第43話

「あっじゃあまずここに腕を通してもらってもいいかな?」

見切り発車で始めたバブルサッカーの遊び方講座だが、腕を通すであろう場所は一か所しかなかった。

隣で笑顔の母親が見つめる中、子供は僕の指示通りに腕を通す。

ここまでは順調か。

と一度は思ったが、既にこの時点で僕は致命的なミスをしていた。

しかしそんなことを知る由もない僕は、そのまま誤った使用方法を説明してしまう。


「えーと、じゃあ次にこのベルトをしめて貰えるかな?」

ここも僕の指示通りに子供が自らベルトを掴もうとするが、思うように腕を動かせないようだ。


それもそのはずである。

腕を通すように思われたその場所は腕を通すのではなく、ベルトを閉めたあとに握るハンドルのような役割を持つ場所だったからだ。

本来握るためだけの用途であるその部分は拳一つ分ほどのスペースしか空いておらず、そこに無理やり子供の腕を突っ込んだような状態になってしまっているのである。

流石にこれは使用方法が間違っているということに気づいた僕は、急いで訂正した。

「あっごめんね。やっぱり一回さっき通したところから腕を出してもらっていいかな?」

雲行きが怪しくなってきたが、焦りと不安を感じ始めた自分を諭すような口調で子供に語りかける。

「分かりましたあ」

と子供は呑気な声で応えて自分の腕を出そうとしたが、無理やり腕を通したそこのスペースはとても狭く、自力では腕が出せそうにない。


これはまずい。

と察知した僕はとりあえず最初の状態に戻そうと、子供の腕を掴みそこから引っ張り出そうとするが、やはり腕は抜けない。

あまりにも必死で意識すらできていなかったが、隣にいる母親の表情が分かりやすく曇っていく。


焦るな。最初に通せたんだから、抜けないわけがない。


そう言い聞かせて何度も子供の腕を引っ張るが、なかなか抜けない。

すると、先ほどまでは曇った表情をしていただけの母親が、ついに激昂した。

「これ、絶対使い方間違えてません?うちの子痛がってるじゃないですか!」

周囲で遊んでいる子供にはギリギリ聞こえないぐらいの声量でピシャリと怒鳴ると、母親は僕を払いのけて子供の腕を引っ張った。

引っ張っては戻してを何回か繰り返した後、どうにか子供の腕は抜けた。

僕は子供の腕が抜けたことに安堵のため息をついた。

しかし、子供の腕は圧迫と摩擦で真っ赤になってしまい、それを見た母親はさらに鬼の形相と化し、

「なにやってくれてるんですか!

 スタッフなのに使い方も分からないんですか?もういいのでどいてください!」

と僕を激しく怒鳴ってブースから出ていってしまった。



ああ、終わった…。

絶望が一気に押し寄せてきたと同時に、右耳から指示が飛んでくる。


「栗原、栗原。ちょっと輪投げの方混んできたから一回応援頼んでもいいかな?」


思いがけぬ指示で一瞬唖然としてしまったが、このタイミングでこの持ち場を離れられるなんて、好都合にも程がある。

「はい、すぐに行きます!」

と言うと、アルバイトの方に一度持ち場を離れる旨を伝え、僕は逃げるようにして輪投げのブースへと向かった。

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