第73話 素人がいきなり剣を持つのはダメでした
「シスター・プリティアなら、誰よりも薬学に精通してる筈だ」
えっ、あの塩シスターが薬草の専門家なんですか!?
どうしてそれをエドガーたちは知ってるの?
いつの間にあの無愛想婦人から個人情報を聞き出すほど親しくなったの?
またちょっと理解が追い付かないですね。
「プリティアさんがそう言ったんですか?」
「本当にどこまでも鈍い人ですわね。あの方は、赤子の頃から修道院で生活してますのよ。薬草に詳しいのは当たり前でしょう」
「え、修道院ってそういう所なんですか?」
一日中、神様に祈ってばかりの生活だと思ってましたよ。
「修道院は信仰と研究を極める場所だ。プリティアとカメリアは物心がついた時から農業や工業、牧畜、薬学などの専門知識を学んでるだろうな」
「それに、修道院は巡礼者や旅人が各地から訪れる場所でもありましてよ。大陸中の知識が集まってくるのですから最先端の知識をお持ちの筈ですわ」
「それは凄いですね。ぜひ、この町のために役立ててほしいもんです」
「モルザークの高校の教師なんて目じゃない程の知識を持ってる筈だよ。エリカ君の先生役には打ってつけの存在って訳さ」
「その通りですね。早速、母娘喧嘩してる二人に伝えてきます!」
アンナとエリカの間に割って入り、プリティアに薬学を教えてもらえるように段取りをするからと説得すると、二人はやっと矛先を収めた。
その後、調合してもらった痛み止めを買い取って別れを告げたのですが、ニコニコのアンナとは対照的に、エリカはいつもの仏頂面でしたね。
うーん、どうしたらこの難敵ヒロインを攻略できるのだろう………
「ハァァァ? 魔獣と戦ってみたいですって? 貴方、本気で言ってますの?」
エリカの薬工房を出て宿屋へ行き、まだ怪我を治してあげてないウロップとヴァンとゴドーに痛み止めを渡して飲ませました。
その食堂では、意外にも移民たちと村の少女たちに混じってトランプをやっていたシスター・プリティアがいたので、エリカの先生役をお願いすると、これまた意外にも二つ返事で承諾してくれたのです。ありがたやありがたや。
その後、3階のエドガーとビアンカの部屋に向かいました。
港湾都市エリンに行く前に話していたことを相談するためです。(※第61話)
ビアンカが淹れてくれた紅茶(僕が茶葉と砂糖をこっそり流してる)を飲み一息入れたところで、僕は依頼の内容を打ち明けました。
すると、ツンツン魔導師から全力で呆れられた次第であります。
「もちろん本気です。この町にはまだ警備隊がありませんから、魔獣が侵入して遭遇
したら自分で対処しないといけません。それに今は、人間にも敵を作ってしまいました。だから、窮地で即座に動けるよう場慣れしておく必要があるんです」
モルザーク男爵家の後継者争いに巻き込まれちゃいましたからね。
極秘裏に当主のセシルと妊活してるのがバレたら、二人の後継者候補、エルマンとシルヴィアの両方から命を狙われるでしょう。
実際、移民に紛れ込んで町について来たジンは、エルマン派のスパイの可能性が高い。そのスパイが殺し屋に変貌することだってあり得ます。
「ふむ、良い考えじゃないか。ここは俺も協力させてもらおう」
「ちょ、何を言ってますの! ズブの素人に戦闘を教えるなんて………面倒この上ありませんわ。却下ですっ。断固却下ですわ!」
「あのティーセットの為ならどんな依頼でも受ける、命も賭けると言ってたのはお前じゃなかったか?」
「………わたくしの命ならいくらでも賭けますわ」
「あぁなるほど。エロオ君の身を心配してた訳か。だが、それなら尚更この依頼を受けるべきだろ。いつ寝首をかかれるか分からない彼には訓練が必要だ」
「ハァ~、仕方ありませんわね。死なない程度に鍛えて差し上げますわ」
おおぅ、良い感じに話がまとまってくれましたね。
エドガーには感謝と改めて依頼をしておかないと。
「ありがとうございます、ビアンカさん。マイセンのティーセットは可及的速やかに入手しますので楽しみにしていて下さい。それからエドガーさんも訓練に参加してくれるということで、報酬は何にしましょうか?」
「俺はあのトレッキングシューズというのが欲しい。防水性もさることながら、靴底が滑りにくい素材と構造になっているのが素晴らしい。生死を分ける装備だ」
へぇ、さすが敏腕冒険者ですね。
ビンゴ大会で皆が盛り上がりってる時に、そんな所をチェックしてたのか。
「お安いご用です。あの靴ならサイズ違いを揃えてありますから、雑貨店に戻ればすぐにお渡しできますよ」
「それは嬉しいな。新調した靴は慣れるまでが危険だ。早く試しておきたい」
「じゃあすぐに店に行きましょう。そのあと、僕も剣が欲しいので鍛冶屋のロベールさんの所に付き合って下さい」
「ハッ、これだから素人は困ってしまいますわ!」
あれあれあれ?
僕、何にも変なこと言ってないですよね。
だって魔獣と対峙しようというんだから、剣は必要不可欠じゃないですか。
「まぁそう言うな。エロオ君は商人なんだから知らなくても仕方ない」
エドガーまで?
ということは、僕の考えが本当におかしいってことですか。
いや、サッパリ分からない。どういうことか説明プリーズ。
「剣の何がいけないんでしょうか?」
「初心者が最初に持つべき武器は剣じゃない。スタッフ(杖)なんだ」
杖って、僕は魔法使いでも老人でもありませんよ
そんな軟弱な武器じゃ魔獣を倒すどころか身を守ることもできないんじゃ……
「何故スタッフなんですか?」
「素人でも扱いやすからさ。軽いから振りやすいし携帯しても疲れにくい。それに安価だから逃げる時に捨てても惜しくないだろ。これは割と重要なことだぞ。装備を捨てることが出来ずに逃げ遅れて命を落とすビギナーは本当に多い」
「あぁ、確かに。言われてみれば、すべてその通りですね」
「バトルスタッフは本体のどこかを当てるだけでいいが、剣は刃を当てて切らなきゃいけない。やってみないと実感が湧かないだろうが、この違いは大きいんだ」
「なるほどぉ。もう納得しかありません」
「何も知らずに剣を買って、何の手入れもせずに錆び付かせてしまうのも初心者あるあるですわ。貴方もそうなるところでしたのよ」
仰る通り、僕も完全にこのパターンでしたね。
素人がイキって剣なんて持っちゃいけないんですよ。よっく分かりました。
「返す言葉もありません。今後もご指導ご鞭撻のほど宜しくお願いします」
「屋敷の武器庫に行けば、バトルスタッフも初心者用の軽いレザーアーマーもある筈だよ。エマに頼んで選んでもらうといい」
おおっ、何という価値のある有用なアドバイス!
ホントこの敏腕冒険者の知恵と知識には助けてられてばかりですよ。
この村にギルドを再建した時は、ぜひ移籍して来てくれませんかねえ。
ギルドマスター待遇で招聘したら、ワンチャンあるでしょうか……
「皆さん、クルーレ騎士領へようこそ。私が領主のセーラ・カーライルです」
移民が到着した翌日、早朝から僕と女戦士エマは宿屋へ出向いて行き、まず3人残っていた移民の怪我人をミドルヒールで全て完治させた。
その後、皆と一緒に食堂で朝食をとってから、エドガー&ビアンカの護衛も加えて移民たちを屋敷へ連れて行き、セーラさんに謁見させました。
とはいえ、王族や上級貴族のように屋敷内に広い謁見の間がある訳ではないので、いつもの執務室で全員が立ったままご対面です。
ただ、セーラさんはキッチリと正装をしていました。
そう、騎士らしく甲冑を全身に纏っておいででした。
隙の無いプレートアーマーではなく、肩当て、胸当て、ガントレット、膝当て、スネ当て、鉄靴といった全身の要所を護るタイプの甲冑です。
そして、鞘に入った両手剣を半歩前に突き立て柄頭に両手を置き仁王立ちされています。兜は大机に置いたままで被っていません。
移民たちは神々しくキラキラと輝く金髪に目を奪われ、綺麗なクリスタルグレーの瞳に見つめられてドギマギとさせられる。
儀礼的な見栄え重視の白ではなく、実用重視で所々に血のシミがこびりついている黒い鎧が様になっていて、騎士という身分が伊達ではないことを皆が悟る。
懐妊によって魔力が二人分となり体の内側からオーラのようなものが滲み出てることも相まって、移民たちは畏敬の念に震え誰からともなく皆がこうべを垂れた。
さらに、セーラさんが移民の名前をひとりひとり呼んだうえで、彼らの努力と良心に期待すると話されたのも効果抜群でした。
特権階級に名を呼ばれ期待されるというこれまでの生涯で一番の感動を味わった面々は、激しく昂ぶりまくりセーラさんへの忠誠を心中で誓っていました。
そんなセーラさんから、僕の言葉は私の言葉だと思って聞くようにと言われた移民たちは、これまで以上に従順な存在となってくれたのでした。
よしっ、第一次移民受け入れの滑り出しは上々です。
ここから、適材適所と村の需要を天秤にかけながら彼らに仕事を割り振り、住民たちと衝突することなく上手く溶け込ませていけば成功と言えるでしょう。
あわよくば、この村の娘と所帯をもって子供を作ってくれたり、肉親や親戚を呼び寄せてくれたりしたら、もう万々歳の大成功ですよね。
ま、それは皮算用が過ぎるとしても、そこを目指して頑張って行きましょう。
そのためにもまずは、村の中を移民たちと一緒に巡ってくるとしますか。
─────鉄は熱いうちに打て!
彼らの感謝感激が持続してる内にきっちり型にハメるぞー。おー。
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