第35話

体育館を抜けて真っ直ぐ歩くと、タワーマンションのような僕らの校舎がある。

改めて見ると、とても大きい。

高額な学費のほとんどはこの大きな校舎の施設維持費なのではないかと思うほどの迫力だ。

卒業式が終わり、大勢の生徒で中庭は賑わっていた。

人と人の間をくぐり抜けるように校舎の中に入り、エレベーターに乗り込む。

「俺らの学科は6階って言ってたよな?」

そう聞きながら吉田は6と書かれたボタンを押す。

「そう、いつもの教室だった気がする」

6階に到着しエレベーターの扉が開くと、僕らは慣れた足取りで教室に向かう。

これだけ大きい校舎だが、授業で使う教室は学科ごとにほとんど固定されているため、自分たちが使っていた教室には迷わずたどり着くことができるのだ。

雑談を交わしながら教室に入ると、すでに7割ぐらいの生徒が到着していた。

「とりあえず席取っちゃうか」と言いながら僕は教室にずかずかと入って行き、5人が座れる列を探してそこに荷物を置く。

「いやー、この教室とも今日でおさらばかと思うと悲しいねえ」

中村が白々しい表情で言い放ち、どすっと音を立てながら席に座った。

「最後のオリエンテーションとかいらねえからみんなで打ち上げとかしたいよな」

「打ち上げとかするほどお前仲いい人この学科にいないだろ!」

「うるさいわ!」

いつものやり取りも、今日で最後なのかと思うとこのやり取りがとても貴重なものに思えてくる。


僕らが教室に到着してから10分ほど経った時には全員揃い、講師が少し遅れて到着した。

「全員いますか〜?いない人いたら教えてくださいね〜」

いつもよりフォーマルな格好をした講師が教室を見渡しながら言い、それまでがやがやしていた教室が少しずつ静かになっていく。

「えー、ということで最後のオリエンテーションということなんですけど、別にそんな大げさなものでもありません。ただ私から皆さんに向けて最後の言葉をお送りするだけです」

感動の一言がくるぞーとお調子者の高野が言うと、みんなはクスクスと笑った。


「そんなハードル上げられても困りますけど、まずはご卒業おめでとうございます。そして、約2年間お世話になりました。

皆さんは入学した年がコロナに直撃していて、入学する時期も遅れたり、リモートでの授業が多かったりと、色々苦労していた世代だと思います。

正直私も今までにないぐらい不安を感じていたのですが、それでも真摯に実習に取り組む皆さんを見て私がむしろ勇気付けられていました。

ここから多くの人は社会人になって、今までとは違う厳しさや大変さを味わうことになると思いますが、ここで学んだことを生かしてぜひとも頑張ってほしいと思います。

あ、ちなみに私は来年度もこの学校で教員をしていますので、いつでも遊びにきてくださいね。

改めて、卒業おめでとうございます」


極めて平凡かつ簡潔なスピーチに拍子抜けしたが、教室は大きな拍手に包まれた。


「え、最後の言葉それだけ?って思った人いるでしょう?」

講師がそう言うと、皆は小さくうなずく。

「さすがにこれだけでは最後の言葉感がないと思ったので、一人一人にお手紙を書いてきました」

教室は驚きの表情で埋め尽くされる。

「まあ、お手紙と言ってもメールなんですけどね。

学校のメールアドレスにあとで1人ずつメールを送るのでぜひ見てみてください。

あっ返信は不要です。返信してもその後に返信はしませんので。

はい、後は特にないかな?

…はい、以上!オリエンテーション終わり!

飲み行くなりなんなりしてもいいけど、警察にお世話になるようなことはしないこと!」


しめるように教員が言うと教室の空気はふっと緩まり、名残惜しさを見せるわけでもなく、次々と帰りの支度を始める。

「1人1人にメールでお手紙とか、あの人も結構粋なことをするよな」

「ほんとな。俺もびっくりしたわ」

ニヤニヤしながら僕は中川と話した。

「それじゃ、卒業を祝してのパーティ、始めますか!!」

吉田が勢いよく席を立って言った。

「何がパーティだよ、いつもの激安居酒屋で飲むだけじゃねえか!」

すかさず僕は突っ込む。



その夜、僕らは5人で思い出話をしながら沢山飲んだ。

誰かが別れを惜しんで涙を流したわけでもなく、将来の夢を熱く語りあったわけでもなく、自分たちを称えるでもなく、ただいつも通りの飲み会を着慣れないスーツでした。

こんな当たり前の日常が今日で終わってしまうということを、これからはそれぞれがそれぞれの人生を歩んでいかなければいけないという残酷な事実を、真正面から直面したくなかっただけなのかもしれない。


「じゃあまた、次は仕事の愚痴でも話しながら飲もうや」

「そうだな」

「誰が最初に辞めるか勝負だな」

「絶対俺やん。」

「いや、俺が最初に辞めると思う」

「誰でもいいわ!

 …まあ、またすぐ集まろうな」

首を縦に振って、僕らはそれぞれのホームへと散っていった。




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