第49話 リビングで息を荒げる美人母娘

「おお へイロー! かえってくるとは なにごとですか!」


 召喚天使のトリカさんが8ビットみたいになってますね?

 ここは広い心でツッコミを入れないとダメなんでしょうか。

 こういうのホント苦手なんで心からスルーしたいんですけど……


「あっれーーーっ? その姿はどうしちゃったんですかトリカさん!?(棒)」


「何を言ってるんですかヘイローさん。貴方が功績ポイントを1点しか稼げてないのにおめおめと帰ってくるから、私まで情けない姿になってしまったのですよ!」


「それは申し訳ありませんでした。でも、功績値6倍ボーナスの謎は解けましたから、レベルアップは時間の問題です。もう少しだけ待って下さい」


「そのようですね。今回の帰還はまた買い出しですか?」


「はい、エロオ雑貨店がイキナリ大繁盛しちゃいましたから」


「それは大変喜ばしいことです。ただ、少々意外ですね。たしかエロオさんは、もう頑張りたくなかったんじゃないですか?」


「今でも、のんべんだらりと暮らしたいという気持ちは1ミリもブレれてませんよ。そのために今だけ努力してるんです。あの村を僕のパラダイスにしたら、あとはもう好きな時に好きな人とセックスだけして暮らします」

 

「なるほどですね。では早速、日本へ送り返しますのでパラダイス村の建設に邁進して下さい!」


 いつの間にか8ビットから普通の姿に戻っていたトリカさんは、いつもの営業スマイルで黒い穴に吸い込まれる僕を見送っていました。




「キャーッ! 駄目よマリア! 危ないっ!(ドタンバタンッ)」


 すわ、何事ですか!?


 召喚部屋から新居二階の僕の部屋に転移してきた途端、階下からサツキさんの悲鳴と人が倒れたような音が聞こえてきました。

 バーンと部屋のドアを開けて飛び出し、階段を駆け下りながらポケットから催涙スプレーを取り出しロックを外します。賊がいたら容赦なく目を潰しに行く覚悟を瞬時に決めてそのままリビングへ突入しました。


「サツキさん! マリアちゃん! 二人とも無事かっ!?」


 ────ん、んんん……それはまさか…………任天堂のゲームかーい!!


「あ、ヘイロオ兄さんお帰りなさーい」


「ヘイロオさん! こんなに早く帰ってきてくれるなんて嬉しいです」


 リモコン片手にハァハァと荒い息をしながら、平穏無事に笑顔で迎えてくれた美女二人を見て心底ホッとしました。緊張した全身から一気に力が抜けていく。

 ペタンとフローリングにお尻をついて、ふぃ~と大きく息を吐きました。


「あらまぁ、お兄さんとっても疲れてるみたい」


「大変、休ませてあげないと。万梨阿、はちみつ入りの紅茶を淹れてあげて」


 何やら勘違いしてる二人ですが、優しく助け起こしてくれるサツキさんに興奮したので、誤解は解かずにそのまま介抱されることにしました。


 すると、ソファーに寝かせてくれただけでなく、なんと膝枕ですよ膝枕!


 Wiiスポ〇ツをやっていたせいか、動きやすいヒラヒラのミニスカートを穿いてるんで、惜しげもなく晒された白く眩しい太ももの感触がたまりません。

 ついつい手が出て、柔らかくて滑らかな触り心地を堪能してしまいます。

 サツキさんは何も言わずに僕の愛撫を受け入れてくれました。

 あぁ、やっぱり超美人の婚約者って最高だなぁ……


「フーン、疲れてるのにエッチなことは別腹なのね」


 ソファーの前のローテーブルに紅茶を置いて、隣のソファーに座ったマリアちゃんが、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて茶化してきました。

 あぁ、天使のような小悪魔も相変わらずだなぁ……


「こら万梨阿、大人をからかっちゃいけません」


「お母さんも、子供にエッチを見せちゃいけないと思いまーす」


「もぉ、本当にこの子ったら………」


 論破されたサツキさんは紅潮した頬に右手を当てて恥じらっています。

 僕より5つ年上の28歳で10歳の娘がいるのに、可愛いとか反則ですよね。

 だから、太ももスリスリを続けたまま事情聴取を始めました。


「平日の昼間から家の中でゲームをやってるってことは、ちゃんと僕のお願いを聞いてくれてたんですね」


「はい、外出は必要最低限にしてますし、もちろんアパートには戻ってません」


「ありがとうございます。窮屈で退屈な生活でしょうけど、僕たちの新生活のためにもう少しだけ我慢してくださいね」


「我慢だなんて……万梨阿と一緒に楽しくやってますから気にしないで下さい」


「そうよ。私だってこうしてお母さんのダイエットに付き合ってあげてるもの。ヘイロオ兄さんのためでもあるんだから感謝してね」


「ま、万梨阿!? 何を言ってるのこの子は本当にもぉ!」


「ウフフフ、この間お兄さんが私のスラッとした足で興奮してたから、お母さんヤキモチ焼いちゃったのよね」


 うおぃ、それをここで持ち出すのは反則でしょー。

 これは可及的速やかに別の話題に移らなくては…………あ、そうだ!


「マ、マリアちゃん、召喚前に僕が注文した品物は届いたかな?」


「全部届いてるわ。かさばるから車庫の中へ入れておいたわよ」


 全部キタコレ!

 よし、早速アレを試してどれにするか決めておかないと。


「ありがとう。じゃあ僕はちょっと車庫へ行ってくるよ」


「あ、待ってヘイロオさん。上城さんからの伝言があるの。あなたが帰ってきたら、大至急で連絡して欲しいって」


「上城さんが……離婚交渉の件ですかね?」


「違うわね。きっとまたお仕事の話だと思うわよ。はい、かけてあげたわ」


 マリアちゃんが既にコールしたスマホを手渡してくれました。

 上城氏はバイタリティ溢れる元気な声で電話に出ると、いろいろ話があるので今すぐ不動産屋の方へ来てくれないかと伝えてきます。

 僕のほうもいろいろ聞きたいことがあるので承諾して会話を終えました。


「すぐ来てくれと言ってるんで、ちょっと行ってきますね」


「ヘイロオさんお疲れなんだから、もう少し休まれてからにしては?」


「サツキさんの膝枕で元気出たから大丈夫ですよ」


「お母さんがはりきってご馳走を作って待ってるから早く帰ってくるのよ」


 今は……午後の3時過ぎか。遅くとも7時に帰ってこられそうだな。よし。

 照れるサツキさんと茶化すマリアちゃんに、いってきますと告げてから僕は外に出てタクシーで上城氏の不動産屋へと向かいました。

 どこにDV夫の目があるのか分からないので、以前住んでた町へサツキさんに車で送ってもらうという選択肢はありません。離婚確定まで我慢です。




「君はしばらく元のアパートで暮らした方が良いな」


 SB線K駅前の不動産屋についた僕は、店内で名前と用件を伝えると奥の社長室へ案内されました。

 良く来てくれたと歓迎する上城氏に、挨拶と手間をかけている礼を言って勧められたソファーに座ると、数秒の間をおいてから辛い選択を切り出されました。


「……どういう状況になってるんでしょうか?」


「皐月さんの夫は興信所に調査を依頼してるようだ。彼女と同時に君がアパートから消えたことがバレたら不味いことになる」


「確かにその通りですね………」


「なーに、長くても1カ月くらいの辛抱だ。それまでには必ず離婚を成立させてみせるから、少しばかりアパートで偽装生活をしておいてくれ」


「DVするような男が、たった1カ月で離婚に応じますか?」


「なーに、あの手の輩の弱点は良く分かってる。今、証拠を集めてるから時間の問題だよ。直ぐに片が付くから私に任せておけ。ククク…」


「……ええ、すべてお任せしますんで宜しくお願いします」


「それでだな、話は変わるんだが、また例の仕事を頼みたい」


「こちらの条件さえ飲んでくれれば、有り難く受けさせて頂きます」


「おおぅ、受けてくれるかっ。では、都合の良い日を教えてくれ」


「3日後からまた出張がありすから、明日か明後日ですね」


「よし、それでアポを取っておく。決まったらすぐに知らせるよ」


「ちなみに、今回の患者はどんな人ですか?」


「またスポーツ選手だ。武者野君の紹介でな」


「へぇ、となると、同じチームの仲間ですかね」


「そこはチームじゃなくてクラブだ。それから、今回はサッカーじゃなくて、プロ野球選手だぞ」


 プ、プロ野球選手!?

 東京でプロ野球といえば、まさかあの………ゴクリ…


「そうだ、あの球界の盟主、読売タイタンズのスター選手を君が救うんだ!」




 上城氏の不動産屋を出た僕は、K駅の近くにあるサイクルショップで6段ギア付きのママチャリを買うと、そのまま元のアパートへ向かった。

 僅か数日ぶりの部屋は、随分と久しぶりのように感じて思わず立ち尽くす。

 でも感慨に耽っているヒマはない。

 パソコンを立ち上げて、少し大きめのボリュームで音楽を流した。

 近所と探偵への、ここにまだ人が住んでますよアピールです。


 師走が近いこの季節、夜が訪れる時間は早い。

 部屋の照明を付けてから、玄関ではなくベランダからこっそり外へ出た。

 人目を忍んで通りに出るとタクシーに乗り込み、念のため尾行を撒くかのように遠回りしてもらってから、新居まで徒歩5分の場所で降りる。

 

 新居の前まで来ると、窓から明かりが漏れ、美味しそうな匂いが漂い、母娘の楽しそうな声が聞こえてきた。


 ────あぁ、こんな幸せそうな場所が、自分の家だなんて………


 目頭が熱くなって瞳が潤んでくるのを止められない。


 天使がくれた治癒Aも回復Sも効かなかった。


 諦めた僕は、赤い目をしたまま家族のもとへ帰って行きました。

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