2 名前
「君の名前はなんて言うんだい?」
船は魔力で動いていました。魔道具でできたエンジンに魔力を流し込んで動かします。彼はかなり魔力の量が多いのでしょう。そうでないとこの速さで船は動きませんからね。
船の上は気持ちがよかったです。船酔い?というものもあるらしいのですが、私は
でも、船酔いはしなくても私は困ってしまいました。彼の質問に答えれなかったからです。
「…………………」
黙りこくってしまい、俯いてなんと答えればいいのか悩んでいると彼は私の顔を覗き込んできました。
「もしかして君は名前がないのかい?」
どうして彼はわかってしまったのでしょうか。私には名前がないのです。こう言う場合はどうすればいいのか残念ながら私の知識にはありません。
「はい、私はどうすればいいのでしょうか?」
だから思い切って聞いてみました。すると彼はにこやかに微笑むのです。それはまるで私を安心させる為にあるものではないのかと錯覚してしまうほど私の心は穏やかになりました。
「じゃあ、僕が名前をつけてあげよう。」
「名前をつける?………そう言うものなのですか?」
不思議です。名前とは付けられるものだったのですね。そもそも名前とは何なのでしょうか。私は気になって聞いてみることにしました。
すると彼は言うのです。
「名前っていうのはその人の生きた証だよ。その人が生きて生きて生きた先、墓石にそっとその人の人生が刻まれるんだ。」
「つまり名前とは人生そのものなのですね。」
「うん、たとえ人が死んで、土に帰ったとしてもその人の面影が名前として永遠に残るんだよ。」
彼は優しい声で言いました。それは彼が神父様だからでしょうか。彼の言葉はすごく私に突き刺さりました。
すると私は思うのです。私も死んだら墓石に名が刻まれるのかと。
もしそうなら、私は刻みたい名前がありました。それは唐突な思いつきで、不純な理由から考えついた名前だけど、どうしても私はこの名前を名乗りたかった。
だから……少し緊張するけれど、彼に聞いてみました。
「私は自分で名前をつけてもいいのでしょうか?」
せっかく彼が名前をつけてくれると言ってくれたのに、断ってしまいました。これには私も申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかし、彼は快く受け入れてくれるようで、
「いいよ。どんな名前がいいんだい?」
そう聞いてきたのです。だから私は答えました。
「スカイ……スカイという名前がいいです。」
「それはどうして?」
「私は長い間この広大な海と果てしなく続く空を眺めてきました。だから私はこんな美しい名前を墓石に刻みたいのです。それに……」
私は一度言葉を切りました。そうすると彼は続きが気になったような顔をしていたのですが、私にはその続きを言うことができません。
「それに?」
「いえ、なんでもないです。」
ごまかしてしまいました。でもしょうがないですよね。
だって、あなたの瞳の色みたいだなんて恥ずかしくて言えませんよ。
「………そうか……でも、いつか言いたくなった時に聞かせてくれ。僕はその続きが気になってしょうがない。」
やはり聞きたかったのでしょうか。彼はどこか寂しそうです。
「?」
でも、そこで私は重要なことを思い出しました。
「あなたの名前は?」
私の話ばかりで彼の名前を聞いていませんでした。
「ノア。」
「ノア……確か聖書で大洪水を生き抜いた方の名前ですね。聖職者であるあなたにぴったりな名前ですね。」
私は本当にそう思ったのです。ですが彼は顔を曇らせました。何か怒らせるようなことを言ってしまったのでしょうか。こんな時、私は自分が
「いや、別に君に怒ったわけじゃないんだ。だからそんな顔をしないでくれ。」
彼はそう言ってくれました。でも薄々勘づいているのです。彼は聖職者でありながら教えに背いて私なんかと旅をしている。
でも、謝ってしまったら彼をもっと傷つけてしまいそうだったので何も言いませんでした。
「ほら、みて。………スカイ。」
「…………」
「どうしたんだい?」
驚きました。彼に名前を呼ばれるだけでこんなにも心が高揚している。私は感情のないホムンクルス。それなのにこれはどう言うことなのでしょうか。
「いえ、あなたに名前を呼ばれるのが心地よかったのでついボーッとしてしまいました。」
「そ、そうか………そんな恥ずかしいことを言わないでくれ。僕だって勇気を出して言ったんだから。」
「はい?」
「いや、なんでもない。」
彼……いえ、ノアさんはなんて言ったのでしょうか。波の音が騒々しくてよく聞こえませんでした。残念。
「それより、ほら。あれをみて。」
そうして私はようやく彼が指差すものを見たのです。それはなんとも美しい。
広大で、活気に満ちたまるで………そう、まるで御伽の国のようでした。
「あの島に着いたら何をしたい?」
彼が私にそう尋ねてきました。しかし、私は考えるまでありません。私のしたいことは決まっているのですよ。
だから私は笑顔で言ったのです。その後彼は目を逸らしてしまったので笑顔をつくるべきだったのかは謎だったのですが、
「私はあなたと一緒ならどこにでも行きますよ。」
そうして私たちは最初の島に上陸したのです。
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