第22話

「なんで今日に限ってこんな寒いんだろうねー」

バスを待ちながらりほは両手をこすり、白い息を吐きながら言った。

「まあ寒過ぎたら屋内の方にずっと居ればいいよ」

「そだね。楽しみだなあ」


充実していればしているほど時間の流れは早く感じると言うのなら、間違いなく最近の僕は充実している。

何をするにも順調にいった試しがない僕の人生だが、りほと付き合い始めてからのこの二ヶ月間は全てが順調だった。

こんなに楽しくて、幸せでいいものなのか。

ただ夢を見ているだけなのではないかとたまに怖くなる。


「ってかほんとにプールで良かったの?」

「いいって言ってるじゃん。むしろ行くところ決めてくれてありがとう」


恋人と過ごす初めてのクリスマス。

周りはイルミネーションなり、みなとみらいなりお洒落なレストランなりに行っている中、僕たちは箱根にある屋内温水プール施設に向かっていた。

2人でどこに行くかを相談している時、「季節外れだけど、、」と言いながらりほが提案してくれた。

恋人とクリスマスを過ごしたことがない僕にとって、クリスマスのデートスポットなんて何も思い浮かばなかったし、季節外れで皆があまり行かなそうなところが逆にいいなと思い、一瞬で承諾した。

クリスマスにプールを提案するところが、なんかりほらしいなとも思った。

そして、プールといえば水着だ。

りほの水着姿を見たいからという邪な理由がなかったと言えば嘘になる。


「うわ、すご!想像してたよりめちゃでかいんだけど」

ホームページに記載されていた最寄りのバス停で降車すると、ホテルのような綺麗な外観が目に入り、想像以上に大きいその建物に僕は思わず声をもらした。

「でしょでしょ。懐かしいな〜」

小学生の頃、りほは家族できたことがあるらしい。

「じゃ、着替えたらここ集合ね!」

そう言って更衣室へと走っていった。いつもよりはしゃいでいるように見える。


更衣室で水着に着替えて荷物をロッカーに入れて鍵を閉めると、急に緊張感が襲ってきた。

ここを出たら水着を着たりほが待っている。

プールに行くことは前々から決まっていたはずなのに、そう考え始めた途端ソワソワしてくる。

結局、更衣室の通路を何回もフラフラと往復した後、意を決して廊下に出た。


廊下のベンチに水着を着たりほが座っていた。

顔を上げ、僕の存在に気づく。

「遅いから先に1人で入っちゃったのかと思ったよ!」

「あーごめん、財布が一瞬見つからなくてさ」

ベンチに腰掛け、横を見ると水着姿のりほがすぐそばにいる。

心拍数が増える一方だ。


「てか、水着いいね。似合ってる」

興奮を悟られないように、あえて少し声のトーンを落として言った。

だけどお世辞じゃなく、本当に似合っていた。めちゃくちゃに可愛かった。


カップルでプールに行って楽しいのだろうか。

一体何をするんだろうかと不安になっていたが、完全に杞憂だった。

何をしたかと聞かれたら、特になにもしていない。

ひたすら水をかけあったり、どっちが長い時間水中に潜り続けられるかを対決したり、浮き輪を投げて2人で追いかけたり。

そんなことをしているうちに1時間が経ち、2時間が経ち、お昼ご飯を食べてまた入水し、また数時間が経過していた。

特別なことは何もしていないはずなのに、その時間がやたら楽しくて愛おしかった。

何をするかではなく、誰とするか。

この世にまかり通っているそんな定説を、18歳のクリスマスイブに僕は初めて実感したのだ。




「ごめん、お待たせ!」

プールから上がり、水着から私服に着替えたりほが更衣室から小走りで出てきた。

「そんな急がないでも良かったのに」

僕をできるだけ待たせないように急いで支度を済ませたのだろう。

乾かしきれていない少し濡れた髪の毛からシャンプーの匂いがふわっと香り、優しく僕の鼻腔を刺激する。

「いやいや、待たせるのは申し訳ないので」

両手に抱えたリュックを肩に背負い、空いた右手で僕の左手を握る。

「楽しかった。ありがとうここ教えてくれて。

りほがいなかったらここに一回も来ないまま死んでたよ」

自分の指をりほの指に絡ませながら僕は言った。

「それは大袈裟だよ。でもこちらこそありがとう」

ペコリと頭を下げられたので僕もお辞儀をし返すと、なにそれ、と笑われた。

「来年のクリスマスはどこに行こうかね」

「来年もここでいいよ」

「そんなに気に入ってくれたの?」

笑いながらそう言うりほは、満更でもなさそうだ。


手を繋いで出口に向かって歩きながら、僕は来年のクリスマスについて考えていた。


一年後の今日。僕は何をしているのだろうか。

来年もここで遊ぼうなんて半分冗談で言ったが、実際はどこで遊ぶなんてどうでも良かった。

来年の今日もりほの隣にいられたら、もうそれでいいのだ。

自動ドアが開き外に出ると、朝よりも風が強く、気温も下がっていた。

りほの髪の毛が小さくなびいて揺れ、シャンプーのにおいを纏った風が僕を通過する。

この匂いを、この風を、僕は一生忘れないんだろうなと思った。

忘れたくないなと思った。

そういえば去年はプールに行ったよねなんて、来年の今頃2人で話せたらいいなと、そう強く思った。




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