第52話

結句、僕が久しぶりの労働に出向いたのはそれから3週間ほど経った後のことだった。

りほは最近アルバイトで忙しいらしく、僕が仕事を辞めてから会う回数はがくっと減り、必然的にお金を使う機会も減った。

手元のお金があまり減らないからこそ、ぐだぐだと何もせずに過ごしてしまっているのだが、それでも例のイベント会社から支給された1ヶ月分の給料だけが全財産である今の状況は流石に心細く、出費が少ない今のうちにお金を貯めていこうとようやく決意した。

大袈裟に労働と言っても、正社員でも無ければ近所のコンビニで働くわけでもなく、登録制の日雇いバイトだ。

知人に遭遇するリスクや自分に合わずすぐに辞めた時のことを考え、長期間働くことを前提としたアルバイトではなく、まずは日雇いで自らの体を少しずつ労働に慣らしていく作戦だった。


自宅から自転車を20分ほど漕ぐと、今日の職場となる小さな工場に到着した。

駐車場には従業員が通勤で使用しているである車数台と、業務の際に使うであろう軽トラックやフォークリフトも並んでいる。

BCSと書かれたその工場では主にデパートの地下一階で販売されるような菓子類やギフト類の梱包を行っているようだ。

高校生の時に数回日雇いバイトは経験したことがあるが、工場でのバイトは初めてのことだった。

事前に説明を受けた通り、まずは一階の受付に立ち寄って氏名と登録先の会社名を名乗る。

手元のリストに僕の名前が記載されていることを確認した受付の老爺は、無愛想に今日使うユニフォーム一式を僕に手渡してきた。

「じゃあまずはこれに着替えて、その後除菌ルームに寄って一度消毒するから。

もし作業着に大きい小さいあれば教えて。見た感じそのサイズで大丈夫だと思うけど、他のサイズもあるからね」


胸元に赤い糸でBCSと刺繍されたグレーの作業着を身に纏い、除菌ルームと呼ばれる部屋で全身を消毒し、作業場へと向かう。

世間話もせずに2人並んで歩き、ベルトコンベヤーが並ぶ作業場に到着すると、そこで受付の老爺は

「じゃあ、後はよろしく頼むね」と言い残し、作業場にいる推定50代の女性に僕の身を引き渡した。

「若いね〜。この工場はおじさんおばさんしかいないから嬉しいなあ。

 あっ、吉田って言います。よろしくお願いします」

ここのパートリーダーらしい吉田さんは明るい笑顔で僕に挨拶をし、今日の流れや作業の仕方を一通り説明してくれた。

説明を受けた僕は持ち場に移動し、そこで竹内というこれまた50代ぐらいの男とペアを組んで作業をすることになった。

吉田さんとは打って変わって、この竹内という男は僕の姿を横目で確認しても一切こちらの顔を見てこない。

それどころか、「栗原です。お願いします」と挨拶をしたにも関わらず、

聞こえなかったのか聞こえた上で無視をしているのか、何も返事をせずに作業の準備を始めたのだ。

作業を始める前から既に出鼻をくじかれたような気持ちになったが、所詮日雇いバイトだし、特に気にすることもないであろうと自分に言い聞かせ、家から持参したゴム手袋を両手にはめる。


作業開始を知らせるブザーのようなものが工場に鳴り響くと同時に、

ベルトコンベアーには果肉入りのゼリーが入った白い箱が流れ始めた。





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