第25話

自宅にあるテレビよりも大きな液晶パネルに触れると、このホテルに存在する客室と料金が一気に映し出された。

満室を恐れていたがそんなことはなく、聖夜前日にも関わらず空室が目立つ。

世の中に溢れる数多のカップルは今晩どこで過ごしているのだろうか。

こんな田舎の寂れたラブホテルではなく、東京やみなとみらいのお洒落なホテルでクリスマスを迎えるのかもしれない。

「どこにしよっか」

液晶パネルを茫然と眺めながら僕は言った。

「ここでいいんじゃない?一番安いし」

こういう時に躊躇わず安い部屋を提案してくれるりほが好きだ。

僕にだって男としてのプライドは多少ある。

自分から一番安い部屋を選べるほど僕の神経は図太く出来ていない。

「そうだね、じゃあここにしますか」

そう言って、僕は503号室をタップする。

宿泊7990円です、と想像以上の大きな声で機械が無機質に発し、僕らは促されるままにお金を吸い込ませ5階へと向かうエレベーターに乗り込む。


受付で受け取ったルームキーを扉に差し込み恐る恐るドアを開けると玄関があり、部屋との間にもう一枚扉が隔てられている。

靴を脱ぎもう一枚の扉を開けると、想像していたよりも大きく、広々とした部屋が僕らを迎えた。

「結構広いね〜。すごい!」

りほはなんやかんや僕よりもテンションを上げて部屋中を散策し始めた。

珍しいアメニティを見つけてはしゃぎ、見たことのないシャンプーにはしゃぎ、冷蔵庫に水が常備されていることにはしゃぎ、最終的にはウェルカムフードという名目で机の上に置かれたかっぱえびせんにさえはしゃいでいた。

はしゃぎまわるりほを横で見ながら、

一年後彼女とラブホテルにくるぞ、とコンビニバイトをしていた去年のクリスマスの自分に伝えたらなんて言われるのだろうかなんて事を1人で考えていた。


一通り部屋を見終わると冷蔵庫から500ミリリットルの水を2本取り出し、僕らはソファに座りテレビを付けた。

今日はVS嵐の最終回らしい。有名俳優と嵐の5人があらゆるゲームで対決している様子を2人で手を繋ぎながら見ていた。

ウェルカムフードのかっぱえびせんを時々つまみながら、他愛もない話をしながらテレビをぼーっと眺めていると気付いたらエンドロールが流れ始め、嵐のメンバー一人一人がコメントをしている。

「ゆうちゃん嵐だったら誰が好き?」

「えー、あんまり考えたことないけどニノかなあ」

「ニノか。りほ松潤が一番好き」

我ながら気持ち悪いけど、松潤に嫉妬した。

松潤と僕が共通している部分なんて顔のパーツの数と持っている性器の種類ぐらいだけど大丈夫なのだろうかと不安になってしまった。

かっぱえびせんを食べきるのと同時ぐらいに嵐のメンバーのコメントが終わり、VS嵐は長年続いてきた放送に幕を閉じた。


ニュース番組に放送が切り替わると、りほが僕の肩に頭を載せてもたれかかってきた。

女の子を象徴するような、典型的なシャンプーの匂いが僕の鼻をつく。

そのままりほは僕の左手と繋がっていた右手を離し、首をくすぐってきた。

「ちょっ、くすぐったいんだけど」

と僕が言うと、えへへと笑いながらまたくすぐってくる。

やられっぱなしというわけにもいかないので僕もやりかえす。

2人でくすぐりあいながらげらげら笑っていると、その勢いのままりほが突然僕の背中に手を回し、体を寄せてきた。

「くすぐり降参。もう眠たいからぎゅーしよ」

腕を組んだり手を繋いだことはあっても、今思えばハグをしたことはなかった。というか、僕は女性とハグをしたことが今まで一度もない。

戸惑いながら僕はりほの背中に手を回し、自分の体にりほの体を抱き寄せる。

僕がそうしたよりもさらに強くりほは僕を抱きしめ、体が密着した。

シャンプーの匂い。体温。柔らかい肌。脈打つ鼓動。

りほが発する体の状態を五感全てで感じ取っていると、りほは僕の首に唇を軽く触れさせた。


彼女が出来たと友人に報告すると、必ずといっていいほど「どこまでした?」と聞かれる。

その度に手は繋いだけどそれ以上はない。

キスの仕方がわからないと僕は言うのだが、そう言うと大抵「そんなの流れだよ」と返答される。

流れってなんだ。そんな流れがあるのか。と今まで思っていたが、もしもこの世に「キスをする流れ」というものが存在するのだとしたら、それは間違いなく今だろうと思った。



りほにされたように、僕も首に唇を軽く触れさせる。その次に、頬。

背中にあった僕の両手を首の後ろに回して、りほと真っ正面に向き合う。

こんなに至近距離でりほの顔を見たことはなかった。

教室の隅で出会ったあの日と何も変わらない瞳で、まっすぐに僕を見つめる。

ゆっくりと顔を近づけて、僕はりほの唇に触れた。

軽く触れた後に一度離して、もう一度触れる。

りほは優しく微笑んで、今度は自分から僕の唇に触れてきた。

キスの回数に比例して一回にかけるキスの時間は長くなり、いつの間にか僕らは舌を絡めあっていた。

僕は確かに興奮していた。

流れとか手順とかそんなの関係なく、りほのさらに内側に入っていきたいと本能が叫んでいた。

何度もキスをして、何度も舌を絡め合う。

息が持たずに一度唇を離すと、りほはまた僕を抱きしめた。


「ベッド、行く?」


僕が聞くと、りほは静かに頷いた。

部屋に入ってからどれぐらいの時間が経っただろう。

僕とりほは初めて2人で同じベッドに寝転んだ。









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