第57話

飲み始めてから一時間ほどたち、僕はまだ二杯しか飲んでいないのにもかかわらず、茹で蛸のように顔を赤らめていた。

5杯目のウーロンハイを飲み干したりほは、卓上に置かれたタブレットからカルピスを注文する。

「えっカルピス頼むの?珍しいね。お酒はもういいの?」

居酒屋でソフトドリンクを頼むりほを見るのは初めてで、僕は驚きながら聞いた。

りほは黙ってうなずく。

1分も経たないうちに店員さんがカルピスを運び、りほはそれを一口飲むとグラスをテーブルの上にどかっと置いた。


深呼吸をした後、りほは僕の顔色を伺うように目を見つめて言った。

「ねえゆうちゃん。今酔ってる?」

「ううん、全然酔ってないよ。一時間ぐらいでまだ二杯しか飲んでないし」

「ほんとに?」

「ほんとに」

「ほんとに酔ってない?ほんとのほんとに酔ってない?」

「だから酔ってないって。どうしたの?」

しつこいぐらいに確認してくるりほを、僕は不思議に思った。


「酔ってないならよかった。実はね、今日少し話があって」

「話?ナンパされたとかそういう系?」

僕は笑いながら戯けてそう言ったが、りほは真顔で、まっすぐに僕を見つめて首を横に振っている。

少し緊張しているような、不安がりほの瞳の裏に隠れているような気がして、僕も身構えてしまった。


「最後に確認だけど、ほんとに酔ってないよね?今日の記憶ないとかなしだよ?」

「酔ってないって言ってるじゃん。気になるから早く話してよ」

これから話される内容が全く予想できない僕は焦ったくなってしまい、つい語尾が強まる。

気を取り直すようにカルピスサワーを一口飲み、同じタイミングでりほもカルピスを飲んだ。

ゆっくりとりほはグラスをテーブルの上に置き、もう一度僕の目を見て、言った。

喉から声を絞り出すように、言った。


「あのね、別れようかなって、思ってるの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る