第72話 エリカのアトリエ
「おおっ、やっと来てくれた! エロオさん、何とかしてくれねえかな?」
んんん……これってエロオ雑貨店の前でトランプをやってたら村民が集まって酒場には閑古鳥がたむろした時と同じクレームですね。(※第54話)
今度は一体何があったのやら。
「いきなりどうしたんですか。ダーツ大会に何か支障でも出ましたか?」
まさか手伝いに来たベルちゃんが強引に参加して優勝しちゃったとか……
「いや、そっちの方は見ての通り、前回以上に盛り上がってるんだ」
ふむ、確かに店の奥では人だかりができて歓声や悲鳴が聞こえてくる。
その中には、進行役のベルちゃんの良く通る声もありました。
「じゃあ、何が問題なんです?」
ちゃんと仕事してるベルちゃんにホッと一安心しながら聞いてみると、何を呑気な顔をしてるんだと渋い表情のボリスから不穏な答えが返ってきました。
「カレーに決まってるだろ、カレーに!」
カレー!?
宿屋で出してるカレーの何が悪いというのか。
あれはご当地グルメとして大活躍してくれる、この町のキラーコンテンツに育てないといけないんです。ちょっと聞き捨てなりませんね。
「ほほぅ、僕が自信を持って送り出したカレーが問題だと仰る?(ゴゴゴゴ)」
僕の後ろに控えるエドガー&ビアンカからも殺気が漏れるのを感じました。
この二人はもう立派なカレージャンキーですからね。
あまり怒らせない方がいいですよぉ。
「お、おぅ……アレが旨すぎるもんだから村の連中がココでも喰わせろの大合唱! 何で出せねんだって俺っちが吊るし上げ喰らっちまってんでえ!」
あーっ、それは盲点でした。
この村には客がまだ滅多に来ませんから、リニューアルオープンしたばかりの宿屋は基本ヒマになります。そこで、夕食だけ食堂を一般開放してるのです。
ボリスから話を聞くと、あっという間に村民がカレージャンキーになってしまって、昨日の夕食時の宿屋には行列ができ、並んでも品切れで食べられない者もいたとか。凄すぎるなS●Bのカレー粉の威力は………ゴクリ…
「状況は理解できました。ただちに解決してみせましょう」
「お、おぅ……そりゃありがてーが、一体どうするつもりでえ?」
「ふふふ、カレーにはカレーで対抗するんですよ」
「お、おいっ、そりゃウチにもレシピをくれるってことか!?」
「その通りです。もちろん無料で。しかも宿屋とは別の味で!」
「よっしゃぁぁぁぁあああああああああああ!!!」
ボリスは両手ガッツポーズで絶叫して、しばらく勝利の余韻に浸った後、僕の肩をバンバン叩きながらお礼のマシンガンを撃ちまくってます。
ちょっと痛いですよ。それにそこまでの感謝は不要です。
もともと、この村でカレーを出す店を増やす予定でしたからね。
という訳で、僕はエドガー&ビアンカと屋敷に逆戻りしてグ●コのカレー粉と白米10キロを取ってから酒場にUターン。
ダーツ大会が終わってベルちゃんとミュウちゃんが雑貨店に戻ってきたら、マルゴにカレーの作り方を教えにいかせると伝えました。
図らずもこれでカレーを提供する店が2つになりますが、近い内にカレー専門店を作らないとダメっぽいですねえ。
また大工のクルトに負担がかかりますが、長男のトッドが帰ってきたことだし何とか頑張ってもらいましょう。とりあえず、陣中見舞いにでも行きますか。
「親父ならいねーぞ。娼婦の二人がワガママでそっちにかかりっきりだ」
メインストリートにあるエロオ雑貨店の向い側を、村の入り口に向かって少し歩いた場所にある娼館の改修現場に来てみると大工のクルトはいませんでした。
作業をしている少年にどこにいるのか聞いてみると、30手前の男がやって来て代わりに答えてくれたんですが、どうやら彼がクルトの長男トッドのようです。
「初めまして、近所で雑貨店をやっているエロオです。この町に帰ってきて頂いて本当に嬉しい限りです。ぜひ今後とも宜しくお願いします」
「トッドだ。こちらこそヨロシクな。だが、意外だったぜ。親父や村の連中から、やれ剛腕商人だの、やれ奇跡の性獣だの聞かされてたから、もっとこう凄みのある男を想像してた。ちょっと拍子抜けしたぜ」
「ハハハ、よく言われます。噂ってのは尾ヒレが付くものですよ。それより、クルトさんがいないとなると、娼館の改修はトッドさんが任されたんですか?」
「ああ、親父には今時の娼館のトレンドなんて分かりゃしないからな。俺がモルザークやエリンでも最先端の娼館に仕上げてやるよ。まぁ任せときな」
あっ、言われてみればそうですよね。
村から出ない50を超えて男としては枯れてるクルトには、最近の娼館がどんなものか知る由がない。ホント良い時にトッドは帰ってきてくれましたよ。
「それは頼もしい限りです。完成を心待ちにしていますね」
「お、そうだ、あんたに聞いておきたいことがあったんだ。あの信じられないほど均一の釘はまだ手に入るのか?」
「もちろん、いくらでも仕入れてきますよ。他の大工道具も必要なだけ入手してきますから、リストアップしておいて下さい」
「はぁ~、なるほどな。親父たちの言ってたことが少し分かったぜ。あんな有り得ないもんをいくらでも持ってくるたぁ、確かにあんたタダモンじゃねーわ」
「皆さん買い被りすぎですよ。おっと、忘れてました。これ差し入れです。スポーツドリンクと言って運動して汗をかいた後に飲むと体に良いんです」
雑貨店から持ってきたポカリ2本と10個重なった紙コップを小テーブルの上に置き、ペットボトルの蓋を開けてからまた閉めてみせました。
こうやって開閉するんですよと教えるためです。
この異世界では均一の釘と同様にオーパーツのペットボトルを不思議そうに見ているトッドに、休憩の時にでも飲んで下さいと告げて改修現場を後にしました。
「エ、エロオさん? ………あなた、こんな所へ何しに来たんですかっ!」
大工のトッドと別れた僕たちは、果樹園に隣接された花畑に向かいました。
そこでは多種の薬草が育てられていて、薬草を加工・調合するための小さな工房があります。その作業小屋を訪れたら随分な挨拶をされてしまいました。
「薬の工房に来たんだから、薬を買いに来たに決まってるよ、エリカ」
そう、この工房の主は17歳すっぴんメイドのエリカなんです。
午前中は領主の屋敷でメイドをしてますが、午後からは花畑というかもう薬草園に近いこの場所で働いてます。メイド服も悪くないですが、工房の制服らしい白衣の方が委員長キャラのエリカに似合ってますね。
「なっ………薬の買い物なんて、店員の誰かに頼めばいいじゃないですかっ」
「今日は酒場のダーツ大会の手伝いもあるからみんな忙しいんだよ。それに、僕も1日ぶりにエリカの顔が見たかったからね」
「んなっ………女なら見境なく調子の良いことを言うのはお止めなさい!」
「うーん、正直な気持ちを素直に言っただけなんですけどねえ」
エリカはもう何も答えずにフンっとそっぽを向いてしまいました。
女騎士セーラの信者である薬師にとって僕は、アイドルを汚したゴミ男として認識されているので、塩シスター以上に塩対応なのです。
「まあ、エロオさん! 何てことかしら、本当によく来て下さいました」
あぁ、本当によく来てくれたというのは僕の台詞ですよ、アンナさん。
あなたの娘が相変わらずなんで何とかしてもらえますか。
「こんにちは、アンナさん。ちょっと痛み止めを買いに来たんですけど……」
濁した言葉と表情で全てを悟ってくれたアンナは、すぐ娘に指示をしました。
「エリカ、痛み止めの調合の準備をしなさい。エロオさん、薬の量は如何ほど必要ですか?」
「3人分です。明日の朝までもつだけの量を下さい」
「かしこまりました。エリカ、聞こえたわね? それにしても、こんなむさ苦しい所へわざわざお越し下さるなんて本当に嬉しいですわぁ」
秋波を飛ばしながら艶のある声で甘い言葉を吐く40を超えたアンナにちょっと引きます。でも、隣のおばさん的なエロさがあるのは確かなんですよねえ…
「むさ苦しいなんてことありませんよ。むしろ、とても興味深い所ですね」
僕は改めてこじんまりとした薬の工房を見渡していく。
屋根を支える梁には所狭しと色とりどりの薬草が逆さまに吊るされている。
壁際の木製の棚や部屋にいくつかある作業台には、ガラス瓶や陶器の壺、すり鉢、木皿、天秤、使いかけの薬草などがびっしりと存在していた。
なんか、エリカのアトリエって感じでカッコイイ。
こういうのって無性に憧れちゃいますね。
いつか余裕ができたら僕も工房を作って錬金術師を目指してみますか。
「散らかしっ放しで、恥ずかしいですわぁ─────あら、使いかけのオオカミナスビの根がこっちの作業台にまだあるわよ、エリカ」
「へぇ、アンナさんも薬草に詳しいんですね」
「いいえ、私の知識は独学ですから大したことありません。だから娘には高校でシッカリと学んできて欲しかったのに、中退して帰ってきてしまったんです」
「え、それはまたどうして?」
「戦後復興で大変なセーラ様を助けたいとかで……」
うわぁ、このスッピン委員長、セーラさんのこと好き過ぎるでしょ。
セーラさんを愛する者同士だから気持ちは分かるけど、そこまで行くとストーカーの領域ですよもはや。今も不慣れなメイドまでしてそばにいますもんねえ。
「そういうことでしたか。であれば、今は領地の経営に余裕ができてきましたから、高校に復学して学び直してはどうでしょう。僕も全面的に協力しますよ」
「まぁっ、本当に有難いですわぁ。エリカ、聞いたでしょ? あなたもう一度高校に戻って学習できるのよ。本当に良かったわねぇ」
「はあ? 何を勝手に決めてるの。私はもうこの町を離れないわ!」
「あなたこそ何を言ってるの。こんな良い話はそうそうないのよ!」
「お母さんにとっては良い話なんでしょうけど、私には違うわ!」
ありゃりゃ、また親子喧嘩が始まっちゃいましたよ。
僕の周りの異世界人ってどうして仲の悪い親子が多いのか……
はぁ、参りました。熱い母娘バトルがちょっと止まりそうにないですね。
そろそろ、痛み止めを宿屋の怪我人たちに持って行ってあげたいのだけど。
誰か何とかしてくれませんかと護衛コンビに目で助けを求めてみる。
「俺に一つ心当たりがある」
マジですかっ!?
正直、ほとんど期待してなかったから嬉しい誤算にも程がありますよ。
だけど、こんな難しい案件を解決する心当たりなんて本当にあるんですか。
「ぜひ、教えて下さい!」
「アンナは娘にモルザークの高校で薬学を学び直して欲しい、しかしエリカ君はこの村から出たくない。それなら、この村で薬学を教わるしかないだろう」
「いやでも、この村に薬学の専門家なんていませんよ?」
「鈍いですわね。絶対に薬草に詳しい人が、今は一人だけいますでしょ」
え、ビアンカまでそれが誰か知ってるの?
もぉ、勿体つけてないで早く誰なのか教えて下さいよっ。
そう顔に書いた迫真の表情でエドガーを見ました。
すると、僕にとっては意外な人の名が敏腕冒険者の口から出てきたのです。
「シスター・プリティアなら、誰よりも薬学に精通してる筈だ」
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