第25話 セーラママを僕の女にしました

「あぁ、町が無事で本当に良かったですわぁ」


 モルザーク市からの帰り道で、壊れた馬車を見つけたセーラさんは、猟師の父娘を現場の調査に残し、残りの猟師2人とエマさんに僕とジェロ監督と大金の護送を託して一人先に領地へと馬を駆けさせた。

 僕たちが村へ着いた時には、もう調査を終わらせて異変は何も起こっていなかった

と胸をなでおろしているセーラさんがいました。


 僕たちより少しだけ遅れて戻って来た猟師の父娘が報告するところによれば、馬車は走行中に倒れて壊れており、現場には4人以上の乱れた足跡と少量の血痕が残っていたとのこと。周囲に人や馬がいないか探したそうですが見当たらず、何があったのかは不明だそうです。


 事件なのか事故なのか………はたまたそれ以外の不可思議現象か。

 とにかく、凶事が起こる前触れじゃないことを祈るばかりです。

 報告を聞き終えたセーラさんは、全員が無事に村へ帰還できたことを喜び、皆の労をねぎらってから任務終了、解散としました。




「まずは、取引の成功を祝って乾杯致しましょう」


 エマさんたちが引き上げた後、執務室に残った僕とセーラさんは、メイドのマルゴさんに昼食代わりのつまみと酒を運んでもらいました。

 対面のソファーではなく、ピッタリと僕の隣に座った女領主が自ら注いでくれたワインで乾杯し、しばらく今回の旅の話題で雑談をしていたのですが、男爵家当主のセシルさんが余計なことを言っていたのが判明しました。


「髪も肌もツヤがあって6歳は若返って見えるから、いっそ私が有力者の婿をとって領地の経営を立て直したらどうか、なんて仰っていましたわ」


 これはアレですね。つたないいですが男女の駆け引きみたいなやつです。

 私が他の男のものになってもいいの、と反応をうかがってますよ。

 僕という金ヅルを失うわけにはいかないセーラさんは、実際にそんなことはしないでしょうけど、若さを取り戻した自信で暴走する可能性はあります。


「そんな必要はありませんよ。領地の立て直しなら僕が何とかしますから」


「嬉しいですわぁ」


 僕の言葉に満足した様子のセーラさんは、大机から4つの巾着袋を取ってきてテーブルの上に置いた。

 これは、セシルさんから貰ったガラス細工の代金ですね。

 領地を立て直すという言質を僕から取っておいてから、お金の分配をしようという訳ですか………さすが、セーラさん。女である前に領主様です。


「こちらが金貨、残りの3つが銀貨になりますわ」


 銀貨の巾着袋を一つ持ってみたら、予想以上にズシリと重くて驚いた。

 軽くこの間の砂糖袋2つ分、2キロ以上ある。どれほどの価値があるんだろ?

 らんらんと目を輝かせているセーラさんを見れば、相当な金額なのは想像に難くないですが、この異世界の貨幣価値を知らない自分にはピンときません。


 だから今は、このお金を自分にとって価値のあるものに変えましょう。


「僕の取り分は、この銀貨の巾着一つで結構です。残りは紹介料と税金として領主のセーラさんが納めて下さい」


「まぁ、とても心外なことを仰いますのね。私がそのような暴利を貪る悪徳領主にお見えになりますの?」


 皮肉な物言いだけど、セーラさんは怒っているというより、僕の真意を測りかねて戸惑っているという感じですね。

 タダより高いものはない的な警戒をしているのでしょう。


「そうではありません。もちろん、これには条件が一つあるのです」


「そういうことですか。ではどうぞ、その条件をお聞き致しますわ」


「僕の女になって下さい。セーラさんが婿をとるなど言語道断です!」


「……そのような条件で、これだけの金貨と銀貨を下さると言うのですか…」


「いけませんか?」


「貴方の思惑が分かりません………だらしない身体をした大年増の私にも…この領地にも……それだけの価値なんてありませんもの……」


 そのだらしない身体(爆乳)が最高なんじゃないですか!

 日本人の僕には34歳なんて大年増じゃないし、ましてや今のセーラさんは20代半ばにも見えますからね。女性としての価値はメチャクチャありますよ。


「僕の言葉が信じられないなら、僕の行動で判断してください」


 脳内で女と領主がせめぎ合って表情に迷いが出まくっているセーラさんを、ゆっくりとソファーに押し倒しました。


 ─────すべてが終わった後、身繕いをしたセーラさんは、これが答えですと言うようにマルゴさんを呼んで金貨と銀貨を持って行かせました。

 僕は自分の女になったことを確認するかのように、セーラさんをまた抱き締めて何度もキスをした。もう僕のもんだ。絶対に誰にも渡さないぞ!




「ママー! 魔獣が出たよっ! 川から上がって来たよー!」


 セーラさんと執務室で特別な関係になってから30分が経とうとした頃、元気娘のベルちゃんが大声があげながら屋敷に帰ってきた。

 自分の部屋に戻って着替えや荷物を整理していた僕は慌てて階下へ急ぐ。

 執務室では、興奮した娘のつたないい説明を女領主が冷静に判断していた。


「はぐれモズクラブですわね。危険度は低いですが討伐しておきましょう」


 セーラさんは、壁に掛けられた愛剣を手にするとベルちゃんと一緒に執務室から駆け出していく。二人とも足が速いこと速いこと。

 これでは置いて行かれてしまう………だがしかし、僕にはコレがある!

 テレテレッテレー♪ マ~マ~チャリィィィ。

 二回目の召喚で一緒に転移したまま屋敷においておいた自転車に跨って、僕は二人の後を追って行きました。


「え、あれってカニ? メッチャでかいじゃないですかっ」


 川辺には、柴犬ぐらいの大きさのカニが3匹いた。

 体が大きいだけじゃなくて、左腕(足?)についたハサミは巨大の一言。

 あれはヤバイです。油断したら指どころか手首持ってかれそう……ゴクリ…


 しかし、セーラさんは落ち着き払って川とカニの間に陣取ります。

 どうやら、川の中へ逃がさないように退路を封じた模様。さすがです。

 素早いステップを踏んだセーラさんは、堅い甲羅のある背中を避けて柔らかいお腹のほうに回り込むと、剣を垂直に振り下ろし一撃で倒した。


 ────ブクブクブク、ブクブクブクブクブク


 うわっ、仲間を殺された残りの二匹のカニが、口から大量の泡を噴いた!

 シャボン玉のように空中に漂う白い泡はまるで煙幕です。

 さすがのセーラさんも迂闊に動けない。これ、一体どうするんですか?


「ボクに任せて!」


 ────ブォォォォオオオオオオオオオ!!


 えーっ、ベルちゃん魔法が使えたんだ!?

 胸の青いペンダントから、泡に向けて突風を巻き起こしましたよ。

 だけど、狙いが甘くて泡の白幕は少し川の方に動かされただけでした。

 それでも隠れていたカニの姿が薄っすらと見えます。

 セーラさんは立て続けに二匹のカニを切って捨てました。


「やった! 今夜はカニ鍋だぁぁぁ!」


 ベルちゃんはヨダレを垂らしながら猛然と走って、カニが倒れている白い泡の中へ消えていきます。まぁカニ鍋なら仕方ないですね。気持ちはよく分かります。

 さて、僕も運ぶのを手伝うとしましょう。

 そう思って歩き出したその時でした。セーラさんが悲鳴をあげたのは。


「ベル危ない! キャッ!」


 泡の煙幕が薄れてきて、ベルちゃんを庇うように抱いている左腕に傷を負ったセーラさんと、その前で牙をむいているキツネらしき獣が見えた。

 恐らく、カニを狙っていたキツネとベルちゃんが煙幕の中で鉢合わせして、キツネが襲ってきたところをセーラさんが庇ったんだ。


 左腕を負傷したセーラさんが両手剣を正確に振るうのは難しい。

 それどころか、傷の痛みで立っているのがやっとじゃないか。

 

 ────バクバクバクバクバク、バクン、バクン!


 降ってわいた恐怖と焦りに心臓が痛いほど踊り跳ね上がる。

 助けたいけど、戦闘力ゼロの僕は戦えない。

 何よりも突然のピンチに気力が萎えて体が動かない。


 でも助けないと……セーラさんやベルちゃんが殺されるなんて絶対ダメだ……

 それなのにビビッて動けない…どうしよう…………そうだ、アレがあった!


 僕は気力を奮い立たせる魔法の呪文を唱えた。


「リカバリー!」

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