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 どうにも残暑がだらだらと続いてやりきれない。

 俺はいつも通り、いつもの席でココア、そして今日はトーストを食っていた。

 マスターの奥さんらしい小綺麗な婦人が焼いてくれるのだが、毎度目玉焼きの固さを確認してくれる。実にいけてる。そいつを食べ終わるところだった。

 突然女の声が

「ここ、座っていい?」

 と飛んできた。

 顔を上げる。女が俺の向かいの席を指さしている。

 オフホワイトのカットソーを着たロングヘアで、ざっと記憶をたどったが知り合いじゃない。美人かといえばまあ整ったほうだが、ちょっと人混みを歩けば100人ぐらいはすれ違いそうだ。通販サイトでカジュアルを来て微笑してる女だ。

 というかやはり記憶にない。

 文庫本を置いて店内を見渡すと、席はいくらでも空いている。断ろうかと思ったがプライドのややこしいタイプだったら気の毒なので、

「はあ、まあ。あいてますね」

 と俺は答えた。そりゃあ、いくらか悪い気がしないでもない。

 女はものものしそうに座る。マスターがそよ風のようにやってきてオーダーをとり、女はアメリカンを頼んだ。

「タバコ吸ってもいい?」

 と女は言った。

「どうぞ。俺もたまに吸いますし」

 彼女はためらいがちにかすかに微笑んで、線香ぐらいバカ細い煙草に火を付けた。

 指先が震えている。不吉だ。

「ごめん、変だよね。その、タメ口でいいから。全然いいから」

「ヘンって、何がですか」

 俺は一応とぼけた。

「急に相席してきてさ。その、変だよね、全然テキトーにしてくれて大丈夫だから」

「ああ、うん。わかった。ラクにするよ」

「ありがとう」

 彼女はお線香煙草を深く吸い込んで、ゆっくりと吐いた。

「孤独ってどう思う?」

 意味が分からなかった。たっぷり考えて、正直に答える。

「いきなりえらく壮大だね。ひとりだとかさみしいだとか、誰でも感じてるんじゃないかな」

「あなたは一般論が好きなのね」

 と彼女は言った。俺は肩をすくめた。

「たまに言われる。そして君は、天気の話題が嫌いなんだろうな」

 彼女も肩をすくめてみせた。あまり似合ってない。

「まあいいけど。それでね、わたし今日、映画をみてきたんだけど」

「どんな?」

「ランプの魔神が願いごとを叶える話よ」

 俺は頷く。でもそんなCMしてたっけかな。

「そうか。ひどくありがちだ」

「 でも『大絶賛、感動の嵐』って触れ込みだったから」

「ありがちな触れ込みだ」

 彼女は初めて、声を出して笑った。

「だからネットでチケット買って、今その映画をみてきたんだけど。そのまえに美容室に寄ったけど」

 俺はココアをすすった。うま苦い。

「なかなかいい休日だと思うよ」

「そうでしょ?」

 煙草の煙と一緒に、しばしの沈黙が僕らの間に漂った。

 破ったのは彼女だった。余命を宣告するような口調だった。されたことねえけど。

「願いは、みんな叶いました」

「何だそれ」

「だから、願いは叶って、不幸な主人公は幸福になるの。途中ダメそうだったり、多少スリルはあったけど、結局めでたしめでたしでおしまい。悪いけど全然感動しなかった。何よりわたしを打ちのめしたのは、皆がこれを観て感動したんだ、という事実よね。孤独で孤独で死にたくなったわ」

 彼女はまた、沈黙の煙を宙に吐き出した。

 この煙には血の匂いがする。

 俺は伝票を掴んで立ち上がった。

「どこいくの」

「映画館にいってくるんだよ」

「は? 今から?」

「そう。君の仲間になれるかもしれないし、まあ感動しちゃって、ならないかもしれないが、同じ映画を見た者同士ならいくらか孤独でもないだろ」

「いい休日ね」

「美容院には寄らないけどな」

「映画、90分くらいだったよ、だから」

 その先を言うな。

「待ってるかも」

 俺は笑顔を作り、手をひらひら振って、店を出た。

 そして駅の改札をくぐり、真っすぐアパートへ帰った。

 冷蔵庫にもらい物の缶チューハイが残ってたので、一息に飲んだ。

 苦い。

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