第44話
輪投げのブースでは列の整備を行った。
広がっている列をコンパクトにまとめるだけの簡単な作業だったが、心臓の鼓動が落ち着かない。
先ほどの母親の怒鳴り声が何度も脳内でリフレインしてしまう。
列の整備を5分ほど行うと、右耳に今度は社長からの指示が飛んできた。
「栗原、どこにいる?」
少し焦っているような社長の声色を聞いた瞬間、僕は全てを悟り、その時点で泣きそうになっていた。
「輪投げの、列整理をしています」
この後の展開はもう予想できているので、恐怖で思わず声が震える。
「そこいいから、一回バブルサッカーのとこ来て。一件クレーム入ってるぞ」
「はい、すぐに行きます」
このままこの町田の公園から脱出し、家に帰ってしまいたかったがそういうわけにもいかない。
ダッシュでバブルサッカーのブースに向かうと、社長と中西さんが険しい表情で立っていた。
「あっお疲れ様で…」
僕の声を遮るように、社長は僕に質問する。
「お前、この道具の使い方知らなかったの?」
「あっはい。分かると思っていたんですが…」
「分かると思ってたじゃないよ!なんで前もって道具の聞き方を聞かないんだよ!お客さん怪我しちゃうだろうがっ!!」
先ほどのヒステリック母親に負けず劣らずの勢いで社長は怒鳴った。
「中西、とりあえず俺は一回対応考えるために本部戻るから。」
とだけ言い、社長は足早にブースから去っていく。
中西さんと2人きりになり、何か励ましの言葉をかけてくれるのではないかと期待した僕がバカだった。
「お前さ、ほんとやばいよ。普通聞くだろ使い方ぐらい。
なんで聞かないの?ほんと信じられないんだけど」
捨て台詞ならぬ捨て舌打ちを豪快に放ち、中西さんも僕を残してブースから去った。
絶望に打ちひしがれていると、しばらくして右耳から社長の声が聞こえる。
「えー、全体連絡です。あのー、諸事情で一旦バブルサッカーのブースを閉鎖します。今からアナウンスを流します」
社長の怒りと焦りを表すようにブツっと音を立てて声が途切れ、場内に社長の声が響く。
「えー、ご来場の皆様にご連絡です。
メンテナンスの影響でバブルサッカーを一時閉鎖いたします。
今ご利用されている方は一度ブースから出ていただき、これからのご利用は一度ご遠慮いただきたいと思います。ご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございません」
近くで遊ぶ子供たちから、えーっという落胆した声が聞こえる。
同じ場所で動いていたアルバイトの方は、この事情を知っているのかどうか分からないが、淡々とブースの用具を片付け始めた。
僕は自分がしてしまったことの重大さを実感し、涙目になりながらただそこに立ちすくんでいた。
結局、最後までバブルサッカーのブースが復活することはなかった。
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