第30話
中高の6年間を学ランで過ごした僕は、ネクタイを結んだことがほとんどない。
ネクタイ 結び方 とYouTubeで検索して出てきた動画を何度も見ながら、ぎこちない動きでどうにか首に巻き付けた。
「私が御社を志望したのは、学生時代から音楽を通じて人々を幸せにしたいと考えていたからです。私は学生時代から…」
パソコンの画面に向かって、本当は大してない御社への熱意を声高らかに語る自分の顔はとても退屈そうだ。
「なるほどなるほど。では、続いて自己PRをお願いいたします」
僕が志望動機を話している途中、明らかに表情を曇らせていた面接官は次の質問をしてきた。
面接官も仕事だから途中で面接を切り上げるわけにはいかないのだろう。
でも、今まで何度か面接を受けてきたから分かる。
この面接官の表情や雰囲気から考えると、多分僕はこの会社で働くことはできない。
「今日の結果につきましては、1週間以内にメールにてお送りさせていただきます。本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました」
「ありがとうございました。失礼いたします」
深々と頭を下げながら、僕は退出すると書かれた赤い項目を押す。
zoomの接続が切たことを確認すると、パソコンを閉じてスーツのまま床に寝そべる。
無意識のうちに大きなため息が出ていた。
専門2年、8月。
絶賛就職活動中。
僕の専門学校は2年制だから、来年の4月からはどこかで働かないといけない。
世間一般的には3月から就職活動を始めるらしい。
実際、僕の周りもそれぐらいの時期から始める人が多かったし、既に内定を貰っている人も何人かいる。
僕は完全に出遅れて、今月からようやく就職活動を始めた。
とは言っても、1週間に1回ぐらい求人サイトを眺め、気が向いたら応募してみるだけ。
夏休みに入ってもうすぐ3週間だと言うのに、ほとんど何もしないままここまで来てしまった。
働かないといけないことなんて分かっている。
だけど自分が働いている姿がどうもイメージできなくて、働ける気がしなくて、考えるだけで憂鬱になってくるのだ。
「今バイト終わったよー」
最近アスファルトに落としてひび割れてしまった僕のアイフォンが、りほからのLINEを知らせた。
専門学校で友達と馬鹿話をしながら過ごし、時々りほと遊ぶ。
時々喧嘩をしたり面倒になる時もあるが、なんやかんやでもうすぐ付き合ってから一年になる。
この生活に不満がないし、これ以上何を求めろと言うのか。
就職活動、お金、自分の将来。
安定性、夢、やりたいこと、嫌なこと、我慢、忍耐、幸せ。
周りが就職活動を始めてからこんなことばっかり考えるようになって、ブルーな気分になることが増えた。
「おけ!30分後ぐらいに駅集合で!」
漠然とした将来への不安と、目の前に立ち塞がる現実という名の壁から目を逸らすように、僕はりほと会う支度を始めた。
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