第33話

自分の部屋のクローゼットから取り出したリクルートスーツを片手にリビングに降りると、母親が驚いたような表情でこちらを見てきた。

「あんた、まさかそのスーツで行くつもり?」

「逆にこれ以外なんのスーツで行くの?」

まったく、というような呆れた表情をしながら母親は見たことのない青いストライプが入ったスーツを僕に差し出してきた。

「これ、おじいちゃんのスーツ。

オーダーメイドのちゃんとしたやつなんだからこれ着て行きなさい。

そもそもリクルートスーツで卒業式行くなんておかしいでしょ」

中学校も高校も卒業式は制服で参加していたので知らなかったが、そういうものなのか。

素直に両手でそのスーツを受け取り、支度を進めた。



見慣れたホーム、聴き慣れた電車の発車音。

数えきれないほど利用した最寄駅も、今日はなんだかいつもと違って見える。

15両編成の7号車が止まる部分のホームに設置されたベンチ。

いつも通りそこに向かうと、そのベンチにりほが座っていた。

「おはよう」

「あっおはよう。スーツいいねえ〜」

「ありがとう。りほはセットアップにしたんだ、いいね」

大半の女子は着物で参加すると聞いていたが、ここでセットアップをチョイスするのがりほらしい。

「ゆうちゃんのスーツ姿見たら、卒業式っていう実感が湧いてきたよ」

「逆にそれまで実感湧いてなかったんだ。まあ俺もあんまり湧いてないけど」

りほの隣に座ろうとしたタイミングで、いつもの電車がちょうどホームに向かってきた。

いつも通り電車はぴったりとホームに止まって、いつも通り扉が開いて、僕らはいつも通りその電車に乗り込む。

いつも通りのこのルーティンが、今日はなんだかやけに儚く感じる。


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