第40話
5日間で蓄積された疲労を、たった2日間の休みで解消できるのだろうか。
そんな風に学生の時は思っていたが、そもそも1週間の中で2日間休める会社だけが全てではないということを、僕は社会に出てから初めて知った。
今日は入社8日目。
今日まで1日も休むことなく働き、今日も仕事である。
つまり、入社してから初めての週であるにも関わらず、今日が8連勤目ということだ。
会社名がデカデカと書かれた黒いセレナに乗り、僕らは今日のイベント会場である町田のとある公園に向かう。
「なあ、今日って解散何時か分かる?」
隣に座る同期の小松が何故か小声で聞いてきた。
移動中の車内で会話をするぐらいには、この1週間で同期との仲を深めたということだ。
「分からん。一応予定だと21時半になっていたけど、どうせ今日も伸びるだろ」
「うっわ最悪じゃん。この会社の予定なんてあってないようなもんだもんね」
「本当だよな。まあ明日やっと休みだから今日は頑張れそうだけど」
あたしは今日も頑張れそうにないわ、と小松が吐き捨てるように言うと、斜め後ろに座っている岩松がため息の混じったような声で笑う。
とんでもない会社に入ってきてしまったという共通意識があるからこそ、同期と打ち解けるのは思っていたよりも簡単だった。
先輩社員である中島さんが運転する車に20分ほど揺られ、今日の会場に到着した。
「降りたらまず新入社員は後ろに積んである荷物をおろしといて欲しい。
その間に私と中西さんで会場の人に挨拶してくるから」
8連勤目であることを感じさせない威勢のいい声で、僕らは中島さんに返事をする。
疲れている素振りを見せた時に心配されるのではなく、どうしてこれだけで疲れるんだと怒られるのが社会人なのである。
疲れている時こそ、辛い時こそ元気よく接するのが基本だ。
同期の河地が中島さんから鍵を受け取り、トランクを開けて荷物を下ろし始めた。
身長が180センチ近くあり、甲子園の出場経験もあるこの男は既に社内での評価が高く、入社からたったの1週間で同期のリーダー的存在へと登り詰めていた。
河地がトランクから下ろした荷物を、河地以外の同期で指定の場所へと運んでいく。
「あちい〜。まだ4月なのに暑すぎるよお」
「磯和また独り言言ってるよ」
磯和と森山の掛け合いもこの1週間でもう見慣れている。
「そういえば、栗原運営マニュアル読んできた?」
今日のイベントで使うパイプテントの部品を持ちながら、小松が聞いてきた。
「ああー、昨日一通り読んだよ一応」
運営マニュアルとは読んで字の如く、イベントの運営についてあれこれと書かれた書類である。
会場のレイアウトや当日の流れ、運営の方法等が細かく記載されており、新入社員は特に熟読しておくように言われていた。
「しっかり読み込んだの?社長とかからめちゃくちゃ心配されてたじゃん。
栗原は絶対そのうち何かやらかすって」
入社1週間で社長からそんな風に言われるのはかなり癪だったが、そう思われても仕方がないほど、この1週間僕は自身の間抜けさと無能さを露呈しまくっていた。
「大丈夫大丈夫。初めてのイベントだなんだって言ったってさ、結局のところ今日なんてガキの相手しとけばいいだけなんだから。
特に俺のポジションなんて、子供が怪我しないように見守ってればいいだけの簡単なお仕事よ」
「あんたってほんと能天気だね。羨ましいわ」
小松は笑いながらそう言うと、小走りでパイプテントの部品を運んだ。
特に俺のポジションなんて、子供が怪我しないように見守っていればいいだけなんだから。
半分は自分に言い聞かせるための虚勢だが、半分本音だった。
今日の自分は、バブルサッカーのブースで遊ぶ子供たちを安全に見守るだけ。
しかし、この驕りや油断が後に取り返しのつかない大きな失態へと繋がることを僕はまだ知らなかった。
そう。
社会人はどんな簡単で退屈な仕事にも、全身全霊で取り組まなければならないのだ。
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