第23話
肩を強めに揺らされて目が覚めた。
「もうつくよ!」
一日中プールで運動したおかげで疲労が溜まっていたのか、電車に乗った瞬間から記憶がない。
学校の帰り道でも寝てしまうことが多く、その度にりほが起こしてくれる。
なんとも情けない男だ。
電車から降りて、ひとまずホームのベンチに2人で座った。
プールの後の予定を何も決めていなかったからだ。
「どうしよっか。でもお腹すいたよね?」
「空いたね。どっかで食べよう」
「どこがいいかな。せっかくのクリスマスイブなのにいつも通り居酒屋に行くのはなんかね〜」
頭を抱えながら悩むりほを見て、ああ、こういう時は男側が予めご飯屋さんを予約するべきだったんだなと今更気付いた。
「ごめん、どっか予約しとけば良かった」
「いいのいいの。りほも完全にご飯のこと忘れてた」
春久井 ディナーとスマホで検索をかけながら話すりほをただぼーっと見てるだけの自分が情けなくなり、急いでポケットからスマホを取り出した。
りほと同じく、春久井 ディナーと検索をかける。
お互いのスマホを見せ合いながらああでもないこうでもないと2人でいくつかの候補を出し合い、なにやら高級感のあるよさげなイタリアンに行くことが決まった。
「いらっしゃいませ」
散々行き尽くしたチェーン店のファミリーレストランや大衆居酒屋とは店員さんの声のトーンが違った。
少し低くて、落ち着きのある優しい声。
地元にこんな落ち着いていてお洒落なお店があるなんて知らなかった。
メニューには見たことも聞いたこともないカタカナの単語が羅列されている。
「なにがなんだか分からないね。スパゲッティとかないのかな」と苦笑いするりほはどこか楽しそうだ。
よく分からないなりに「カチョエペペ」と「トマトソースのニョッキ」と「シンプルピッツァ」とソフトドリンクを2人で頼んだ。
この世には一杯500円もするコーラが存在するということをこの時初めて知った。
見たことのない形のお皿に盛られた料理がテーブルに運ばれてくる。
量少なっ!と言いかけたがやめた。
りほも何か言いたげな顔でこっちを見てきた。同じことを思ったのだろうか。
2人で料理を取り分けて、緊張しながらまずは口の中に「カチョエペペ」を運ぶ。美味い。美味くないわけがない。
なんだこれうめえ!とその場で叫び出しそうになるのを必死で堪えた。
本当に美味しいお店ほど、美味しいと大声で言えない雰囲気があるものだ。
どうして周りに座るカップルや夫婦たちはこんなに美味しい料理をさも当たり前かのように淡々と食べられるのだろうか。
りほは目を輝かせながら、時々目を瞑りながら、噛み締めるように一口一口を堪能していた。
あまりの美味しさと雰囲気を前に語彙力を失ってしまった僕らは、ひたすらに美味しい、美味しいとだけ言い合いながら2人でイタリアンを食べ尽くした。
自分が予約したわけでもないのに、嬉しそうに笑顔で料理を頬張るりほを見て、僕は何故か誇らしい気持ちになっていた。
「ありがとうございました」
チェーン店とは一味違う渋めのありがとうございましたを背に、僕らはお店を出た。
外は相変わらず気温が低い。
呼吸をするたびに白い息が吐き出され、あっという間に宙に消えていく。お互いの寒さを分け合うように手を繋いで歩き出す。
プールで遊んでイタリアンでご飯を食べて。
一日中りほと遊んだ経験があまりないから、このあとどうすれば良いのか分からなかった。
いつもだったら安い居酒屋で飲んでその後カラオケに行くが、クリスマスイブにそんなコースが許されるのだろうか。
聖夜前日にカラオケなんて流石に無粋すぎるのじゃないか。
どうしようかと考えていると、りほから僕に聞いてきた。
「もう帰る?りほは明日も休みだけど」
「いや俺も明日休みだけど、、」
突然の質問に、僕はなぜかしどろもどろになってしまった。
「じゃあ、どっか行こうよ」
そんな僕を気にするそぶりを一切見せず、りほはあっさりと言った。
どっか行こうよの「どっか」とはなんなのか、りほは頭の中でどの場所を想像しているのか分からなかったが、僕の頭に浮かんだ場所は一つだけだった。
クリスマスイブにディナーを食べた後に行く「どっか」
それを思い浮かべた瞬間、僕の心臓の鼓動は一気に速まっていった。
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