第45話

「いやー、それは流石に泣いちゃうね。

 でもさ、その先輩ももう少し優しく教えてくれたらいいのにね」

憐みの表情をしながらりほはそう言い、最近ハマっているらしいウーロンハイを豪快に飲む。

「まあ、俺が悪いからね。

 やっぱこの仕事向いてないのかなあ」


バブルサッカー事件が起きてから2日が経ち、今日は入社してから初めての休日だ。

何をしていてもあの事件を起こしてしまった後悔と反省が頭の中を駆け巡っていたが、りほに励まされて少しだけHPが回復した。


「向き不向きって誰にでもあるもんね。でもゆうちゃんなら大丈夫だよ。

最初はできなくて当たり前だし、段々と慣れてくるはずだよ」

そうかなあと言いながら僕は首をかしげるが、久しぶりに会えた喜びと不安定な精神状況のせいか、気を抜いたら涙が出そうになってしまっている。


「で、また明後日から連勤なんだっけ?泊まりこみ?」

「そうなんだよ。やっと休みだと思ったら、明後日から泊まりこみ。

 しかも2週間以上の泊まりこみだよ?もう嫌になるよ本当に。

 俺たちに労働基準法は適用されないのかね」

「2週間!?流石にやばいよそれは。

しんどくなったら途中で帰ってきてもいいんだよ。お迎え行くからね」

「ありがとう。とりあえず頑張ってみる」

久しぶりに会ったのにも関わらず、会話の大半が弱音と文句になってしまっていることに罪悪感を感じつつも、その後もひたすら仕事の愚痴をりほに吐き出し、

りほはそれを柔らかく受け止め、励ましてくれた。


居酒屋を退店し、いつものラブホテルに向かおうとするとりほが僕の袖を申し訳なさそうな顔で掴んだ。

「ごめん、今日ダメな日なんだ」

久しぶりにりほの甘い声と体温に触れられると期待していた僕はこの事態に少し落胆したが、それをりほに悟られまいと必死に表情を作り直した。

「おお、そっか。こっちこそ気遣えなくてごめん。帰ろっか」

「でも、次会えるまでしばらく期間空いちゃうだろうし、もう少し遊ぼうよ。

 ゆうちゃんがいいなら、カラオケ行きたい」

「ぜんっぜんいいよ。じゃあいつものとこ行こうか」

珍しく甘えてくるりほに内心で大きな歓喜の声を上げながら、りほと手を繋いでカラオケに行った。


どちらが先に歌うかをジャンケンで決め、お互い何曲かを歌い終わった後に2人で歌える曲を探して1フレーズにごとに交代して2人で歌う。

歌い終わった後の点数に一喜一憂して、こんなに点数低いのゆうちゃんのせいだよ!と可愛い顔で僕を指差す。

バイト終わりにりほと2人でカラオケに行っていたあの時を思い出して、懐かしくて、少し寂しくなる。

時の流れは人を良い方へと運んでくれるのかもしれないが、最近は時の流れを恨むことがやたらと多い。

10何曲か歌って疲れて2人で歌わずに話していると、あっという間に時間が経過してフロントから退室時間を知らせる電話がかかってくる。

りほがその電話に出て、分かりました〜と明るい声で言う。

そういえば、僕になんの許可も取らずに勝手に時間を延長していたこともあったな。


カラオケを出て2人で手を繋いで歩き、りほを家の前まで送った。

「カラオケ付き合ってくれてありがとう。2週間頑張ってね」

「いや、こちらこそありがとう。りほもバイト頑張るんだよ」

「うん、またね。また遊ぼ〜」

湿っぽい空気を打ち消すようにわざとワントーン声を上げてくれたりほの優しさに気付いて、また涙が出そうになってしまう。

「うん、また遊ぼ。またね」


ワイヤレスイヤホンを両耳にはめて、家までの道のりを歩く。

専門学生時代によく聴いていた音楽を流すと、まだそれほど時間が経っていないはずなのにノスタルジックな気持ちになる。

自作のノスタルジックメドレー3曲目で我慢の限界を迎え、歩きながら1人で号泣してしまった。

まだ社会に潜入してから1週間ほどしか経っていないというのに、僕の心は既に限界を迎えているようだった。




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