第39話

「はい、それじゃ早速始めるで〜」

身長が180cmほどあり、肌の浅黒い筋肉質な男は井田と名乗った。

関西出身らしく、所々に関西弁が混ざっている。

イベントの施工の基礎中の基礎(らしい)であるパイプテントの施工について今日は研修をしてくれるそうで、目の前にはパイプが何本も並んでいる。


「まあこういうのって、結局は体で覚えるもんやから。メモするのもええと思うし、家帰ってそのメモ見返すのもええけど、自分でやってみな何も始まらんからな。

今から一通りこのパイプテント立ててくから見といてや」

とだけ言い、部品の説明や組み立て方の順序を説明しながら、たったの15分ほどでそのパイプテントを組み立てた。

僕は必死にメモを取りながらその様子を見ていたが、あまりの手際の良さと簡潔すぎるこの説明では、正直何がなんだか分からなかった。

ここから更に細かく説明をしてくれるのだろうと期待していたが、井田は予想だにしない一言を放つ。

「んじゃ、だいたいこんな感じやね。早速みんなで組み立ててみようか」

僕は驚きと不安の表情を隠せなかった。

それは、今からすぐ同期とテントを組み立てるという急展開に驚いただけではない。

この急展開に戸惑い、焦っている人間がこの場に僕しかいなかったということに驚いたのだ。

茫然と立ち尽くす僕には一瞥もくれず、同期たちはメモ帳をごそごそとポケットにしまって動き出す準備を始めた。



「んじゃ、まずはそこからそこの5人からやろうか。前出てきて」

有無を言わせない雰囲気が井田にはあり、僕を含む同期の5人が解体されたパイプの前に立たされた。

「メモ見ながらでもええし、時間かかってもええからまずはやってみてや。

さっきも言ったけど、自分でやらんことには一生覚えられんからな。分からんかったら聞いてくれ。はい、スタート」

井田の言葉を合図に、僕らはテントを組み立て始めた。

先ほどのあまりにも簡潔すぎる説明では誰も組み立てられないだろうと踏んでいたが、どうやらそれは僕の見当違いだったようだ。

僕以外の同期4人はメモをチラチラ見ながらも、案外スムーズにテントを立てる準備を始めた。

一方の僕は、先ほど取ったばかりのメモを一応見返しはしたものの一切やり方をが分からず、ただそこに立ちすくんでいた。

元来、僕は覚えも要領も人より悪いのである。

普通の人が一回で覚えられることでも、僕は10回繰り返してようやく覚えられるかどうかの話なのである。

そんな自分が先ほどのようなあまりにも簡潔で雑な説明を一度聞いただけで、すぐに実践できるわけがない。

何か手助けをしてくれるのではないかと井田の顔を間接視野で見てみるが、井田は何も動かない僕の方を怪訝な表情でじっと見つめているだけだった。

入社早々使えない奴だと思われるのだけは避けたいので、意を決して隣にいた同期の田辺に話しかける。

「ごめん、俺全然やり方覚えられなくてさ。何からやればいい?」

「何からって言われても…。とりあえずその目の前の柱を伸ばして」

「柱?ああ、これか。これを伸ばせばいいのか。よしっと。…あれ?」

「ああ、違う。そのボタンみたいなところ押しながら引っ張らないと伸びないよ。

…あ、違う、逆、逆。ちょっと貸して、俺やるから」

こうなるともうテンパってしまい、何も身動きが取れなくなってしまう。

田辺に教えてもらいながらどうにか完成させたが、僕のせいでテント完成までに無駄な時間がかかっているというのは自分を含むこの場にいる全員が分かっていた。



「はい、とりあえず休憩や。15分後にここにまた集まってくれ。一旦解散!」

僕らがテントを立てた後に残り4人も同様の作業をスムーズに行い、一度休憩となった。

僕はその場から逃げるよう早足で会社の扉を開け、会社の喫煙所へと出た。

ポケットから加熱式タバコのデバイスとタバコのスティックを取り出し、電源をつける。

加熱が完了するまでの30秒が今日はやけに長く感じ、その時間に無性にイライラしてしまう。

加熱が完了すると、先ほどまでの失態を忘れるほどの強い勢いでニコチンを吸引し、焦げ臭い煙を放出する。


まだ4月だというのに、体は汗まみれになっている。

これは単純に体を動かして出た汗なのか、それとも冷や汗なのか。

入社初日にして早くも周りとの差を痛感し、より一層強まっていく不安の波に飲まれぬように、何度も何度も繰り返したばこの煙を吸っては吐くのであった。

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