第20話
「、、もしもし」
3コール目でりほは僕の着信に応じた。
「あっもしもし、、」
お互いに一言だけ発した後、微妙な沈黙が流れる。
勢いで電話をかけてみたものの、何から話始めれば良いか分からない。
「あっ今何してるの?」
静寂を破るために無理矢理に言葉を放つ。
「お酒飲みながらゲームしてる。
なに?用ないなら電話切るよ?ゲームで忙しいから」
不機嫌なのか酔っているだけなのか、スピーカー越しに聞こえる声からは判断できなかった。
「ねえ、なんか怒ってる?」
「別に怒ってないし。」
「じゃあなんであんなLINE送ってきたの?」
手探りで言葉を選ぶ。
これでいいのだろうか。元田たちにこのやりとりを見られたら怒られそうだ。
もっと男らしく行けと馬鹿にされるだろう。
「意味なんてないよ別に。電話切るね。ゲームしてるから」
「待って待って!」
「なんでよ。なんで電話かけてきたの」
「だってなんか変なLINE送ってくるから」
「変なLINEなんて送ってない。」
「送ってきたじゃん。なんか怒ってたじゃん」
「怒ってないって。ほんとに切るよ?」
本当は切る気なんてないんじゃないかと思いながらも、僕は慌てて止める。
一呼吸置いて、僕はりほに聞いた。
「もしかして今日のことで怒ってる?」
「だから怒ってないって。なんの用で電話してきたの?」
わざと怒っているようにも、本当に怒っているようにも聞こえるし、はやく本題に入れよと言われているような気もする。
「今お酒飲んでるんだっけ。酔ってる?」
喉まで出かかっているのに、肝心な言葉が言えない。
「酔ってないよ」
「ほんとに?寝て明日になったら今の電話の記憶なくなってるとかないよね?」
ゆっくりと遠回りしながら、核心に近付く。
「あるわけないじゃん。そんなお酒飲んでないし」
今日の電話で初めてりほが少し笑った。
「今から言うこと明日になったら忘れたとかなしだよ?」
「そんなんないって。で、なに?」
「まじで酔ってないよね?記憶無くさないよね?」
何回聞いてるんだ、言え、俺。いい加減呆れられるぞ。
「大丈夫だって。なに?」
「あ、あのさ、、。えっとー、、。なんて言うか、、」
「うん」
ナヨナヨとは、僕のために作られた言葉なんではないかと思うぐらいナヨナヨしていた。
何も言葉が出てこない情けない僕のことを、りほは黙って待ってくれていた。
数秒間沈黙が流れる。
もじもじして怖気付いている僕の横に、鏡越しに何度も見てきたあの男がそっと近づいてきた。
隣を見ると、そいつと目が合った。そいつは何も言わなかった。
弱そうで、自信がなさそうで、臆病そうで、不安そうで。
だけどなんだか暖かみのある優しそうな瞳で、僕をじっと見るだけだった。
がんばれとも、いけるぞとも言ってこないその臆病な男を、僕は責めることができない。
人見知りなそいつに、僕の方から語りかける。
頑張れなんて、いけるぞなんて、そんな無責任な言葉言えないよな。
今まで散々、頑張ってもうまくいかなくて、いける気がしてもまったくいけてなくて、期待しては裏切られてきたもんな。
だけどな、今回ばっかりはお前を裏切らせてくれないか。
無くさないための一番いい方法は手に入れないことってわかってるはずなのに、欲しくなっちゃったんだよ。
負けないための一番いい方法は戦わないことって自分に言い聞かせてたはずなのに、久しぶりに戦いたくなっちゃったんだよ。
そいつは、ただ呆然を僕を見ていた。何を言っているんだろうみたいな顔をしていた。
それでいい。そのままでいい。
今から、俺の言っていることがわかるはずだから。
深呼吸をして、僕はスマホに向かって、いや、スマホ越しのりほに向かって言った。
「あの、、、好きだよ」
頭の中では完璧だったのに、イメージトレーニングではしっかり決まっていたのに、いざ口を開くと、情けなくて弱々しいすかしっぺみたいな声が響いた。
また数秒沈黙が流れた。
だめだったか。
気まずさを和らげるための言葉を必死で探していると、りほの声がスピーカーから聞こえた。
「もう他に言いたいことない?」
質問の意味がよく分からなかったが、「あ、、うん」と答えた。
すると、りほが急に笑い出した。
ジェットコースターで発狂する僕を見た時と同じように、カラオケで帰ろうとするりほを急いで止めた僕を見た時と同じように、大きくて明るいあの笑い声が僕の耳を撫でる。
りほが笑い終わるのを、僕はただじっと待っていた。
「やっと言ってくれた。ありがとう。付き合おっか」
笑いながらそう言っていた。と思う。興奮し過ぎてあまり覚えていない。
「え、、いいの?」
「え、逆に嫌なの?」
「嫌じゃない嫌じゃない!あっよろしくお願いし、ます、、」
必死で訂正する僕の声を聞いて、りほはまた笑った。
男らしさのかけらもない僕の告白を、ゆうちゃんらしくてよかったよと言ってくれた。
もっと嬉しくなると思っていたけどあまり実感が湧かず、僕はひたすらありがとうを繰り返していた。何回言うの、とりほは呆れていた。
電話を切った後、僕は元田と高原が待つカラオケまで全力疾走で向かった。
息を切らしながら成功を報告すると、2人は自分のことのように喜んだ。
ラブソングを全員で何時間も歌い続けた。
2人は浴びるようにお酒を飲んだが、僕はソフトドリンクばっかり飲んでいた。
自分の伝記が発売されるとしたらまちがいなく記載されるであろう今日の夜の出来事を、この記憶を、アルコールで忘れたくなかったからだ。
専門学校の小さな教室の中で出会った僕らは、今日から恋人になった。
やっと言ってくれた。ありがとう。付き合おっか。
スマホのスピーカー越しに聞こえるりほのあの声を、僕はまだ鮮明に覚えてい
る。
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