第46話 エロオ雑貨店OPEN、実演販売は正義でした
「おおおっ、エロオ殿! 会いたかったですぞーーーっ!」
マ、マママ、マルテやないかーい!
なぜかマルテが来た。
モルザーク男爵家のお抱え商人がやって来た。
確かに僕の店がオープンするから来てねという手紙をエマさんに託した。
でもあれは、いつ来るか返信してねという内容だったでしょーがっ。
「マルテ、遠い所をよく来て下さったわね。さあ、掛けて頂戴」
呆気に取られている僕をよそに、セーラさんは内心の驚きなどおくびにも出さずに落ち着いて対応を始めました。さすが領主様です。
僕たちの対面のソファーにマルテが座り、彼の後からさらに入室してきた護衛の男女二人はマルテの後ろに並んで立っています。
エマさんも僕たちの背後で立っていました。一応警戒しているのでしょう。
「マルテさん、手紙を受け取った当日にいきなりやって来るなんて、一体どうしたんですか? 店は明日オープンでまだやってませんよ」
「いやいやいや!『売り切れる前に来店して欲しい』などと書かれては、取るものも取り敢えず駆け付けるしかないではないですか!」
あー、そこを真に受けちゃいましたかぁ。
現時点では、ガラス細工を買いに来てくれるお客はマルテだけなのにぃ。
だけど、そんなことは知らないマルテにしてみれば、とてつもない価値のある商品を他の商人に奪われてなるものかって焦っても仕方ないですよね。
「その気持ちは商人としてよく理解できます。分かりました。では、その熱意にお応えして、明日の開店日はマルテさんと真っ先に商談をすることにしましょう」
「おお、感謝致しますぞ! 全て放り投げてすっ飛んできた甲斐がありました」
「それだけの価値があったと納得してもらえる筈ですよ。今回は、大粒ガラス玉や夜光トンボ玉以上の目玉を仕入れてきましたからね。驚愕必至です」
「なんと! あれ以上のガラス細工をですかっ? そんなことを言われては気になって仕方ないですぞぉ。今直ぐに拝見させて貰えませんか!?」
「さすがにそれは……マルテさんたちも長旅で疲れてるでしょうし、私もまだ明日の開店準備が残っていますから」
「それは残念ですなぁ。明日が待ちきれませんぞぉ。では、準備の邪魔をしてはいけませんので我々は宿へ向かいます。明日の商談を楽しみにしておりますぞ」
その言葉を聞いた背後の女戦士が僕も知らない驚愕の事実を告げた。
「マルテ、この村、いや町には宿なんてないぞ」
「な、何ですとー?」
「泊まるだけなら酒場の二階で泊まれるが、どんな類の部屋かは推して知るべしってやつさね」
「いえいえいえ、私も昔は行商人から始めましたからな。屋根さえあればどんな部屋だろうと平気ですぞ」
「マルテ、申し訳ないですね。急なことで当家も用意ができてませんの」
「どうかお気になさらずに。これも昔を思い出して初心に帰る良い機会です」
そう言って快活に笑った男爵家のお抱え商人は、屋敷を辞して酒場へ向かう。
エマさんもセーラさんに道中の報告をして報酬をもらうと引き上げていく。
執務室に残った僕は、気付いてなかった懸念材料を切り出しました。
「宿屋がなかったんですねえ。町に住んでると必要ないから盲点でした」
「この町を訪れる者がいなくなってしまいましたから、経営が成り立たずに潰れてしまったのですわ。お恥ずかしい限りです……」
「でも、現れたじゃないですか。この町へのお客さんが。これからもどんどん増えますよ。だから早急に宿屋も再建しましょう。最初は赤字になるでしょうけど、それは僕が補填しますからセーラさんは人材を確保して下さい」
また遠慮されそうなので、グイッと抱き寄せて甘いキスをしました。
「……アハァ~ン…全て貴方の仰る通りに致しますわぁ」
それで良いんです。
僕たちの間に遠慮なんて必要ありません。
正解のご褒美にベロチューと尻揉みをたっぷりと御馳走してあげますね。
「皆さん、平日の朝からたくさん集まって頂き真に有り難うございます! 僕がエロオ雑貨店の店主エロオであります。この町をこよなく愛する当店では、領民の皆さんにだけ、特別価格で販売させて頂きます!」
3月17日土曜日、ついにエロオ雑貨店をオープンする日がやってきました。
驚くことに、店の前には50人を超える村民が集まってきています。
153人しかない村なので3人に1人が来たってことですね。
今日は平日だというのに、仕事は大丈夫なのかと心配になりますよ。
しかし彼らは、数年ぶりという非日常のイベントに興奮していたのです。
過疎が進んで廃村待ったなしの村に、新たな雑貨屋がオープンされるとあっては、仕事そっちのけで祭りに参加したくなるのは当然といえるでしょう。
そんな訳で、僕の『領民には特別価格で販売』という言葉に、彼らは拍手喝采やんややんやともの凄く良い反応をしてくれました。
「当店で扱う商品は、皆さんがまだ見たことのない珍しい品ばかりです。どんな用途でどれほど優れているのか分からないと思いますので、本日は皆さんの目の前で実演して、その素晴らしさをご覧にいれましょう!」
ここでもまた村民たちから拍手と歓声を頂きました。
いやぁ、とことん娯楽に飢えてたんですねえ。
彼らの楽しそうな顔を見てるとこっちまで楽しくノリノリになってきます。
「実演して頂くのは、我が婚約者のキャサリン嬢と愛人のマルゴであります!」
この異世界では、愛人という存在に日陰者のような暗い印象はない。
男でも女でも、飛び抜けて生活力のある者は正式な配偶者の他に愛人を養うのが普通というか、むしろ義務みたいなものなんだそうです。
という訳で、僕も堂々とマルゴさんを愛人として紹介しました。
店頭にドーンと置いた長机で、キャシーはニンジンを、マルゴさんはジャガイモをそれぞれピーラーで剥き始めます。
皆に分かりやすく見せるために、ゆっくりと手を動かしているのですが、それでもあっという間に野菜は丸裸にされていきました。
その便利さに仰天した女性陣たちから驚きの声がバンバン上がりまくります。
ふふふ、掴みはOKですね。
ここで、村民たちにも実際に使ってもらって、ピーラーの価値を身体に刻みこんでおきましょうか。僕はキャシーとマルゴさんに目で合図を送りました。
すると二人は、年配の女性たちにピーラーを渡して試してもらいます。
その結果はもちろん大好評で、我も我もとピーラーに群がりました。
その間に、キャシーとマルゴは剥かれた野菜を一口サイズに切り、カセットコンロに火を付けて鍋の中に投入していきます。
あらかじめ下準備しておいた薄切り肉などと一緒に炒めると、水を加えてグツグツと煮ていったのですが、ここでアレの出番です。
そう、アク取りシートですよ。
「さあ、皆さん、ピーラーは一度置いといて、コチラに注目して下さい!」
村民たちは新たなビッグウェーブに乗り遅れまいと、今度は鍋の前に押し寄せてきました。そこでキャシーがアクと油の浮いた鍋の水面にシートを被せます。
しかし、村民たちの反応は薄い。
皆さん、何が何だか分からないと困惑してるご様子。
そこで満を持してキャシーがシートを取り除くと………
「「「「「「 あああ、ああああああああああああああッ!! 」」」」」」
その言葉にならない驚愕の声が聞きたかった!
みんな良い顔してますよぉ。最高のリアクションですねぇ。
アク取りシートの効能を説明してから、出来上がったコンソメスープを使い捨ての 発泡どんぶりによそって村民たちに振る舞います。
アクや油が綺麗に吸い取られた澄んだスープも好評を博しました。
まぁ、僕が持ち込んだ塩と胡椒とコンソメを使ってることもありますが……
さて、ここまでは予定通りで大成功と言えるでしょう。
あとは勝利を確実にする魔法の呪文を唱えるだけです。
村民たちは、ピーラーとアク取りシートに間違いなく感激しました。
しかし、その顔には一様にある表情が浮かんでいます。
─────でも、お高いんでしょう?
最初の挨拶で領民には特別価格で売ると言っていますが、それでもこんな便利な道具が安い訳がないと皆さん諦めておられるようです。
ふふふふふ、でもそうじゃないんですよぉ。
とんでもない超破格で売ってあげますからねぇ。
さあ、聞いて驚けっ! そして崇め讃えよ! 我がエロオ雑貨店を!
「皆さん、この素晴らしい商品の気になるお値段を発表しまーす!」
50人からの村民が僕を真剣な顔で見つめてゴクリと息を呑みます。
さっきまでの祭りのような賑やかさとお気楽さはどこへやら。
ピーンと張りつめた空気が場を支配し誰もが緊張で身を震わせる……
そして僕は、村民たちを熱狂の渦に叩き込む長い魔法の呪文を唱えた。
「銀貨1枚(約17280円)……まさかまさか、僕は領民相手に儲けようなんて思っちゃいません。では、白銅貨1枚(約1440円)……いえいえ、それでもまだ少し高い。当店は領民のために限界ギリギリところか、限界を突破します! そこで青銅貨(約120円)を……なんとたった1枚! 青1枚でお売りしますっ!」
「えっ………1枚?……青1枚ぃぃぃいいいいいい!?」
「そんな、嘘でしょ……ッ!?」
「青1枚って……お兄さん、頭がどうかしちゃったんじゃないのかい?」
「こんなの冗談に決まってるじゃないか。あたしぁ騙されないよ」
「たしかに青1枚で売るって言ったぞ。ワシはもう本気にしたからな!」
「私もこの耳でしかと聞いたよ。兄ちゃんホラ青1枚だ皮むき器をおくれ!」
超価格破壊に耳を疑った村民たちも、店主がそう言ったみんな聞いたという証文を盾に絶対に青1枚でゲットするぞと大興奮して狂戦士モードへ突入。
こうなると集団心理で大して欲しくなかった男性陣まで青銅貨を掲げて俺にも売ってくれと叫び出します。
正に入れ食い状態。あぁ、人が撒き餌に群がる魚のようだ……!
「はいはーい、在庫はたくさんありますから大丈夫ですよー。ただ、今日はお一人様1個までとさせて頂きます。領地の家庭すべてに届けたいのでご了承下さい。来週にはまた大量に仕入れてきますから予備はその時にお求め願いまーす!」
そう告げてから、キャシーにお客さんの対応を任せました。
爆乳の婚約者は領民たちを店内のカウンターに案内し、ベルちゃんとミュウちゃんに手伝わせながら押し寄せる会計をさばいていきます。
マルゴさんには、他の商品の説明を担当してもらいました。
キッチンポリ袋や大学ノートにボールペン、徳用マッチ、スタンドミラーなどなど100円ショップと化した店内でにこやかに対応してくれてます。
うん、どうやら問題なさそうですね。
キャシーたちが来週の仕入れ分も同じ価格で販売しますと伝えたので、最初の喧騒は鳴りひそめて、皆さん余裕を持ちながら買い物を楽しんでくれてます。
この店はセーラさんの領民を満足させるためにガラス細工店から急遽、雑貨店に変更しましたから、この光景は本当に嬉しい限りです。
さて、それじゃあ僕は、本日のメインイベントに臨むとしますか。
「マルテさん、お待たせしました。さあ、商談を始めましょう!」
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