第26話 モズクガニ、じゃなくて、モクズガニでした
「リカバリー!」
回復Sのスキルが、僕の気力を最大値まで引き上げる。
さっきまでの恐慌が嘘のように心から消え去った。
ただ、パニックは収まったけど恐怖がまだ先に立っている。
もともとの気力が低いから仕方ないのだけど……
それでも体は動く。
勇気を振り絞って一歩ずつ大地を踏みしめるように進んだ。
得体の知れない魔獣に素人が正面から立ち向かうのは愚の骨頂。
僕は風下に回り、泡の煙幕に紛れ込んで横からキツネに近づいた。
セーラさんと一触即発のにらみ合いを続ける獰猛なキツネに右手を突き出す。
気配を察した魔獣がこっちを向くのと、まったく同じ瞬間だった。
僕の右手から催涙スプレーが噴き出したのは。
「ベルちゃん、ダッシュでマルゴさんに知らせて来て!」
「でもママが……」
「セーラさんには僕がついてるから大丈夫、急いで!」
「うん、行ってくる!」
目に力が戻ったベルちゃんは一目散に屋敷へ走り出す。
僕は剣を杖代わりにして立つセーラさんの傷口を調べた。
うわ、爪で引き裂かれた左腕はパックリと裂けて中の肉が見えてる……
思わずまた気持ちが萎えかけて腰が引けそうになる……
「私は…大丈夫ですから……貴方も早くここから…離れて…下さい……」
僕を気遣うセーラさんの声で逃げちゃダメだと奮い立った。
大怪我をしている彼女を救って一緒に帰るんだ。
今の僕にはそれができる。
「ヒール」
右手から放たれた温かい光が傷口を包むように覆っていく。
引き裂かれた無残な傷が、みるみる塞がっていった。
よし、これで大丈夫だと思いきや、治癒の効果が途中で切れて傷は完全に治らなかった。治癒のスキルがレベル1だから弱いんだろうか……?
「ヒール!」
理由が分からない僕は、ヤケクソでもう1回スキルをかけた。
あぁ、良かったぁぁぁ。
今度は完全に治って傷跡すら残ってない。
「す、凄いですわ…………貴方、治癒の奇跡が使えたのですか!?」
「軽度の怪我の治癒だけです。でも、このことは秘密にしておいて下さい」
「……分かりました。無許可の治癒師は教会がうるさいですものね」
怪我の癒えたセーラさんは、催涙スプレーを顔面に受け、のたうち回ってから倒れて気絶したキツネの魔獣に近づくと、心臓を一突きしてトドメを刺した。
そして、川で剣についた血のりを洗い流し、布でよく拭いてから鞘に戻す。
そんな彼女のいちいち様になっている凛々しい姿に僕はただ見惚れていた。
「そんなにじっと見られたら、恥ずかしいですわ……」
「耐えて下さい。あなたはもう僕の女なんですから」
僕の言葉に頬を染めてモジモジする美魔女が愛しくてギュッと抱き締める。
あぁ、セーラさんが無事で本当に良かった。
あんな肝が冷える思いはもう二度としたくないですよ。
そのためには、何かある度に領主が戦ってるようではダメですね。
早く村を復興させて、戦力も整えないと………
「ママー! 大丈夫ぅ!? キャシーとマルゴ連れて来たよーっ!」
声がしたかと思ったら、あっという間にベルちゃんが目前に立っていた。
ホント足が速いなこの子は。ちょっと人間離れしてますよ。
少し、いや、大分遅れてキャシーとマルゴさんも到着しました。
「セーラ様、ご無事で安堵しました……お怪我の方は大丈夫なのですか?」
「………ベル、どこが大怪我して大変なのよ……」
「えーっ、スパッとやられてドバッと血が出てたのにぃ。なんでー?」
「ポ、ポーション……そう、僕が持ってたポーションを使ったんだよ!」
「ええ、エロオさんのお陰で事なきを得ましたわ」
よし、セーラさんも乗ってくれた。
これで誤魔化せるか………ゴクリ……?
「なーんだ、そうだったんだ。ありがとねエロオ!」
「あぁ…貴重なポーションを使って下さるなんて…感謝の言葉もございません」
「……さすが商人ですね。本当に助かりました…」
チョロくてありがとう!
みんな素直で信じやすい性格で良かった。
そんな彼女たちを騙すのは気が引けるけど、そのぶん君たちやこの村に尽くすから許しておくれ。
「マルゴ、今夜はカニ鍋にしてね!」
ベルちゃんの元気で陽気な言葉を合図に僕たちは帰宅の途につきます。
カニの魔獣3匹は自転車の荷台にヒモでくくりつけて押して運び、キツネの魔獣はベルちゃんが軽々と抱えて歩きました。
念のためセーラさんが先頭を警戒しながら進み、
そんな光景を見ながら、ふと自分も家族みたいだなという思いがよぎる。
あぁ、この人たちと本当の家族になりたいなぁ。
帰り道の間、ずっとそんな風に願っていました。
「モズクラブは冬になると海に帰るのですけど、はぐれて川に残る個体がたまにいてこの町にも出没することがあるのです。でも滅多に人を襲うことはありませんわ」
ぐつぐつと鉄鍋で煮られた巨大ガニをつつきながら、僕たちは先程の魔獣討伐の話に花を咲かせていた。
しかし、このカニ、尋常じゃないほど旨いですね。
こんなの食べたら、もう東京のチェーン店のカニなんて食えなくなりますよ。
「川辺で越冬したモズクラブは、不思議とすごく美味しいんですよ」
大きなカニの身を僕の深皿によそってくれたマルゴさんが、ニッコリと上機嫌でトリビアを教えてくれる。主人のセーラさんを助けたこともあるけど、やはり処女を散らせたあの夜から好感度が上がってますね。
「そういえば、エロオはどうやってカニクイギツネを倒したの?」
既にお腹いっぱいで食い気を満足させたベルちゃんが、今度は好奇心を満足させるために聞いてきました。
でも、催涙スプレーのことは説明しづらいですね。適当に誤魔化しましょう。
「目つぶしの魔法具だよ。あれを浴びると目が痛くて開けれらなくなるし、吸い込んだら鼻も口も激痛が走って呼吸もままならなくなるんだ」
「まぁ! そんな魔法具までお持ちでしたの。エロオさんは本当に優れた商人でいらっしゃるのね。感心させられてばかりですわ」
「それでボクが抱える前に、キツネの顔を川の水で洗わせたんだ」
「そういういこと。ところで、カニクイギツネ……でしたっけ、あの魔獣も食べると美味しいんですか?」
「残念ですけど、毒があって食べられませんの。ですが、毛皮が高く売れますので、体に傷を付けずに討伐されたのは賢明でしたわ」
「腹の方から心臓一突きで綺麗にトドメを刺したのはセーラさんですから、どうぞ毛皮のほうはお好きになさって下さい」
セーラさんは今日一番の笑顔で礼を言うと、ますますご満悦になって越冬カニに舌鼓をうちワインを飲み干していった。
どうやら、あのキツネの毛皮がよっぽど欲しかったみたいですね。そこまで喜んでもらえたら、僕もなけなしの勇気を振り絞った甲斐がありましたよ。
「えっ、嘘!? 功績値がまた1点増えてる……4点になってるよ!」
夕食後、セーラさんは突然の魔獣討伐で後回しになった書類仕事を片付けに執務室へ行ったので、僕も大人しく自室へと向かった。
キャシーの部屋へ行くという選択肢もあるけど、今日はもうスキルポイントが2しか残ってないから自重したんです。SPを使い切ると何かあった時に、治癒や回復が使えなくて致命傷になると悟りましたからね。
カーゴパンツとシャツを脱いでベッドに寝転がり、何の気なしにステータスを確認してみたら、予想外の事態になっていて嬉しい悲鳴をあげてしまいました。
天篠兵露於(アマシノ ヘイロオ) レベル1
体力18/24
気力5/6
魔力216/216
精力1/1
栄養18/18
SP2/6
功績値4/6
<スキル> フラグ破壊 回復S 治癒A 如意棒
<ジョブ> ニート 行商人 竿師(仮)
うわぁ、メッチャ嬉しいけど、何で増えたのか分かんなくて不気味だなぁ。
普通に考えたら、魔獣を倒したからですよねえ。
異世界ものは、ほぼ全てがそうやってレベルアップするんだから。
これは検証の必要がある。メチャクチャある。
だけど、無理だなぁ。僕には魔獣との戦闘なんて無理ゲー。
今回のは、セーラさんと睨み合ってた魔獣に不意打ちしたのが、たまたまクリティカルヒットしただけだもの。味を占めて同じことしたら、高確率で返り討ちにあいますよ。これもちょっと保留ですね。余裕ができたらまた考えましょう。
あと気になるのは、ジョブの行商人から(仮)が取れてましたよ。
ガラス細工の取引が成功したから、晴れて職業と認められたみたいです。
それから、いつの間にか竿師(仮)なんてのが付いてますね。
これは、村人から種付け依頼をされてるからだろうか………?
何はともあれ、功績値が4になってレベルアップまであと2点。
となれば、明日やることは決まりですね。
もちろん、娼館と化している司祭館に行って墓守ギャル二人との合体です。
これで功績値2Pゲットしてついにレベルアップ達成ですよ。ムフフフフ…
そんなバラ色の明日を妄想しながら僕は眠りにつきました。
朝っぱらからドロドロした恋愛模様に巻き込まれることなど知らずに……
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