奴隷船の船員になりましたが俺は元気です

犬八

平船員、成り上がりを目指す

「唐突だが、貴様は死んだぞ」

「……は?」


 そう俺に話しかけてきたのは見上げるほど大きいまるで山のような男。

 一体なんだ、と周りを見てみると、そこは何もない空間……色すらもない完全なる無色の空間だった。

 黒だとか、白だとか、俺が認識できる色は一切ない完全なる無色。

 無色ばかりの世界で……無色無色言い過ぎて悲しくなってきた。まだ二十代前半だが職歴職無しの俺に無色という言葉は辛い。

 ……唯一、色があるのは俺と目の前の男だけ。


「あー、その? これってもしかして、ネット小説でよく見る展開ですか? 間違えて殺してしまってー……とか」

「あ?完璧なる唯一の神である私が間違えるはずないだろ、この無職が。生涯童貞の呪いを掛けた上で蝉の雄に転生させてやろうか?」

「ぐっ……!? 無職で童貞なのは事実だけど言わんといてください! あれですか!? 俺には子孫を残す価値も無いってことですか!?」

「馬鹿野郎、人間誰でも子孫を残す価値はあるだろ。産めよ増やせよ地に満ちよって言葉を知らんのか?」

「じゃあなんで、童貞の蝉に転生しろなんて言うたんですか!?」

「私をイラッとさせたから」

「酷いっ、横暴だぁぁぁ!?」


 ……はぁはぁはぁ、突っ込んでたら切りがねぇ。

 とにかく今は状況を把握しなくては。


「えと、神様? それでなんで私はここに?」

「それはアレだよ。お前さ、自殺したろ?」


 ……あぁ思い出した。

 そういえば俺、あまりにも人生に絶望して自殺をしたんだったな。

 中卒職歴なしの無職の俺が生きている意味もないと思い、ビルから飛び降りた……はずだ。

 日曜の真っ昼間、しかも人がいっぱいいる中で自殺したんだ。下手すりゃ、他の人も犠牲になったんじゃ無かろうか。

 だとしたら、うん……悪いことしたなぁ。


「漸く、思い出したみたいだな」

「はい……その、もしかして、俺って地獄に送られたりするんですか? ほら、沢山の人にトラウマなり、下手すりゃ巻き込んだりしたわけですし」

「知るか、他の連中がどうなろうと私の知っちゃこっちゃねぇさ。そら、幼女の消えないトラウマになったりしたが、ぶっちゃけそれだけだからな」


 それだけって……また随分と冷たい神様だな。


「そらそうさ。神様ってのは基本的にはシステムじゃないと駄目なんだよ。人間に入れ込んじゃ、世界のバランスが崩れるからな。こうしてテメェと会話してるのだって、神様として失格さ」

「心、読まんといてください。……で、なんで態々、俺なんかと話そうと思ったんすか?」

「決まってんだろ。暇だったからよ、お前のことを別世界に転生させて観察しようと思ってな」

「やっぱりそういう展開じゃないですか!?」


 やっぱり神様と会話してるってなると、こうなるんじゃないかと思ってたんだよな!

 ミスとかじゃ無いみたいだが、神様が態々、別の世界に転生させる何て言うんだから、きっとチートだって貰えるはず!


「やんねぇよ。そんなの与えたら、つまんねぇじゃんか」

「……えっ?」

「あぁ安心しろ、その世界での主要な言語を翻訳する能力と文字の読み書きできる能力だけは与えてやる。それと怪しまれんように服装も、それっぽいのにしてやるさ」


 そう、神様は俺に指を向けると同時に頭の中に情報の塊が流れ込んでくる感覚が俺を襲う。

 一瞬、目の前がくらっとして、ありもしない地面にぶっ倒れそうになるが、何とか持ちこたえる。

 服を見てみると、いつの間にかジャージから絹で織られたシャツ……確か、シュミーズと動物の皮で作られたっぽいズボンとブーツに着替えさせられている。


「うむ、それっぽい格好になったな。それと気分が変わったし、一つだけチートを授けてやろう」

「マジっすか!? 神様、ありがとうございます!」


 まさか、この神様がチートをくれるとは思わなかった。

 てっきり何も持たせられないで、異世界に送られるもんだと思ってたが……いったい、どんなチートなんだろうか?

 候補としては世界最強の剣の腕とか、最高の魔法の才能とか、無限の魔力とか、何か特別な技能だったりとか、色々とあるが……。

 ともあれ、どんなものだってチートってだけで体が震える。


「一生、病気にかからないと言うチートをな」

「ありがたいけど微妙に違う!? その、神様?俺が望むのは──」

「あー、聞こえねー。んじゃ、送るから目でも瞑ってろよー」


 ちょっと待って! まだ話は終わってない! ……って、あぁぁあああぁあああっ!!


 ● ● ●


 ……そんなことがあって現在。


「おらっ、新米! ぼけーっとしてねぇで、とっとと大砲運べ!」

「うーす」


 俺はとある船で平船員として働いていた。

 どうやらここは中世に近い世界のようで識字率もそこまで高くないと言うことが来たときに分かった。

 であれば俺が神様から授かった読み書きできる能力を活かした仕事につこうと思ったんだが……なんでこうなったかなぁ?


「せんぱーい、大砲運び終わりましたー。次はどうすれば……」

「運ぶだけじゃダメだろ! しっかりと縄で縛って動かないようにしねぇか! 轢き殺されても知らねぇぞ!」

「うっす! すんません!」


 ……轢き殺される。あぁ、嫌なことを思い出した。

 いつだっけかなー? 確か、異世界に来てからすぐに起こったことだっけか?

 気がついたら船に乗せられてて、何がなんだか分からなかった俺に話しかけてくれた女の子がいたんだ。

 その子はここが新大陸と呼ばれる大陸に奴隷を買うために運航する商船であると教えてくれた。

 俺が船に乗ったばかりの新米だと分かると、「仕方ないなぁ」と苦笑しながら船の仕事について教えてくれようとして、甲板に出たとき。

 ちょうど縄が切れて、あちらこちらに大暴れしている大砲に轢かれてミンチとなった。

 ……うっぷ、思い出しただけで吐き気が。


「大丈夫か? 小坊主?」

「……大丈夫っすよ、船長」


 作業中の俺に話しかけてきたのは、まだ若い青年と呼べる年齢の男。

 この人がこの船の副船長であり、俺の上司でもあるクリストフォロス・ソンオグツ。通称、クリストファー船長。

 明らかに無理してるだろう俺の姿を見て、船長は笑いながら俺の背中を強く三回叩いた。


「そうかいそうかい! なら安心したぜ。航海はまだまだ長いんだ、何せ船にお宝がいっぱいになるまで帰れねぇんだからな! 健康が一番、何よりも大事さ! さぁ仕事を頑張ろうぜ!」

「うーす」


 ……出航から早二週間、当たり前だが新大陸は未だに見えず、敵船やら海賊とは未だに会ってない。

 これからどうなるんだろうなぁ?

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