旅の後々〜最強無垢なホムンクルスとイケメン神父のほのぼの旅〜

一条 飛沫

1 君を殺さなければいけない

 「君をずっと探していた。」



 彼がこの島を訪れた時、私は何歳くらいだったのでしょうか。

 この島には月日を数える為の紙はないのです。かと言って、地面に記そうにも石ころひとつない。


 ただそこには草原が広がっているだけでした。だから私は生まれてこのかた何も書いたことがないし、読んだこともない。


 見たことがあるのはどこまでも広がる青くて美しい海とどこまでも広がる真っ青な空。たまに機嫌を壊して不貞腐れたり、泣いてしまったりするけれど、やはりそれは私には美しすぎました。


「君はずっとここに一人でいるのかい?」


 私の知る知識では彼はイケメン?と言われる類だと思いました。燦々と降り注ぐ太陽の光を一心に浴びた金色の髪はとてもサラサラで、海よりも、空よりも青くて美しい蒼い瞳は私の瞳を見つめて離さなかった。


「はい、ずっと私は一人です。」


 私がそう答えると、彼は少し悲しそうな顔をしました。どうしてでしょう?

 彼は神父様なのでしょうか?黒い修道服に身を包んで、金の十字架を首からぶら下げていました。


 それは神聖なモノなのに私には彼の髪の色の方が輝いて見えるのは、気のせいなのでしょうか。

 そんなことを考えていると、彼はそっと呟きました。


「僕は……君を殺さなければいけない。」


 彼はとても辛そうで、苦しそうでした。

 でも私は知っています。彼が神の使徒であるなら、私の存在を看過出来ないことを。


 だから、私はそっと微笑んで言ったのです。


「分かりました。あなたになら殺されても構いません。」


 それは彼がとても優しい人間で、私のような人ならざる者でも殺すことを躊躇ってしまうような人だったから。


 しかし、どうしてしまったのでしょうか。彼は涙を流してしまいました。こういう時にどういった行動に出ればいいのか私の知識にはありません。きっとこの事態に対応するには経験が必要なのだと思います。


 それでもなんとか考えて、行動してみました。


「泣かないでください。泣かれると私が困ってしまいますよ。」


 彼は私よりも背が高かったので背伸びをしないといけなかったのですが、なんとか頭を撫でてみました。


 そして私は思ったのです。


「あなたの髪はとてもサラサラなのですね。それにあなたはとても温かい。まるでお日様のようです。」


 思わず口から出てしまったようです。彼は驚いたように目をまん丸にして私を見つめていましたが、しばらくして彼も微笑みました。


 まだ涙は止まっていませんが、彼は私のながい髪をそっと手で触れて言うのです。


「何を言っているんだ。君の方が……君の白茶の髪の方がもっとサラサラだ。この草原を写したような若緑の瞳だって。それに君の肌は透き通るように真っ白で………」


「それは当たり前ですよ。私はつくりものですからね。」


 そう言うと、彼は顔を伏せてしまいました。何か失言したのかと思って顔を覗き込んだのですが、


「君は温かいじゃないか!」


 彼は私の瞳をじっと見つめていってきました。

 そう言われて、少しおかしいなと思いました。だから笑ってしまったのです。


「確かにおかしいですね。私は人造人間ホムンクルスなのに。」


 クスクスと笑ってしまったのですが、それでも彼は笑いませんでした。その代わりに一段と真剣な顔を浮かべて私に言うのです。


「僕は君を殺したくない。………でも、このままだとまた他の誰かが君を殺しに来る。」


 とても悲しそうです。彼は私を殺しにきたはずなのに、どうして殺さないのでしょうか?それに彼の立場はどうなるのでしょう。


 そんなことを考えたのですが、私は彼の言葉を最後まで聞いてみようと思って黙っていました。でも彼は一向に続きを語ろうとしません。

 何かに悩んでいる。そう判断できた私は、やはりそっと微笑んで言いました。


「大丈夫ですよ。私はあなたの言葉に従います。」


 私には微笑むことしかできません。怒ることも、嘆くことも私は教わっていないのです。でも、今は微笑むことが正解だったのかもしれませんね。


「僕と旅をしよう。」


 だって彼はとても決意のこもった声で言ったのです。


「ここから逃げ出して、世界を巡って。君が殺されないように。」


 どうしましょう。私は先ほどあなたの言葉に従いますと言ってしまいました。でも、彼と一緒に行けば彼は異端と見なされてしまう。

 迷いました。でも私の知識には自分の発言には責任を持て、というものがあるのです。だから、


「分かりました。私はあなたと一緒に行きます。」


 すると彼はどこまでも無邪気な子供のように笑ったのです。それがとても魅力的で、いつまでも印象に残る出来事でした。


「じゃあ、行こう。君は僕が守るよ。」


 そう言って、彼は手を差し出しました。私はその逞しくも優しい手をそっと握って彼の乗ってきた船に乗り込むのです。


 島との別れ。ずっと長い間、住んでいたこの島との別れです。


「寂しいかい?」

「いいえ。」


 私は即答しました。

 だって、これまでは一人でも、ここからは彼がついているのですから。

 そして、私は決意しました。きっと相手が彼だったから。こんなにも優しい彼だったからこんな事を考えているのでしょうね。


 不思議なものです。私はホムンクルスなのに。

 その日、私が旅に出た日。


 私は彼に恋をしようと決めたのです。

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