第2話 ママには内緒で

「………うそっ……本当に来たぁぁぁぁぁ………!!」 


 若い女の声に鼓膜を刺激され意識が戻った。

 足元のランプの薄明り、とても暗い部屋、屋根には穴が開いてて星空がのぞいてる。そして、部屋の奥にあまり大きくない人影が………恐らく4人。


 ────ここが異世界ってことですよね?


 どうやら、スキル『フラグ破壊』はちゃんと機能したみたいだ。

 どう見てもこの場所は王宮じゃないし、王様も騎士もいないっぽい。

 だけど、ここかなり寒いなぁ。真冬の国に来ちゃったのかも……

 

「やったわ。成功したのよ!」

「……スゲーな。マジかよこれ」

「お、おいっ、気を付けろお前ら!悪い奴かもしれねーぞ!」


 心外な評価だけど、とにかく彼らが話してる言葉が分かる。理解できる。 

 あとは僕の日本語が彼らに理解できるかだな。試してみよう。


「僕を召喚したのは、あなた達ですか?」


「しゃべった!」

「大陸標準語ができるのね」

「やった、これで話が通じるよ」


 良かった。僕の日本語が勝手に翻訳されてるみたいだ。

 どんな異世界マジックか知らないけど有難く享受しよう。


「ボクが君を召喚したアナベルだよ。来てくれてありがとう!」


 部屋の奥の薄闇から一人だけ進み出てきた女性にお礼を言われたけど、足元の床に置かれたランプに照らされた姿に衝撃を受けて返す言葉が出てこない。

 だって君………子供……だよね?


 身長が140センチぐらいしかない。

 どう見ても小学生の女の子だ。

 王様に召喚されるのは絶対に嫌だったけど、こんな子供に召喚されてもなぁ。

 一体どういう状況なのこれ?


「ねぇ、ボクの言ってること分かる?」


「あ…うん、分かるよ」

「よかった。それで、キミは誰なの?どこから来たの?」

「僕は、天篠兵露於あましの へいろお。地球の日本という国から来た」

「アマジーノエロオって変な名前だね」

「断じてエロオじゃない。ヘイロオだよ」

「あ、エイロオか、ごめんごめん」

 ありゃ、これはたぶん「へ」と発音できないのかな。

 異世界だからそういうこともあるんでしょ。気にしても仕方ない。


「どうやら悪い奴じゃなさそうだな」

「チキューもニホンも聞いたことがないから本当に異世界から来たんだわ」

「これは期待できそうだ」

 

 アナベルの後方にいた3つの人影が近づいて来る。

 そんな予感がしたけど、彼らもみんな子供だった。

 漠然とした不安が一気に大きくなる。


「それで、君達はどうして僕を召喚したのかな?」


「え、何でって……ちょっとやってみただけだよ!」


「は?」


「この空き家の床下で魔導書を見つけたんだ。読んでみたら召喚術が書いてあったんだよ。そんなのもぉ試してみるしかないじゃないか!」


「えぇぇぇぇぇぇえええ」


「俺らも手伝ったんだぜ。野兎を捕まえてその魔方陣をみんなで描いたんだ」

「凄く大変だったわ」

「血で描くのは苦労したよな」


 血?

 この足元に描かれてる赤い紋様ってウサギの血なのか……

 うわっ、部屋の片隅に首チョンパされたウサギの死骸があった。

 小学生でこんな処刑ができるなんて、異世界は恐ろしいところだよ。


「でもお兄さん、異世界から来たんだから凄い人なんでしょ?」


「いや、そんな事ないよ。僕は全然フツーの人間だから」


「嘘だろ。異世界から来るのは勇者とかチョー強い戦士とか、とんでもねー賢者だって俺は聞いてるぞー」

「そうだよ。絶対そうに決まってる」

「分かったわ。私たちのことがまだ信用できなくて正体を隠してるのね」


「期待に応えられなくて悪いけど、僕は本当にフツーの町人Aなんだ。勇者でも戦士でも賢者でもない」


「マジかぁ。あんだけ苦労したのに意味ねーじゃねーかよ」 

「ガッカリだっ」

「仕方ないわ。こんなこともあるわよ。元気出してベルちゃん」

「うん……」


 何だろう。この僕が悪いことしたみたいな重い空気は。

 勝手に呼んどいて勝手に失望されても、知らんがなとしか言えませんよ。


「ヤベー、もうこんな時間だ。抜け出して来たのがバレちまう。帰るぞミュウ」

「あぁ、時間切れだわ。じゃあねベルちゃん、また明日」


 自分のランプに火を付けた年長者らしい少年とミュウと呼ばれた少女は、木製のドアを開けて外へ出て行った。もう一人の少年もランプを手に続いて行く。

 こうして、僕とアナベルだけが石造りの空き家に残された。



「えーっと……ボクも帰っていいかな?」


 アナベルが、この遊びにはもう飽きちゃったという感じの顔で訊いてきた。

 何なのそれ。いくら子供だからって、無責任にも程があるでしょーよ。


「帰りたいのは僕の方だよ。用が無いなら元の世界に送り返してくれないか」


「ごめん。やり方が分かんない」


 ですよねー。

 ガチの召喚士じゃなくて、魔導書をちょっと読んでみただけの子供だもの。

 

「じゃあ、とりあえず君の家に泊めてくれないかな?」

「ムリ。ママに怒られちゃう」

「あぁ、ママには内緒で召喚しちゃったんだね」

「今、村が大変だから村長のママも忙しくて相談できなかったんだ」

「だけど、ここに置いて行かれても困るよ。寒すぎて寝たら凍死しそうだし、崩れてる壁や屋根から獣が入ってきたら殺されちゃうよ」


 そう言ってるそばから、壁の穴を通り抜けて何か入ってきた!


「へーきへーき。この辺にいるのは野獣だけだから人間は襲わないよ」


 ────タタタタタタタッ


「え、でも、こいつ向かって来てるんだけど?」

「大丈夫だってば。ただの野ネズミだから何もしないよ」


 ────ガリガリッ


「ぃぎゃぁぁああああああああ!! 噛んだっ、こいつ噛んだよ!」

「えーっ、何でお兄さん噛まれちゃってるの!?」

「こっちが聞きたいよ! とにかく何とかしてー」


 アナベルが近づいて触れると野ネズミは直ぐに逃げ出して行った。


「もしかしてお兄さん、魔力が切れかかってるんじゃないの?」


「魔力? そんなもん僕には最初から無いよ」

「えーっ、異世界人って魔力を持ってないの!?」

「少なくとも僕の世界の住人は誰も持ってないね」

「ビックリ、そんな世界があるんだぁ。野獣はね、魔力を持ってる生き物は襲わないんだよ。だけど、お兄さん魔力ないのかぁ……うーん、どうしよう…」


「ひとまず朝まで一緒にいてよ。僕一人だと野獣のエサだよ」


「大人のくせにだらしないなぁ。明日の朝にまた来るからそれまで何とか頑張ってよ。お腹がすいたらそこの血を抜いたウサギ食べていいから」


 そんな無茶な。

 さすがにちょっと腹が立ってきたぞ。何なんだよこの状況は。

 これじゃあ、勝手に召喚されたのに役立たず認定されて元の世界に戻してもらえず追放・放置されるという、異世界もののお約束そのものじゃないかっ。

 何のための、スキル『フラフ破壊』だったんだよ!

 そう心の中で叫んだ時、見覚えのあるアレが出現した。


 ────ビッコーーーーーン


「ブレイクチャンス!」


 アナベルの頭上の赤いビックリマークを見て思わず叫んでしまった。

 

「急にどうしたのお兄さん?」


 んん、どうやらアナベルにはビックリマークが見えないみたいだ。

 心配そうにしてる少女はとりあえずスルーして、僕はこの理不尽なお約束をぶち壊すことにした。


「プロミスブレイカー」

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