第35話 守りたい、その泣き笑いに歪んだ笑顔
「へイローさん、お帰りなさい! またやってくれましたね!」
お馴染みになった召喚部屋へ異世界から転移してきた僕を、トリカさんが満面の笑みとジャンばりの勢いの良い誉め言葉で迎えてくれました。
「それは功績値ゲットとレベルアップのことですか?」
「もちろんですよ! こんなに短期間で達成するなんて凄いです!」
「その功績ポイント稼ぎについては聞きたいことがあるんですけど、禁則事項とかで教えてくれないんですよね?」
「その通りです。申し訳ありません。ですが、ヘイローさんは良い感じに異世界ライフを過されてます。この調子のままで今後も宜しくお願いします!」
「分かりました。そのためにも、まず日本に帰ってするべきことがありますから、すぐに僕の部屋へ転送して下さい」
持ってきた背中の銀貨を売るのって割と難しい気がするんですよ。
出所とか聞かれても答えられないですからね。
金貨ならなおさら厳しいと思ったんで銀貨にしたんですけど、何とか上手いこと売れればいいなぁこの背中の……ん、んんん……背中が軽い…軽すぎるっ!?
嫌な予感が怒涛のように僕の全身を襲って硬直させる。
────ま、まさかっ、そんな殺生なことなんてある訳ないよね………!?
そのまさかでした。
「トリカさん! 異世界から持ってきた銀貨がなくなってるんですけどっっっ」
「あぁ、きっとそれはフラグ破壊のスキルの効果ですよ。初めて異世界に行かれた時、本当は日本へ帰ってくることはできなかった筈なんです。それが異世界のお約束ですからね。でも、ヘイローさんはフラグ破壊でお約束をブチ壊して帰ってきました。その際に、日本と異世界を自由に行き来してお金を稼ぐチート、というお約束もまた破壊されたってわけですよ」
「えーっ、向こうの世界からは何も持ち出せないってことですかっ。じゃあ僕はどうやって日本でお金を稼いで異世界に持って行く品物を買えばいいの!?」
「働けば良いと思いますよ(ニッコリ)」
殴りたい、その笑顔。
「正論は止めて下さい! それに、今から就職活動してるヒマなんて無いんです。1週間後にはまた召喚されて向こうへ行くんですから」
「えーと………うん、何とかなりますよきっと。それではお達者で!」
「えっ、ちょっと待って、まだ言ってやりたいことがぁぁ───」
どこか奇妙な白い応接間にブラックホールが現れて、僕はあっという間に吸い込まれて行く。トリカさんの取って付けたような営業スマイルを見せられながら……
「マリアちゃんは、いないのか………」
安アパートの部屋へ転移された時、天使のような小悪魔の美少女はいなかった。机の上に貸した財布が置いてある。中身は減ってない。
小さなメモ書きに「ありがとう、ヘイロオ兄さん」と残されてました。
DV男の父親から、ちゃんと逃げられてればいいけど……
ふぅ、今は人の心配をしてられるような状況じゃないですよね。
自分の人生もままならないのに、何様だって話ですよ。
何とかして短期間でお金を稼ぐ方法を見つけないと。
パソコンを立ち上げて、そんなバイトを探してみることにしました。ここは隅っことはいえ腐っても東京です。何かしら有るはず。たぶん…
ほらやっぱり───無いですよねー。
有ることは有るんですが、僕には体力的・精神的にムリでした。
今ある貯金は、あと3ヵ月もすれば底をつくでしょう。
だから手を付けるにはいきません。ホームレスにはなりたくないので。
じゃあどうする? どうやってこの窮地から抜け出せばいい?
………ダメです、何も良いアイデアが浮かびません。
もうこれ、詰んでますよね。
そう思った瞬間に、ドッと冷や汗が出て心拍がリズムを上げました。
カッと体が熱くなる、重くなる、両腕が萎えたように力が入らない。
あぁ、これはセーラさんたちが魔獣に襲われた時といっしょだ。
あの時もこんな風に気力がしぼんで動けなくなったんだっけ……
そう、それからスキル回復Sで………あーーーっ、これだっっっっっ!!
スキル、スキルだよ!
治癒と回復を使ってお金を稼げばいいんだよ!
治癒Aは怪我人を治せるし、回復Sなら疲れてる人やストレスが溜まってる人を回復させることできる。うん、これだ、これでいこう。
目指せブラックジャック! 無人島が呼んでるぜ!
ハァ~、何か安心したらお腹が空いてきちゃったね。
今は、夕方の5時半か。異世界は朝だったからちょっと不思議な気分。
よしっ、スーパー行って旨いもの(半額パック寿司)買ってこよ!
「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ……」
あれから三日が過ぎました。
本当なら今ごろは、ブラックジャックよろしく闇医者で稼いだ金でウハウハになってるはずだったんですよ。
でもね、闇医者なんて無理だってすぐに悟りました。
だって普通に違法ですもん。捕まりますもん。
だから大っぴらにやる訳にはいきません。
こっそりと密かにやらないと。
そもそも、お客さんをどうやって探したらいいのかも分からない。
仕方ないから、怪我人が一杯いそうな大病院に行ってきたのだけど………
「製薬会社の人には見えませんが、もしかして葬儀屋の飛び込み営業ですか?」
スーツ着た若い男が病院をウロウロしてたらこうなりました。
「違います」
「患者さんには見えませんが、お見舞いですか?」
「違います」
「では、不審者ということになりますね」
「違います」
「では、お引き取りください」
「………はい」
守衛さんにレッドカード出されて一発退場になりました。
その後も、他の病院をたくさん回ってきましたが、結果は同じ。
追い出されなくても、怪我人に声をかけることができませんでしたから。
だって、言えませんよ。
治してあげるからお金をくれだなんて。
完全に危ない人じゃないですか。警察呼ばれますって。
ネットで調べてみましけど、闇医者に用があるのは、ヤクザや不法滞在者だそうです。そんなの僕が相手にできる訳ないですって。無理ゲーですって。
あぁぁぁぁ、良いアイデアだと思ったんだけどなぁ。
これ、どうしたらいいんだろう。いや、どうにもならないよね。
そんな絶望に打ちひしがれていた夕暮れ時の暗い部屋でした。
マリアちゃんとドラマチックな再会をすることになったのは………
「お兄さん開けて! 私よマリアよ! お願い!早く開けて!」
うおっ、何ごとですかっ!?
訳が分からないけど、尋常じゃない取り乱しようです。
とにかく、早く中に入れてあげてないと。
ダッシュでドアを開けたら、そこにはマリアの他に大人の女性がいました。
年は24か5かな。ピチッとしたビジネススーツを着た体は180近くありそうな高身長でメチャクチャ美人でした。でも誰なんだろう……お姉さんかな?
「お母さんが怪我をしたの! 早く中に入れて横にさせてあげて!」
「お母さん!? お、おぅ……ベッドに連れていこう」
歩くのも辛そうなママさんに肩を貸して部屋へ入れます。
やはり大きいですね。ヒールのある靴を脱いでも168センチの僕より5センチは高い感じです。そんなコンプレックスと一緒にママさんを抱えて運びました。
「それって……殴られたんですか…!?」
ベッドに寝かせると、ワンレンの前髪が重力で垂れて左目付近のアザが見えた。
マリアちゃんは知ってたらしく、冷蔵庫を漁って氷をビニールに詰めている。
殴ったのはきっとDV夫でしょうね。
「…ごめんさい………あたしが悪いの……あたしが全然ダメ…だからっ……」
いや、そうじゃないでしょ。
悪いのもダメなのも殴ったバカ男に決まってるじゃないですか。
この人、DVされ過ぎてマインドコントロールされてるのかも。
ちょっと怖くなってきましたよ……ゴクリ…
「あれ、お腹を押さえてますけど、そこも殴られ────」
赤いっ!?
それって血じゃないですかっ!
ベッドに寝かせたのにスーツの上着を脱ごうとしないので少し変だなと思ってましたけど、刺されたのを隠してたんですか………
────バシャッ! カタカタカカカカ
氷を入れたビニール袋を床にぶちまける音がしました。
振り向くと蒼ざめたマリアちゃんが呆然と立ち尽くしています。
「お母さん!」
直ぐに我に返った気丈な娘はベッドに飛びつき、傷口を抑える母親の手に自分の手を重ねた。スーツの下の白いブラウスについた赤い沁みは徐々に広がってる。このままだと不味い。早く何とかしないと!
「救急車だ、救急車を呼ぼう」
「……それはできません…止めて下さい…」
「どうしてですか?」
「保険証が無いの。あいつが持ってて貸してくれないから…っ」
あぁ、DV夫が離婚してくれないとそんな状況になってしまうのか。
こんな安アパートに住んでるんだ。保険無しで傷を縫う手術をするお金なんて持ってる訳がない。でも、だからといってこのままじゃ死んじゃうよ。
マリアちゃんも僕と同じ結論に達したようです。
絶望的な顔をして最後の望みと僕にすがりついてきました。
「お願いお兄さん、お母さんを助けて! あたし何でもするから助けてよ!」
初めて会った時は小悪魔みたいに自由奔放で大人顔負けの
当たり前だ。この子はまだ10歳くらいの子供なんだから。
しっかりしてるように見えても、小学生の女の子なんだから。
だから、大人の僕こそがしっかりして何とかしてあげないと。
だけど、マリアちゃんの必死の訴えにテンプレの言葉を返すのはダメだ。
子供が何でもするなんて言うもんじゃないよ、と答えちゃいけない。
僕には分かる。だって子供の時に僕も大人に助けを求めたことがあったから。
彼らは何でもすると言う僕に何もさせなかったけど、何もしてくれなかった。
良い人ぶってどこかで聞いたセリフを言って、あとはスルーしただけだ。
だから僕が今、マリアちゃんに言うべき言葉はこれだ。
「分かった。マリアちゃんには僕の言うことを何でも聞いてもらう。その代わり、僕は必ずお母さんを助けるよ。絶対にだ。それでいいね?」
「うん、約束する。ありがとう、ヘイロオ兄さん」
守りたい、その泣き笑いに歪んだ笑顔。
僕にはそれができる。
お母さんの傷を癒しマリアちゃんの笑顔を守る魔法の呪文を僕は唱えた。
「ミドルヒール!」
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