無職、騙される

「……腹、減ったなぁ」


 この世界に来てから、もう二日も経った。

 仕事なんて、すぐに見つかるもんだと思っていたが、どうやら思っていたよりも中世 (風の)の世界と言うのは横の繋がりが重要なようだ。

 とにかくそこら中の店に働かせてくれと頭を下げてみたが、俺のことをよく知らないからと言う理由で全敗。

 よくある冒険者ギルドなんて物も探してみたが、都合よくいかず……俺は橋の下で夜を過ごす日々を送っていた。

 ……それにしても腹減った。冗談抜きで、それだけは辛い。

 神様から授かったチートを屈指して、食べられる食べられない関係なく野草を貪り、泥水の方がマシだと言わんばかりの汚い川(と言うより元の世界でいう生活排水の方が近いんじゃないか?)を啜り、腹を満たしていたが。

 病気にならないのは置いておいて、食べられない野草を無理矢理、食べるのは精神的にかなりキツい。

 何しろ、味が酷いのだ。そして、それを流し込むために飲んだ水がこれまた不味いんだ。

 俺にどうしろってんだド畜生。


「あら? こんなところでどうしたの?」

「……人生の意味について考えてます」


 就職活動に失敗し、雨宿りついでに店の屋根の下で黄昏ていた俺に話しかけてきたのは、この店の女主人だった。

 この人との関係を一言でいうと、先程の就職活動でいつも通り、よく知らないからと言う理由で断られ、更に文字の読み書きや計算ができることをアピールしても、そもそも文字の読み書きできる奴が街には数える程しかいないから俺がメニュー書いても意味ない(計算も同じ)と理由まで付け足して不採用の理由を教えてくれた人だ。

 ある意味、これからの就職活動のことを考えると、俺がダメな理由を教えてくれた恩人……なのかなぁ?

 他の人達は教えてくれなかったし……。


「若い子が、そんなこと考えるもんじゃないわよー。まだまだ人生は長いんだからさ」

「だったら雇ってくださいよ。俺、腹が減って仕方がないんす。金稼いで、腹一杯飯食いたいんです……」

「それは無理。都会なら兎も角、こんな田舎町でよく知らない子を雇う人はいないわ」

「ですよねー。……はぁ、こうなりゃ都会に出ようかなぁ。でもなぁ、金がなぁ」

「……仕方ないわねぇ、雇うことはできないけど」


 かたりっ、とおばさんは床に何か、置いた。

 ……これはサンドイッチ?


「おばさんからの餞別。これ食べて仕事探し、頑張りなさい」

「あ……ありがとうございます!」


 くぅ……! これは美味い! 美味すぎる!

 丸二日、まともな飯を食ってなかったからなのか、このサンドイッチは殺人的な美味さだった。

 この固いパンも、獣臭い干し肉も、微妙に痛んでいるレタスも、まるで高級料理店の食材のようだとも俺は感じられる。

 なんだか、変な味もするが、恐らく食材が原因なので気にしないで、俺は気にせずに食べ続け──バタリッ


「ぐがっ……すぅすぅ……」

「漸く、眠ってくれたかい。さてと、連中が来るが時間は──」


 ● ● ●


「もう二度とサンドイッチなんて食わねぇ……!」

「急に何言い出してんだ?お前」


 俺は今、先輩のジャームスさんと一緒に見張りを行っていた。

 基本的に俺達、平船員の主な仕事は荒事があった時の対処や港に降りた時の荷物の荷卸し、そして平時の仕事として交代での見張り等だ。

 その為、俺は大体二日に一回はこうして見張りを行っている訳なんだが……。


「……暇っすねぇ」

「まっ、仕方がねぇさ。この辺はまだフリュームの領海だからな。イルキスの商船も海賊船も、もう少ししたら姿を現すさ。ベイルの軍艦とかなら、たまに見つかるかもしれんが……」

「ベイルって何処っすか? イルキスが敵国なのは知ってますが……」

「どっちも敵国なのは変わりねぇさ。ただベイルの方が俺達よりもでっかく強いだけで」

「んなもんに見つかったら絶望的じゃないすか。絶対、死にますよ、俺達」

「全く、その通りだ。だから来ないように俺達は祈るだけさ……っと」

「おっ」


 1、2、3……っと! んー、漸く終わったか。

 この馬鹿デカイ砂時計の砂が全部、落ちきるのをどれだけ待ったことか。

 これで俺達は一日半は自由の身だ……つっても、やることなんざ飯食って寝ることしかねぇんだけどなぁ。

 本とか持ってきてないし……てか、買う金もねぇし。

 ゲームとか携帯とかの類いは、そもそもこの世界、その手の機械はまだ生まれてないから用意できないし……。


「おい、小坊主! お前は次の見張りのジェームスとブルソを呼んでこい! 俺はそれまで見張りをしといてやる」

「うす!」


 ……それにしても、名前似てるよなぁ。

 よく勘違いするから、名字を教えて……あぁ、この世界って名字なんて無いんだっけ?

 一応、貴族とかならあるらしいが……平民とかだと、名字代わりに生まれ故郷の名前つけるくらいしかしないとか。


 ● ● ●


「あっ! ジェームスさん、こんなところにいたんですか! もう交代の時間ですよ、ブルソさんはもう見張りに行ってますから早く起きてください!」

「んぁ?」


 船内を探し回って、何処にもいないと思われていたジェームスさんがいた場所は何と、酒樽と酒樽の間に寝ていた。

 勝手に酒や水を飲むことは船内のルールに違反しているが、酒樽の間に寝てはいけないと言うルールはない。

 このアル中は少しでもアルコールを求める為に、香りだけでもとこんなところで寝ているのだろう。


「ふわぁ、もう見張りの時間かよ。全く、人が気持ちよく寝てたってのに、いい加減にしてほしいぜ……」

「こんなところで寝られるあんたは素直に凄いと思いますが、今はそれより見張りです。ブルソさん一人じゃ限界があるので早く行ってください」

「わあってるよ……っと」


 ジェームスさんは器用に立ち上がると、そのまま甲板に向かう。

 俺も寝る場所へ向かう為、ジェームスさんの隣を歩く。


「全くよ、忙しいったらありゃしねぇぜ。なんで俺が今更、平船員なんてしにゃくちゃにゃらんのだ」

「ジェームスさんも薬盛られた感じっす?俺もなんすよ」

「おっ、ここにも被害者が一人いたか。全くよ、あぁいうのは勘弁してほしいわ。海軍の人拐いよりはマシなんだが……」

「どんだけっすか、海軍。てか、忙しい忙しいって言っても、俺達平船員ですし、まだ楽じゃないですか。捕虜も奴隷もいないから見張りしてるだけでいいですし」

「高級船員様達は毎日忙しそうで何よイテッ!?」

「んぎっ!?」

「……喋ってる暇があるなら働け」


 殴られると同時に喋りかけられる。

 振り向くと、そこには俺の半分くらいの身長に、短い黒髪で褐色肌の女の子。頭には小さな犬の耳を着けており、無気力な目で俺達を見つめている。


「いっつぅ……ジズさん! 何するんすか!?」

「働かざる者食うべからず。私の国の諺」

「俺は終わったんすよ! 今日の仕事! だからフライパンで叩かんといてください、マジで!」

「因みに俺は働いてないけど、飯くれない?」

「霜でも食ってろ……あんたは飯食ってもよし、着いてきて」

「うーっす」


 残念そうな素振りを見せるジェームスさんを横目に俺はジズさんの後をついていく。

 尻尾の揺れ方を見る限り、どうやら今日はいつもよりはまともな飯みたいだな。

 これは楽しみだ。

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