第47話
脇の下に挟んだ体温計がピピピっと音を立てた。
祈るような気持ちで体温計の画面を覗くと、そこには38.2という数字が表示されていた。
38.2℃。
れっきとした発熱である。
まじかよ…と誰もいない部屋で思わず声に出してしまう。
2週間の泊まりこみの勤務を終え、昨日ようやく帰宅した。
20時ごろに家に到着したのだが、帰宅した途端にこの2週間の疲労と倦怠感がどっと押し寄せ、一気に抜け殻のような状態になった。
最初はただの疲労だと思っていたのだが、時間が経過するにつれて体の倦怠感が増していき、就寝する前には頭の鈍い痛みも感じていたのだ。
そのまま気を失うように眠ったが、激しい悪寒に襲われて夜中に何度も目が覚め、どうにか朝まで眠って今に至る。
2週間分の疲労も勿論だが、肥え溜めに落ちたことでなにかしらの感染症に感染しているような気もする。気がするというか、絶対にそうだ。
僕が肥え溜めに落ちたことはあっという間に社内に拡散され、同情されたり、叱られたり、笑われたりした。
笑ってくれるだけまだ良かったが、自分の体調まで崩されてしまっては流石にどうしようもない。
昨夜よりも激しくなっている頭痛と倦怠感を強く感じながらも、這うようにしてベッドから出て、リビングの冷蔵庫を開ける。
その中にちょうど一つだけ入っていた栄養ゼリーを取り出し、むさぼるように一気飲みした。
2週間も働いたというのに、休日は今日しかない。
明日からまた7連勤が始まろうとしている。
つまり、この体調不良は意地でも今日中に治さなければいけないのだ。
入社から1ヶ月も満たない平社員がもう欠勤するなんていう暴挙に出たら、ただでさえない会社からの信頼は地の底まで落ちるだろう。
たったの2週間泊まりこみをしただけで体調を崩すなんて社会人失格だと、自分のいないオフィスで影口を叩かれる場面が容易に想像できてしまう。
それだけでなく、肥え溜めに落ちたから体調不良になったなんて他の社員に殺せられた時にはもう死んでしまいたくなる。
兎にも角にも、なんとかして今日中にこの熱を下げないといけない。
平熱までは戻らなくても、どうにか出勤できるまでには体調を回復させなければならない。
冷蔵庫に入っていたスポーツドリンクを数本腕に抱え、再び自分の部屋に戻って倒れるようにベッドに横臥する。
本当なら今日はりほと遊ぶ予定があったというのに、自分の体調不良のせいでキャンセルしてしまった。
毎朝一緒に学校に通い、学校が終わった後にどこかで遊んでカラオケオールなんてしていたあの日々が、もう遥か昔のように感じられる。
この会社にいる限り、カラオケオールは勿論、りほと遊ぶ時間すらままならないだろう。
あの楽しかった日々と、変わってしまった今の生活。
仕事もろくに出来ず、毎日叱責され、暴言を浴び、頑張れば頑張るほどに空回りしてしまう自分の現状をついあの頃と重ね合わせ、涙が出てきそうになってしまう。
しかし、今は感傷に浸っている暇などない。
冷蔵庫から密輸入したスポーツドリンクをぐびぐびと飲み、ぼんやりとした脳味噌で天井を見上げる。
1秒でも早く体調を回復させるために、僕はベッドの上で再び目を閉じた。
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