
「はい、私を創った錬金術師の方が色々教えてくださったおかげです。ノアさんはネックレスはつけないのですか?」
彼はネックレスをつけていません。だから私も気が付かなかったのでしょう。彼は黒い修道服のままで、十字架のネックレスをかけていますが、魔石のネックレスはありません。
「僕は神官だからね。神官は魔石のネックレスはつけてはいけないようになっているんだよ。」
初めて知りました。ホムンクルスは生まれながらにしてあらゆる知識を身につけているなんて言われますが、本当なのかと疑うほどに私は初めて知ることが多いです。
思わず感嘆の声を漏らしてしまいます。するとそんな私たちに声をかける露店の店主がひとり、こちらに手を振ってきました。
「そこの可愛い嬢ちゃんとハンサムな神官さん。買い物かい?」
その店主は魔女という名が似合いそうな風貌のお婆さんでした。案の定、胸元のネックレスを見ると三等星の輝きがあります。
三等星は一般魔道士を指す輝きです。ちなみに二等星が怪物魔道士。一等星は全能の魔法使いなんて言われたりします。
「ヒッヒッヒ うちの店のりんごはどうだい?他のどの店よりも安いよ。」
お婆さんは不気味な笑いを浮かべて言いました。確かにそれはとても綺麗な赤色で丸い大きなリンゴでした。
「ノアさん、一つ買ってもいいですか?」
だから私はノアさんにおねだりしてみることにしました。私には確かに美味しそうに見えたのです。
「いいよ。でもその代わり二つだ。僕の分もね。」
ノアさんは快く承諾してくれました。やはり優しいです。
そして私はお金を払おうとしたのですが、そこで思いがけない妨害が……
「ちょっと待ちな、嬢ちゃん。そっちの店よりうちの店の方が安いし美味しいぜ。」
その声にひかれて隣の露店を見てみれば歳はお婆さんと同じくらいで四等星のネックレスをつけたお爺さんが眉間に皺を寄せて私を睨んでいたのです。
ちなみに四等星とは見習い魔道士ですよ。
「そっちの神官さんもこっちのりんごの方がうまいって分かるじゃろ?」
「ええ……まぁ…」
その威圧的な態度にはノアさんも困っているようでした。
でも私はお婆さんとお爺さんのりんごを見比べて思ったのです。
「これ、どちらも同じじゃないのですか?」
言ってしまってから口をつぐんだのですが遅かったようです。思ったことが口から出てしまう癖は治した方がいいですね。
「なんじゃって。」
「何を言ってるんだい。」
これはいけません。お二人とも怒っているようです。
「まぁまぁお二人とも落ち着いて。お二人のりんごがどう違うのか説明してもらってもいいですか?」
私が困っているとノアさんが助けてくれました。やっぱり彼は頼りになります。でも、だからと言って彼に頼りっきりではダメですね。
「そんなの見れば分かるでしょう神官さん。」
「そうじゃよ。値段が違うに決まっているじゃろう。なぁお嬢ちゃん。」
「え、ええ……まぁ確かに。値段は少しだけお婆さんの方が安いですね。」
大きく書かれた値札を見てみるとお爺さんの方は140ダム。お婆さんの方は135ダムでした。ちなみにダムというのは通貨の単位のことです。
「値段以外……つまり品質的な面での違いはないのですか?」
ノアさんの問いに二人は口を揃えて言いました。それはもう熟練の夫婦かと見紛うほど。
「あるわけないじゃろ。」
「あるはずないじゃない。」
思わずびっくりしてしまいました。ノアさんも私も。
すると、お爺さんが何か思いついたようで木の板に何かを書いていきます。
「これでどうじゃ。これでうちのりんごの方が安いの。」
確かに安くなりました。お爺さんの店のりんごは125ダムです。
すると今度はお婆さんが言い出しました。
「それならうちは一個110ダムだよ。ほらお嬢ちゃん、買っていきな。」
「そっちがそうくるならうちは100ダムじゃ。」
「それならこっちは90ダム。」
そんな調子で値下げに値下げを重ねた結果。
「お二人ともこれじゃあ赤字じゃないででしょうか。」
どちらのお店も限界まで値下げした結果、市場にいた人たちがみんな集まってきました。
「まずい、僕たちは一旦離れよう。」
ノアさんに手を引かれて私は人混みをかき分けて進みます。人混みを抜けると市場の他のお店の人たちが迷惑そうな顔をしていました。
きっと彼らも商売あがったりなのでしょう。
「僕たちは他の店で買い物を済ませようか。」
「はい、そうですね。あのお二人には申し訳ないですが、あれでは当分買いにいけそうにありません。」
「………うん。まぁ、それもあるね。」
私たちは手早く買い物を済ませました。
買い物が終わった直後に聞いた話によればあのお二人のお店は潰れてしまったようです。自業自得と言って仕舞えば私たちは何も気にせずに済むのでしょう。それでも私はどうしても気になるのです。
「ノアさん。あのお二人はどうすればよかったのでしょうか?あの二人が商売を続けられる道はなかったのか私は気になるのです。」
「そうだね。あの二人がもっと協力していればどちらの店も潰れず、繁盛していたかもしれない。かと言って協力して値段を上げたりしたら元も子もないけどね。」
それは買い物からの帰り道でした。私たちはパンパンに膨らんだ紙袋を抱えて歩いています。
そろそろ夕暮れですね。海の向こうに太陽が沈んでいきます。
「人間とは互いに協力して生きていくものなのですか?」
私は人間という生き物をあまり理解できていないようです。やはり私は
「そうだね。人は誰だって一人で生きてはいけないんだ。誰だって誰かに頼って、協力して生きていく。それが人という種なんだよ。」
なるほど。人という生物が少しだけ理解できたような気がします。
「さぁ、今夜はこの宿屋に泊まろうか。」
私たちの旅は始まったばかりです。でも、私は思うのです。
もっと人間を知っていきたいと。
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