01 牙を研ぐ者

 炎が撒かれる。血飛沫が舞う。人々は悲鳴を上げて逃げ惑っていた。老若男女関係なしに、人類は等しく竜の餌として認識されてしまっていた。

 逃げる、逃げる、逃げて……子供が一人、瓦礫に躓いて転ぶ。母親らしき女性が悲鳴を上げて駆け寄ろうとするのを、父親が止めた。餌の雛がそんな状態であるので、捕食者である竜がそれを見逃すはずもなく、その柔肌を食いちぎろうと大きく牙をむき……その首が大きく切り裂かれて悲鳴を上げる。動揺し大きく後退するその竜と子供の前に黒いコートを翻し降り立つ、大剣を携えた一人の青年。


「創生せよ、天に示した極晃を────我らは奇跡の流れ星」


 歌うように、青年が呟く。それに応えるように少女の声が囁いた。


「神慮拝聴・憑星開始」


 空気が揺れる。ひやりと風が吹き抜けて、血生臭いこの場所を清めた。何かが起こる。そう感じた竜はそうはさせまいと口を開きブレスを吐こうとした。した、が。ぐらりとその巨体が傾ぎ、ごぼりと血液を吐き出す。突如開いた風穴に何が起きたのかわからぬ様子のそれの目前に、赤と青の青年が躍り出た。


「無辜の人々の幸せを奪う竜よ、お前たちに明日はない!」

「僕らが来た以上、思い通りにはさせない!罪を償う時だ!」


 二人の息の合った斬撃が竜へと叩きつけられる。それはその個体の胴体を深く穿ち、肉を削ぎ落とした。その心臓にまで斬撃が届き、心臓を唯一の急所とする竜族はその巨体を地面へ叩きつける。ただの肉塊となったそれの上に降り立った二人は、牽制するように剣を構えた。

 絶対的な強者であると、竜はそう思っていた。だが、それ故に、たった今同胞が斃れたことにより彼らは動揺を隠せない。


「略奪された木漏れ日が、焼け付く悪夢を連れてくる。

爪と、牙と、顎門アギトと、破滅を数える災禍の監獄。

かつえる数多の災厄は、家族や友を真紅に染めた。

幻想にて憧れた、怪物とのえにしはもはや無い」


 少女が更に歌う。依代のように、生贄のように、捧げられる星と宿命。癒しから滅びに変わってしまった覚醒の糸は、彼女の体を纏い、蝕み、災禍の存在へと変えてゆく。ささやかな日常、これから先も続くはずだった幸福。それを奪われた恨みは強く、絶望は深い。故に、双子はここにいる。


「ならば我が銀月輝華ツクヨミよ、逢魔ヶ時に照らしたまえ。

此処は人界、天地の狭間。人界の秩序を壊す者、鏖殺すべきは神龍カミに在り。

怒りに燃える殺戮者は、地獄の底で牙を剥かん。

鱗を砕き、魔剣と化せ─────神龍滅殺バルムンク


 壊せ、殺せ、殲滅し蹂躙し、その手で自惚れた竜共を滅せよ。それこそがきみたちの生きる道なのだから。もう一度無辜の人々の手に平穏を、日常を、幸福を、そうっと握らせてやるために。


黄泉路よみじを照らす月光で、その魔剣を導こう。

暴虐の終わりに輝く、色彩豊かな黄昏へと」


 一撃で、全てを破壊し、奪う。お前たちが彼らにそうしたように。


「銀の女神よ、語るに及ばず。この身はすべてお前の希望イノリを背負うが為。

冥府を飛び立ち、滅びの運命さだめを蹂躙しながら九つの竜首くびを喰らいて魔剣は新たな太陽と成る。

さあ、今こそ─────怒れる魔剣に運命を。」


 ぱきり、赤い結晶が彼の持つ大剣に纏わりついた。音を立てて、それが形を変えていく。


「汝、希望ヒカリの殉教者よ─────我が心臓に牙を立て"神龍殺しジークフリート"を完遂せよ」


 ──────是非もなし。


極晃星スフィアノヴァ────銀月に照らされし終焉は、シルヴァリオ神龍を食らう牙となりて・バルムンク


 結晶が弾ける、殺意が形を成す。壊せ、壊せ、壊せ。衝動のまま彼は大剣を構える。――さあ、今度はきみたちが蹂躙する番だ。牽制に留まっていた二人の青年もまた、動き始めた彼に合わせて剣戟を始める。


 時は来た。さあ歌え、さあ踊れ。そして手を伸ばせ。

 ――――きみたちの望む未来はそらここだ。だが忘れるなかれ、玉座はただ一つ。冠もまた、ただ一つ。

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