第50話

申し込みフォームに必要事項を入力し、送信の2文字を迷わず押した。

前払い制のサービスで、今日中に入金すれば明日には退職の連絡を会社にできるようだ。

ベッドから起き上がり、机の上に置いてある財布を開くと中には3万円ほど入っていた。

料金は2万7000円だから、今手元にあるお金で足りる。

昨日の夜から来ている寝巻きを脱ぎ、外出しても通行人から好奇の目で見られない格好に着替えた。

頭痛と倦怠感をぐっと堪えて家を出て、近所の銀行で指定の講座に2万7000円を振り込んだ。

自分でも驚くほどにあっさりと、迷いも躊躇いもなく、2万7000円を吸い込ませることができた。

入金から1分も経たないうちに入金確認完了のメールが届き、明日の朝8時に会社に連絡をするとのこと。


家に帰って再び自分のベッドに体を投げる。

こんな簡単に仕事を辞められてしまうことに、こんな簡単に辞めてしまった自分に拍子抜けをした。

もう2度とあの職場に行かないということを考えると、とても不思議な気持ちになる。

つい数時間前までは現状と学生時代を比較して涙を流しそうになっていたというのに、その数時間後である今はもう仕事を辞めることが確定しているなんて何かの夢を見ているみたいだ。


会社から退職した本人には一切連絡をしないように言ってくれるようだが、ほとんどの場合はそう言っても連絡をしてくるらしい。

もちろん連絡には応じる必要がないため、予め連絡先は遮断しておくことをメールで勧められた。

先ほど退職代行を申し込んだ悪魔の兵器スマートフォンを開き、連絡先の一覧を眺める。

社長、中西さん、中島さん、荒木さん。

同期以外の全員をブロックし、電話は着信拒否に設定した。

このタイミングでグループラインを抜けると何かと面倒なので、退職の手続きが済んでから退会しよう。

もしも同期から連絡が来た時は、同期にだけは正直に全て伝えよう。

その前に、まずは親に伝えないとな。

まあ、毎日朝から晩まで働いて疲れ切っている俺を見ていたし、半分冗談だとは思うけどそんな会社早く辞めなよと言っていたから、怒られるようなことはないだろうな。

でも今日辞めたなんて言ったら、流石に驚くだろうな。

りほに言ったらなんて言うかな。

ゆうちゃんらしいねとか言って笑うかな。

うちのバイト先で一緒に働こうよとか言いそうだな。


わずか1ヶ月で社会からドロップアウトした事実を憂うでもなく、これからの生活に不安を感じるわけでもなく、ただただまっさらな気持ちで、まずは誰に連絡をしようかなんていう呑気なことを、ベッドの上でひたすら考えていた。

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