02 顔合わせ
一同はビルの屋上に降り立つ。ヘリコプターから降り立った彼らを、金色の髪をした一人の女性が出迎えた。
「お疲れ様!」
明るく笑う彼女の名はエステラ。彼らの直属の上司とも言える立場であり、この組織の設立者でもある。彼女は一人一人に労わるように肩を叩いてみたり、頭を撫でてみたり、ともかく一頻りスキンシップをした後で、改めて全員の前に立った。
「
彼女はぐっとガッツポーズをし、満面の笑みでそう口にする。後ろから彼女の弟であるメセチナが歩いて来て、手に持ったクリップボードで軽く姉の頭をはたいた。まだ話し足りなさそうにしていた彼女に、メセチナはため息を吐く。
「彼らも疲れているんだ、せめて室内に入れてやるべきだよ」
「む、それは確かに……じゃあ、一回会議室に行こうか。初陣も終わったことだし、きみたちに話しておかないとならないこともあるんだ」
エステラはメセチナの言葉に頷いて、それじゃあ、と全員に顔を向ける。赤い色の瞳が真剣な色を湛えてこちらを見ていた。それに竜狩り一同は頷き、歩く彼女に従ってビルの中へと進む。中はひやりと清涼な空気で満たされていて、組織に所属する研究者やその他の人員が忙しなく行ったり来たりしているのが見えた。
やがて会議室に到着し中に入ってみれば、そこには八人ほどの研究者及びエステラが訪れるまでのヤマト支部の責任者であるジャイロ・キロンギウスが先に椅子に座って待っていた。
「さ、適当に座って」
促されるがままに一同は着席した。エステラがホワイトボードの前に立ち、金の髪を翻して全員の顔を見回す。
「改めまして、対竜組織『ミエティトゥーラ』ヤマト支部へようこそ!私は研究者兼責任者のエステラだよ。きみたちを選び、ここヤマト支部へ呼び出した張本人だ。」
一同は顔を見合わせた。ローゼンとエルザ及び研究者の殆どはこれまで別の支部にいたのを引き抜かれるようにしてやってきている。リドヅキ双子は今回の初陣から参戦した期待の新星であり、リサは元からヤマト支部で活動をしていた。もう一人、この場にいる研究者の中でアヤネという名の少女がいるが、彼女もまたこの支部で勤務していた者である。
はい、と一人が挙手をしたので、エステラはどうぞ!と頷いた。
「僕たちはどうしてここに集められたの?」
エステラと同じ赤い瞳の青年……ローゼンがそう尋ねる。先の戦いで消耗した為か、会議室に置かれたお茶菓子を既に食べ切っており、空き袋が丁寧に重ねて置かれていた。
「いい質問だね!」
エステラは大きく首を縦に振る。薄い桜色の髪の女性が自分の前にある器から青年の器にお菓子を移してやっているのを見ながら、エステラは言葉を続けた。
「実は、竜をこの間捕まえてね。ねえ、シャルル」
シャルル、と彼女から呼ばれた青年が閉じていた目を開き、エステラを見る。そしてゆっくり腕を組むと、一同をぐるりと見回して口を開いた。
「……ああ、彼女の言う通りだ。現在は処分済みだが、捕獲した竜から竜の巣、というものの存在を聞き出した。そしてそれは、ヤマトにあるらしい。」
シャルルの言葉に一同はやや表情を強張らせる。――竜の巣。今まで竜はどこからともなく湧き出してきていると思われたが、どうやら曲がりなりにも彼らは生物であったらしい。巣、というくらいだから、恐らくまだ生まれる前の卵なんかもあるのだろう。
「それを今別の部隊が捜索してくれていてね。その間君たちは襲来する竜を駆逐しながら待っていて欲しい。見つけ次第突入するからさ。」
「その部隊が駆除すればいいのでは?」
「あはは、残念だけどそうもいかないんだ。きみたちはこの組織が抱える竜狩りの中でもトップクラスの戦闘能力を有していてね。」
要するに、今現在巣の位置を捜索している部隊は戦える力こそあれど、今ここに集められた竜狩りに比べれば幾分か劣っているらしい。故に、彼らがそのまま駆除をするには竜の妨害を捌き切れないだろう、ということだった。竜の巣が一つだけとは限らないが、しかしそれでも生まれてくるかもしれない竜を減らすことができる。それは人類に新たな希望を与える可能性がある情報だった。
「そして、私が選び抜いた九人の研究者が彼らなんだ。竜を殲滅しきるまで、私含めて全員できみたちをサポートさせてもらうよ。勿論、ジャイロ・キロンギウス氏もね!こき使うから覚悟してね!休ませないぜ?」
「ははは、お手柔らかにな」
エステラは続いて、揃いの白衣を身に纏った研究者たちを手で指し示す。彼らは会釈をしたり手を振ってみたり、様々な反応を返していた。その中で、自分と同じ立場であり今後の作戦の成否を決定する重大な役割を担ったジャイロに対し、茶目っ気にあふれたコメントを零す。ジャイロは肩を竦めて笑った。
「でも自己紹介についてはまた後日、かな?私たちはともかく、前線で戦ったばかりの竜狩りのみんなは疲れてるだろうし。」
後で端末に全員分の簡単なプロフィールを送っておくから、捲っといて!と随分適当な話をするエステラに、メセチナが額を押さえるのが見える。それを見たリドヅキケイスケは軽く手を上げた。
「どうぞ?」
「俺は今でも問題ない。交戦した個体も未熟な個体が多かったからな、今回は苦労しなかった。」
「数自体も多くはありませんでしたし、私も特段疲労していません。」
勿論、次回もそうとは限りませんが、とリサが言う。逆に言えば、余力があるうちに大事なことは済ませておいた方がいいだろう、ということだった。他の竜狩りも同意を示すように頷く。
「ほんと?じゃあ今簡単に挨拶しちゃおうか。」
それを見たエステラはぱちぱちと瞬きをし、腰に手を当てるとにこりと微笑んでみせた。
「じゃあ、うーん、そうだね!まず竜狩りのみんなから行こう」
と言って、まず一番左端にいたローゼンに手を向ける。
「さあ、どうぞ!」
指名されたローゼンはぱっと表情を明るくし意気揚々と口を開いた。
「改めまして、僕の名はローゼン!それにしても、精鋭が集うって聞いて楽しみしてたら想像以上だね。初めてなのに綺麗に連携取れたし、これは他の支部にも名がとどろくんじゃないかな?そしたら有名人だね!」
ローゼンは竜狩りのメンバーに目を輝かせながら視線を向ける。本人が言う通り余程楽しみにしていたのだろう、軽い興奮状態の彼を宥めるように隣に座るエルザが呆れたようにため息を吐いた。
「もっと紹介する所ないのか?」
自己紹介になってないぞと付け加えて、エルザはローゼンの背を軽く叩く。それに照れたように笑ったローゼンは、コホンと咳払いをして続けた。
「そうだよね、えっと、このヤジ飛ばしてきた人とは前の支部から一緒なんだ。だからお互いよく知ってるよ!竜狩りになった理由も一緒だし、似たもの同士って感じかな」
付き合いが長いらしい二人は確かに見てすぐに分かる程の信頼関係にある。互いに得物は片手剣で、戦い方も若干似通っている部分がある程だ。ローゼンの言葉に続けるのようにして、エルザが口を開く。
「俺達は趣味で剣術を身につけた。それを人の役に立てたいと竜狩りになったんだ。それしか能がないからな。……おっと、名乗ってなかったな。俺の名はエルザ、好きに呼んで欲しい。ローゼンは危なっかしいやつだが俺が手網を握ってる、安心してくれ」
からかうように笑ったエルザの背を今度はローゼンが叩くと。そういえばとむくれた顔をしてエルザをジト目で見つめた。エルザが謎の視線に戸惑っていると、ローゼンは不満そうにしている。
「こんなこと言ってるけどエルザ君も大概だよ?この間僕のミスカバーしようとして、自分が大怪我してたでしょ?」
「あれはお前が悪いだろう。勝手に前に出て突っ走るからいつもああなるんだ。無茶して怪我すれば、誰が治療してくれると思う?」
「医務室にいる親切な方々!」
「分かってるなら──」
ぱん、とローゼンの左隣に座っていた女性が手を叩く。
「はいはい、全く今日も元気だねきみたちは。ちょっとはしゃぎ過ぎよ。時間も限られているのだから、紹介が終わったなら次の人にパスするべきじゃないかな。」
二人はピタリと止まったあと、苦笑いを浮かべた。一発目の自己紹介そうそうにみっともない所を見せたと反省しながら、みなに謝るともう静かにしていますときゅっと口を閉じる。次どうぞと手で示すと、エルザの隣に座っていた少女がすっと椅子から立ちあがった。
「リサ・トロイメライです。先の戦いで分かるように、後衛を担当しています」
簡潔な紹介。淡々とした喋り方は戦闘の時からそうだった。その場の最適解を的確に選び出すその戦術眼は、まるで自分の心を殺した機械のようだ。そのあり方を戦い以外でもそのままであり、明らかに近づきがたい印象を抱かせていた。
そして、もう喋る気配もない様子に隣にいた青年は察して口を開く。
「
今回の任務における主役の挨拶もまたあまりにも簡素だった。仏頂面で、そして素っ気ない。先の戦いのような獰猛さは何処にもない。戦場における彼はどこまでも竜への怒りに満ちていたが、現在の彼の様子からはとても感じられない。どちらかといえば、理性的……と言えるかもしれない。
一般的に見れば、とても接しづらいという印象だがしかし、先に自己紹介を済ませたリサの方がはるかに……というやつだろう。
「理土月実咲、さっき言われたけど
兄さんはこういう仏頂面のインドア派に見えて世話焼きで義理堅いから、どんどん絡んであげてほしいです」
「おい」
そして妹のほうの自己紹介、と思いきや兄であるケイスケの他己紹介も絡めてきた。なるほど、兄と比べて妹のミサキの方はコミュニケーションがとりやすい方なのだろうと納得できるやり取りだ。
ケイスケの腹の底はわからないが、ミサキの方は裏表がなさそうという印象を与えるにはこれ以上ないやり取りだっただろう。
「私たちの動機は、珍しくもない"竜"への復讐──特に兄の方は」
そもそも竜狩りというのは、竜と戦う意志さえあればできること。よって、その動機は珍しくない。確かにミサキからも感じられた怒りだったが、特にケイスケはそれを隠そうともしていなかった。
「でも同時に私たちはずっと、"そもそも竜とは何か、何処から産まれ何の意味を持つのか"……を追っている。そのことについても、研究チームの人たちとつながりを持てたらなと思います」
珍しくもない動機。それ以外の何か。そしてその内容が何なのかを明かして自己紹介を終えた。
竜に対する驚異的な必殺を持つ彼らのお披露目、そしてこれまで戦った竜のデータなど、竜狩りという組織への義理を立てた彼らは積極的に様々な活動をするのだろう。
それほど彼らは"本気"なのだと……そう信じさせるに相応しい立ち回りであったと言える。
「で、今回から作戦参謀を専任させてもらったジャイロ=キロンギウスだ。
知ってると思うが、
此処の造りは俺のほうが詳しいし、わからないことがあったら気兼ねなく聞いてくれや。
あとリサも元から此処のエースでな。ああ見えて全然子どもだから、気にかけてくれると助かるわ」
「・・・キロンギウス参謀。それは関係がないのでは」
そしてもともとヤマト支部では戦闘や作戦立案、または運営などなんでもこなしていた彼だったが、ようやくこうして一つのことに集中することとなった。
逆にいえば、トップクラスの戦力たちを運用する立場になったということであり責任重大となったのだが、ジャイロにそんな気負った様子は全く見られず、いつもと変わらず堂々としていた。
それを証拠にリサへの気遣いもそのままだ。リサの返しもやはり淡々としたままだが。
「それと、此処にはいないがもともとヤマト支部の精鋭だった
そしてこれまでの部下たちの宣伝も忘れない。これまでヤマト支部の士気が高かった理由がよくわかる自己紹介だと言えるだろう。
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