第24話 貴婦人は大きいのがお好き
「皆さん、遠いところからよく当家まで足を運んでれました。私がモルザーク男爵家の当主セシーリア・マジエッロです」
え、この貴婦人が当主なの?
もしかして、セーラさんみたいに戦死した夫の代わりに領主になってるのかな。
だとしたらナーバスな部分なんで、商談でも触れない方がいいでしょうね。
初対面のそれぞれが簡単に自己紹介をしました。
僕たちの正面に並んで座っている二人の男の内、上座に近い席に座っているのが、セシーリアさんの息子で名前はエルマンです。
その隣に座る恰幅の良い中年がマルテで、男爵家のお抱え商人とのこと。
「まずは冷めない内に料理を楽しみましょう」
女当主の言葉にメイドたちが即座に反応して、テーブルの上に晩餐を並べていき、僕たちの銀のゴブレットにもワインを注いで回る。
3人のメイドは皆、小胸で小尻のスレンダー美女でした。
やっぱり巨乳やムッチリした体系は、邪道の世界なんですよ。
「今宵は狩りたてのコカトリス尽くしよ。遠慮なくご賞味なさってね」
コカトリスってたしか、鶏と蛇と竜のキメラだったかな。
商人のオジサンが感嘆の声をあげて喜んでるから、かなり高級な食材っぽい。
隣ではエマさんが幸せそうにガツガツと食い散らかしてますよ。
僕も有り難くご相伴に預かりました。
鶏の部分のモモ肉、蛇の部分のシッポ肉、竜の部分の手羽先肉、鶏ガラで出汁を取りコカトリスの卵を入れたスープ。どれも凄く美味しかったです。
この晩餐会での話題はもっぱら時事ネタで、商談や僕の話は一切出てこない。
だから、ずっと食事を楽しみながら聞き役に徹していました。
彼女たちの話を聞いてて驚いたのですが、セシーリアさんの夫である男爵のカールは生きてるんだそうです。今は復興中の領地を奔走していて不在だとか。
それならどうして、モルザーク男爵家の当主がセシーリアさんなのかというと、この国は女系継承だから家を継ぐのは女性なんだそうですよ。
つまり、男爵家の当主はセシーリア、男爵は婿のカールなんですね。
例えるなら、会社のオーナーがセシーリア、雇われ社長がカールなんです。
要するにセシーリアさんが真の権力者でした。
そして、セーラさんも戦死した夫の代わりじゃなくて、最初から自分が領主だったようです。ただ、騎士領は一代限りで世襲制はないとか。
だからセーラさんは努力して自分も騎士となり、その実力で先代の母親から領地を引き継ぐことを寄親の男爵家に認めさせたそうですよ。
それから、ここモルザーク市は中心にドゥナビス河が流れていて東西に二分されてます。東側は戦中に占領されるほどの激戦区だったとか。
その東側を奪還する戦いで、セーラさんの夫とセシーリアさんの息子が命を落としたそうです。この場にいるエルマンは次男てことになりますね。
その他で記憶しておくべきことは、戦争以後、モルザーク周辺でも小麦などの農作物が不作になる土地が目立つと話されてました。
ベルちゃんたちが言ってた、エルフの祝福が無くなったという説は正しかったようです。セシーリアさんたちも真剣な顔でその話をしてましたから。
「そろそろ私たちは別室に行きましょうか」
女当主の言葉にまた使用人たちが即座に動き出し、僕とセーラさんと商人のマルテは執務室へ案内された。これから商談になるようです。
歴史と価値のありそうな調度品が揃った室内を見て、これなら相応の値段で買ってくれそうだと安心しました。戦後復興の真っ最中だから、セーラさんみたいにお金がないんじゃないかと心配したけど、大丈夫そうです。たぶん。
「早速、手紙で知らせてきた珍しい逸品を見せてもらえるかしら」
ソファーに座る僕たちにメイドが紅茶を給仕するのが終わると、セシーリアさんが待ちきれないという様子で催促してきた。
僕はまず、透き通ったクリアな赤、青、黄、緑、紫、水色のビー玉を一つずつ、リーフ模様がある透明なビー玉を色違いで6つテーブルに出しました。
高級感を出すため、セーラさんの家にあった小さな宝箱に入れてあります。
「こ、これは素晴らしいですなぁ!」
セシーリアさんよりも先にマルテが率直な感想を漏らしました。
正直な人で好感が持てるけど、商人としてはどうだろうと思っていたら、ポケットから鑑定用のルーペを取り出し、手袋をはめてからビー玉に触れてじっくりとひとつずつ吟味し始めました。やはりプロの商人でしたね。
「マルテ、鑑定のほうはどうなの?」
一人悦に入って興奮しきりのマルテに痺れを切らしたセシーリアさんが、呆れ声でたしなめるように問いかけた。
「……ハッ、申し訳ありません! どれも全て傷一つなく、異物も混入していない一級品であります。真に眼福の極みでありました。はい」
「そうね。私もこのような精巧で美しいガラス玉は初めて見たわ」
明らかに僕を見て称賛していたので感謝の返礼をしておきます。
「お褒めに預かり光栄でございます。セシーリア様」
「セシルで結構よ。それよりも、まだ他にあるのでしょう?」
そう言いながら、セシルさんはセーラさんにチラッと視線を向けた。
「私も晩餐会の時からずっと気になっておりました。セシル様が口になさらないので我慢しておりましたが、もぅ限界です。これ以上は耐えられません! 是非、そのアクセサリーを拝見させて下さい!」
マルテはチラ見どころか、身を乗り出すようにしてセーラさんを食い入るように見つめた。正確には、首のネックレスと左腕のブレスレットを。
そう、僕がプレゼントしたトンボ玉のアクセサリーを、セーラさんは身につけて乗り込んできていた。淡い紫の膝丈ドレスというシンプルな装いも、このアクセサリーを目立たさせて主役にするためです。
ちなみに、僕が進言してそうさせたんですよ。うん、大成功でした。
「当家の家宝ですから大切に扱って下さい」
セーラさんは、ドヤ顔で外したネックレスとブレスレットを差し出した。
うやうやしく両手で受け取ったマルテは、息を吹きかけないよう鼻息を荒くしながら、興奮の面持ちでルーペ片手に鑑定を始める。
「なんたる技巧! なんたる創造美! なんたる希少価値ぃぃいいい!」
ルーペを持つ手を震わせながら、突然マルテが絶叫しました。
現代工芸品チートのあまりの衝撃に、感極まったようです。
「マルテ、落ち着きなさい。それで、エロオさん、そのアクセサリーに使われている素敵なガラスビーズも、当家に売って戴けるのかしら?」
「もちろん、ご用意して参りました」
直径4ミリ、6ミリ、8ミリのガラス玉の中心に穴が貫通したトンボ玉。
それらを4種類6つずつ持ってきたので、計72個。
種類ごとに分けて4つの宝箱に入れてあります。
玩具のビー玉と違って、トンボ玉は純粋に美術品と言えます。
ですから、カットや装飾が繊細かつ非常に綺麗で美しい。
さらに、12ミリの夜光性タイプを3つと18ミリの大粒で彩色が凝っている主役タイプを2つ。これらを今日の目玉商品として披露しました。
当然ですが、マルテさんの鑑定はどれもK点超えの大絶賛でした。
セシルさんは既に、どんな組み合わせでどんな装飾品を作ろうかしら、と嬉しそうな顔で思案されているご様子。
ここまでは、すべて順調ですね。
あとは、価格交渉がまとまれば商談成立です。
ただ、その点は僕にはどうしようもできません。
この異世界の金銭価値がまだサッパリ分かりませんから。
という訳で、価格交渉はセーラさんに丸投げになります。
でも、取引相手の心証を良くして交渉を有利に運ぶお手伝いはできますよ。
「セシル様、これはお近づきの印です。なにとぞご笑納くだされば幸いです」
指輪ケースのような小さな宝箱に収められた、30ミリの超大粒ビー玉を両手で捧げるように差し出しました。
「まぁっ! なんて大きなガラス玉なのかしら……!」
おやおや、細工や美麗さを誇るトンボ玉より、大きなビー玉のほうが喰い付きが良いですね。この貴婦人、見た目は妖艶で魔性の女タイプなんだけど、性格はストレートでサバサバした感じなので、好みもベルちゃんに似てるのかも。
「エロオ殿! これは一つしかないのですか!? ぜひ私にこの大玉も扱わせて下さい。どうかお願いします!」
「そこまで言われるのでしたら、何とか仕入れてきましょう。ただ、僕はクルーレに店を構える予定です。店まで買い付けに来てくれるならお売りします」
「有り難うございます! ご一報を頂ければ真っ先にお伺いしますぞ!」
その後は、僕を除いての価格交渉へと移りました。
セーラさんのホクホク顔から察するに、かなり高額で売れたようです。
金貨と銀貨で代金を受け取り、固く再会の約束をしてから、僕たちは男爵家の屋敷を後にしました。
大金を持っているのでセシルさんが護衛を付けてくれたこともあり、夜道でもトラブルに見舞われることもなく宿までたどり着けました。
翌日、宿で朝食をとってからチェックアウトしてクルーレ村への帰路につき、街道を今度は西へと進みます。野盗が出るとしたらこの道だと言われていたので緊張しましたが、拍子抜けするほど平穏な道のりでしたね。
貧乏くさいオンボロ幌馬車が、逆に野盗除けになってるのかもしれません。
街道を1時間ほど進んだところで、右に曲がって森の道を北上して行きます。
そして、往路でフラグ破壊のビックリマークが出現した辺りに差し掛かった時でした。先頭を行くセーラさんが不審な何かを発見したのは。
それは、壊れた馬車の一部でした。
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