第47話 ガラスペンは日本人が発明したそうです
「マルテさん、お待たせしました。さあ、商談を始めましょう!」
エロオ雑貨店のオープン日、滑り出しの実演販売は大成功を収め、キャシーたちの客さばきも順調だったので、もう僕がいなくても支障はないと判断し、本日の大取引きであるマルテとの交渉へと舵を切ります。
僕は、どこか寂し気にコンソメスープをすすっている男爵家のお抱え商人に歩み寄って、笑顔で元気よく語りかけました。ところが……
「何故ですか……何故なんですかっっっ、エロオ殿ぉぉおおおおお!?」
うおぃ、商談をしたがってたのはあなたの方でしょ。
何故と訊かれてもこっちがホワ~イですよ。
マルテそっちのけで、実演販売にノリノリだったのが駄目でしたかね?
「少々、待たせ過ぎたことは謝りますが、まだ時間は十分にありますから」
「そうではなくて、何故、私には、あの素晴らしいキッチン用品を売ってくれないのかと、訊いておるんですよぉぉおおおおお!」
「あぁ、ガラス細工以外の雑貨は、ここの領民のために商売度外視で仕入れてきたものですから。基本、領民以外に売るつもりはないんです」
「そんな殺生な! あんなものを見せつけられたら、商人として黙っていられる訳がないではないですかぁ……どうか私とも取引を、何卒お願いします!」
「うーん、少し考えさせてもらえますか。セーラさんと相談してからでないと僕の一存で決める訳にはいきませんので」
「もちろんですとも。色よい返事を期待しておりますぞ」
マルテの気が晴れたところで、僕たちは店舗の二階にある応接間へ移動した。
マルテは昨日見た護衛とは別の兵士4人に宝箱を運ばせて、2人を扉の前で警護するように命じた。この警戒ぶり、相当の大金を用意したと見えますね。
僕のほうはと言えば、以前に交わした約束通り、エマさんに護衛を頼み今も至近距離で守ってもらっています。
クーラーボックスに入れてきた午後ティーを二つのグラスに注いで、一つをマルテの前に置きました。僕が飲んで見せると彼も口をつけて驚き、これは何ですかとまたひと騒動ありましたが、何とか落ち着かせてやっと商談に入ります。
「珍奇な紅茶程度で驚いていては、これから見る商品で腰を抜かしますよ」
テーブル脇に置いたソフトアタッシュケースを開き、中から長方形の箱を一つ取り出して僕とマルテの中間にそっと置きます。
「これがエロオ殿の言われた今回の目玉商品なのですか?」
腰を浮かせ身を乗りだし、何事も見逃すまいとするマルテ。
まだ春先だというのに、ひたいから一筋の汗が流れ落ちた。
大事な商品を汚してしまうと焦ってハンカチで拭く姿が割と可愛い。
さて、あまり引っ張ても可哀相だからボチボチご対面といきましょうか。
「そうです。これぞガラス細工の最高峰の一つ────ガラスペンです」
箱をパカっと開けて、暴力的に繊細で美しいフォルムをマルテに晒した。
「んなっ……! こ、これは……………っ!?」
ゴクリと生つばを飲み込んだまま、男爵家のお抱え商人は固まってしまう。
異様に見開かれた両目だけが、まるでガラスペンをスキャンするかのように、右へ左へとせわしなく動いています。
明らかにセーラさんに見せた時より驚愕のレベルが三段階は上ですね。
恐らく、優れた商人だけに一目見ただけでこのガラスペンにとんでもない価値があることを見破ったのでしょう。
もしかすると、芸術品としてだけでなく、実用品としての価値まで見抜いたかもしれません。ま、さすがにそれはないかな。
「さあ、見てるだけではこの商品の真の価値は分かりませんよ」
アタッシュケースから、大学ノートと金属製のインク壺を取り出してまだ固まっているマルテの前に差し出した。
突然、視界に割って入ってきた異物に驚いて我に返ったマルテは、取り繕うように乾いた笑いを漏らしてから鑑定モードに入っていく。
「仰る通りですな。この国宝級のガラス細工を、あろうことかペンだと主張されるのですから、実際に文字を書いてみなくては始まりますまい」
マルテはいつもの敏腕商人に戻ると、手袋をはめて慎重にガラスペンを箱から取り出し、さらに慎重にインク壺の中に透明なペン先を浸した。
するとペン先の8本の溝が毛細管現象によってインクを大量に吸い上げていく。
「な、何ですとーーーっ?」
美しく可視化された毛細管現象に魂消たマルテがまた固まりました。
「驚くのは後にして、まずは書き味とインクの保持力を試して下さい」
「これは失礼しました。あまりにも幻想的な光景だったものでつい……しかし、もう大丈夫ですぞ。さすがに驚き慣れました」
ふぅ、やっと平常心を取り戻してくれたようですね。
ホント頼みますよ。いちいちこんな調子でやってたら日が暮れますって。
マルテは大学ノートにサラサラと文字を書き始めると、想像以上に滑らかな書き味に感激しながらどんどん試し書きを続けます。
しかし、羽ペンならとっくに切れてるインクが切れない。まだ切れない……
「な、ななな、何ですとーーーーーっ!?」
それはもうええっちゅーねーーーん。
「今回はガラスペンを10本ほど仕入れてきました────」
試し書きで何度も度肝を抜かれていたマルテは、その後ルーペで本体をチェックし大きく感嘆の息を吐くとクッション入りの箱に丁寧に戻した。
鑑定の結果は聞かずもがなという感じですね。
喉から手が出るほど欲しいと顔に書いてありますから。
という訳で、ここからは価格交渉へと移ります。
「そのうち2本は領主のセーラ様に献上しましたので、残り8本となります」
「僅か8本ですとな!? せめて、私に全て買い取らせて頂けませんか?」
なるほど。買い占めておいて、転売する際に有利に運ぶつもりですね。
ま、僕は別に構いませんよ。
お金はこの領地が上手く回る程度あれば良いですから。
だけど、多少は勿体つけとかないと、足元を見られるかもしれません。
「独り占めですかぁ……僕が他の商人たちに恨まれてしまいそうですね」
「そこを何とか! 私も可能な限りの便宜を図りますのでっ!」
よしっ、ちょっと焦らしただけで最高の言質をゲットしましたよ。
マルテにはやって欲しいことがあったんで、ガラスペンの独占を貸しにして、ひと働きしてもらいましょうか。
「分かりました。ガラスペンはすべてマルテさんに譲りましょう。ただし、あとで必ず僕の頼みをきいてもらいますよ」
「おおおっっ、真にぃ、真に有難うございますぅぅううう!!」
「では、1本当たりの買い取り金額を提示して下さい。セーラ様から申し渡されている最低金額を上回っていれば、晴れて商談成立となります」
こうしてガラスペン8本が高値で取引き完了しました。
その後も、大粒ビー玉やトンボ玉各種などなども取引きが行われ、この潰れかけの村にしてみれば巨額の大金がまた転がりこんできたのでした。ウハウハ。
「それではエロオ殿、雑貨の方も取引して頂けるよう何とかセーラ様を口説き落として下され。期待しておりますぞぉ」
ガラスペンを独占してホクホクのマルテは、速攻でモルザークに帰りたいようでこのまま直ぐ帰途につくようです。
男爵家当主のセシルが驚愕に目を剥く顔を一刻も早く見たいんでしょうね。
正直、僕だって見たいですもん。ホント残念です。
「マルテさんの方こそ、僕が頼んだ用事を忘れずになるはやでお願いしますよ」
「分かっておりますとも! 心当たりが二、三ありますから、モルザークに帰り次第、手を打ちますぞ。大船に乗ったつもりで安心してお待ちあれ」
そう確約した男爵家のお抱え商人は、護衛に守られながら馬車に揺られて村から去って行きました。
僕はまた雑貨店の方へ戻り、キャシーたちと仕事をしつつ、皆に交代で食事休憩させたり、お客さんと話に花を咲かせて市場リサーチしたりしながら、開店初日を忙しくも楽しく過ごしたのでした。
「エロオ雑貨店オープン大成功を祝って────乾杯」
「「「 乾杯 」」」
夕暮れ前に店を閉めて屋敷に戻って来た僕たちは、ささやかな打ち上げパーティーを催しました。セーラ、キャシー、アナベルの領主家族に店員のミュウ、護衛のエマ、そしてメイドのマルゴも参加です。マルゴさんは僕の愛人という身分が加わったし店の仕事も手伝ってもらったので僕がお願いして席についてもらいました。
最高の仕事をした充実感と達成感に高揚していたので、パーティーはハイテンションの内に幕を閉じて散会となりました。
今は、僕とセーラさんとキャシーとエマさんが執務室に移動し、今後の相談を兼ねた二次会に突入したところです。
「本当に大成功だったねえ。とんでもない大金を稼いでいるのを見てアタシは思わず夢かと思っちまったよ。エロオは本当に大したもんさ」
「ありがとうございます。でも僕が大きな取引をできるのは、セーラさんの人脈と信用のお陰ですよ。本当に感謝しています」
「まぁ、感謝だなんて水臭いですわ。私たちはもう家族なんですから謙遜や遠慮なんて必要ありません。エロオさんが私にそう仰ったのですよ」
「その通りです。今の言葉を忘れないで下さいね。さて、眠くならない内にそのマルテとの取引の報告をしておきます。まずこれが受け取った代金になります」
アタッシュケースには収まらないのでボストンバッグに入れて持ち帰った金貨の巾着袋3つと銀貨の巾着袋6つをテーブルの上に置きます。
「んまぁ………金貨が…3袋も………ゴクリ…」
「領主のセーラだってさすがに驚くだろ? アタシなんて帰り道で寄って来る町民がみんな盗賊に見えてぶちのめしそうになったからね!」
「……あぁ、お金って………あるところにはあるんですね…」
5歳の時に戦争が始まって苦労しか知らない跡取り娘のキャシーは、目の前の大金が幻のように実感が湧かず、呆然と見つめてため息をついた。
思えば、この爆乳JKも不憫な子ですよね。
これからは、とことん幸せにしてあげないと。
「この金貨2袋と銀貨4袋は領主のセーラさんに上納します」
「んまぁ!そんなには戴けませんわっ。先日も過分に納税されてますのに…」
「だからさっき、今の言葉を忘れないでと念を押したじゃないですか。僕たちは家族でしょ。遠慮は無しです。僕たちみんなのお金だと思って下さい」
「……分かりましたわ。私たちの領地の為に大切に使わせて戴きます…」
美魔女に熱く潤んだ目で見つめられて股間が疼き始めました。
今日は朝から大忙しで一発も射精してませんしね。
だけどもうちょっとだけ我慢です。先にこの首脳会談を終わらせないと。
「僕も残りの金貨1袋と銀貨2袋を領地の発展のために使う予定です」
「へぇ、何か思案がありそうだね。次は一体何をやらかすつもりなんだい?」
興味津々と言った顔で隣に座るエマさんが僕の顔を覗いています。
テーブルを挟んだ対面のソファーに腰をかけているセーラさんとキャシーも、期待を隠し切れない表情で僕に注目していました。
おっと、何だか下手なことを言えない雰囲気になっちゃいましたね。
でも、二週間前にエマさんの話を聞いてからずっと考えていたことです。
だから、自信を持って発表しましょう。さあ、その反応や如何に!?
「皆さん、僕はですね────ロカトール(移民請負人)を雇うつもりです」
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