第37話
研修室に現れた酒井という上司(後の自己紹介で名前を知った)に連れられ、僕ら同期9人は入社式に参加した。
入社式なんて言うと大層な響きに聞こえるが、掘立小屋のようなオフィスからも想像できるように、学生時代に思い描いていたような理想の入社式とはほど遠かった。
イベントで使う備品が所狭しと並んだ資材置き場のような場所にパイプ椅子が並べられ、箱馬と平台で作られた即席のステージが設置されている。
そのステージの傍らで司会担当である平岡という上司が入社式の進行をしていく。
イベントの制作会社(しかも小規模)ということもあり堅苦しい雰囲気は一切なく、上司が新入社員に向けての言葉を話すのかと思いきや急に歌い出したり、漫才が始まったり、入社式というよりもお楽しみ会のような、お遊戯会のような雰囲気だった。
経験したことのない異様な空気感に圧倒されながらも和やかな雰囲気で入社式は進んだが、社長から新入社員に向けての話でその雰囲気は一変することとなった。
「えー、社長の榎木です。入社式は楽しんでもらえてるかな。見てもらえればわかる通り、うちは結構面白い奴らばっかりなんですよ」
白髪まじりの前髪をかきあげながら新入社員をゆっくりと見渡して社長は話し始めた。
「まあとは言えね、やっぱり仕事は仕事というか。うちはとにかくメリハリを大切にしてるんですよ。やるときはやる、遊ぶときは思いっきり遊ぶ。
はっきり言ってね、最初は我慢。我慢、我慢、我慢ですよ。
耐えて耐えて耐える。これが意外と難しい」
先ほどまでとは明らかに違う声色と雰囲気に、新入社員の僕たちはたじろいだ。
そして、社長はその流れのまま衝撃の事実を話し出す。
「結局みんな、最初の我慢しなければいけない時期に耐えきれずにやめてしまうんですよ。しかも、誰かのせい、何かのせいにしてね。
去年の新入社員も9人かな、10人前後いたけども結局残っているのは中西だけからね。後はみんな音を上げてやめて行ったよ。
まあ今年の新入社員が何人残るかはわからないけども、とにかく大切なのは耐えること。
誰かのせいとか、会社のせいにするのではなくて自分と向き合うこと。
悪いのは全部自分なんだと思えば、辛いことなんて簡単に乗り越えられますよ。
来年の今頃、今度は新入社員をここで迎える側になれるように、一生懸命やってください。頑張ってね」
社長が言い切り即席ステージの上からゆっくりと降りていく。
入社式に参加している上司たちは全く動揺の色も見せず、当たり前のようにそこに座っている。
去年の新入社員は1人を除いて全員やめた。
最初は我慢、我慢、我慢。
社会に出たこともなければ、勿論入社式に参加したこともない僕だからまだ判断を下すのは時期尚早だが、これはとんでもない会社に入社してしまったのではないかと思った。
それと同時に、この会社に入らざるを得なかった自分の能力の低さと、就職活動をまともにやってこなかった自分自身の怠惰極まりない性格を心の底から呪うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます