第54話

竹内は驚いたような表情を一瞬見せた後、確かめるような口調で僕に言った。

「お前、今なんて言った?」


普段の僕は、というか本来の僕はあからさまに人に敵意を見せたり、感情を表現したりすることは大の苦手だ。

しかし、この時だけは違った。

小言をぶつけてくる竹内への怒り、だけではなかったように思える。

仕事がうまくいかずにあっという間に辞めてしまったこと。

辞めた後も何か行動するわけでもなく、廃人のように暮らしていること。

周りは順調に社会人生活を送っているのに、自分はここで作業をしていること。

そして、ここでの単純作業さえままならないこと。

最近の自分を取り巻く様々なことが、感情が渦巻いて、爆発したのだ。


「いちいちうるせえなって言いました。本当にそう思ったので」


目を合わせて、はっきりと竹内に言った。


「は?お前何言ってんの?ちょっとこっちこいよ」


竹内は僕に近づき、腕の掴んで作業場の外に連れ出した。

竹内の腕を片手で振り解き、僕は言う。

「何言ってんの、じゃないですよ。こんな箱に物を詰めるだけの単純作業で威張られても困るって言っているんです。

若いならまだしも、いい歳こいてこんな蒸し暑いサウナみたいな作業場で作業して、日雇いで来た若者いびって恥ずかしくないんですか?

そんなことしないと自分の情けなさを認められないんですかね?

はっきり言って、人生終わってるよ。

俺はまだ20代だし、いくらでも可能性はあるけど、あなたはもう可能性なんてないでしょ。

死ぬまでこの蒸し風呂で作業して若者いびっていくしか楽しみしかない寂しい虚しい人生送るしかないんですよ」


ここ数ヶ月間の鬱憤を全て吐き出すように言うと、竹内はまた僕の腕を強く掴む。

「ちょっと来いお前!あんまり調子乗ってんじゃねえぞ!」

僕を力ずくで無理やり作業場の外に連れ出そうとすると、それまで茫然と立ち尽くしていた吉田さんと高校生が間に割って入り、僕は手を出される前に竹内から解放された。


吉田さんと高校生が不安な表情で僕らを見つめる中、竹内は顔を真っ赤にしながら自分の持ち場に戻り、吐き捨てるように

「…止めてくれる人がいてよかったな。お前なんていらねえから帰れ!」

と言った。


吉田さんは僕をフォローする言葉を必死に探しているのか、最初の頃の笑顔は消え去りあたふたしている。

最後に何か一言吐き捨ててやろうかと思ったが、それも馬鹿らしくなって、

僕は無言で作業場を出た。


誰も追いかけてはこない。

そのまま更衣室まで歩き、汗まみれになった作業服を力強く地面に叩きつける。

ロッカーから荷物を引っ張り、数時間前に通った道を引き返していくと、朝受付にいた老爺がいた。

「あれ、どうかされましたか?外出ですか?」

罪なきその老爺を僕は無視して、小走りで工場を後にした。


言いたいことは言った。

こんな気弱な自分が、あんなおっさんに向かって反論できた。

自分は悪くない、あいつがおかしい。

こんなくそみたいな場所で、2度と働いてたまるか!


どんな言葉を自分に投げかけても、どんな言葉を自分に言い聞かせても、

僕の心のもやもやは晴れないままだった。



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