第19話

その日も僕は蒲田の大衆居酒屋にいた。

元田と高原に加え、最近仲良くなった女子の浅野と生田の5人で飲んでいた。

男女数人で何回か居酒屋に行くぐらいには、僕は専門学生デビューに成功したのかもしれない。

ちなみに恋愛感情は全くない。


「おいゆうた、さくらともえにも話してやれよ!あ の こ と!」

あのこと という部分を高原はわざとらしく強調した。

「あのことってなに?好きな人がいるとかー?」

「さくら大正解!!」

元田が何故か爆笑しながら手を叩く。

恋愛の話をする時、盛り上がるのは大抵当事者ではなく第三者だ。

「え、ゆうた好きな人いるの?誰?」

「いや、好きな人っていうか、、。まあ別に最近仲良くしてるだけだよ」

真っ直ぐに物事を伝えずにスカしてしまう癖はまだ治らない。

大好きな人がいると本当は大声で叫びたかったが、そんなことは出来るはずもなく、かといって隠すのも場が白けるだろうと踏んだ僕はいままでの出来事を簡潔に、やんわりと皆に話した。


「えー、なんで告んないの?絶対りほちゃん待ってるって!」

「本当だよな!俺たちもずっと言ってるのにいつも、いやまだ向こうがどう思ってるか分からないから、、。とか言うんだよ!へたれなんだよこいつは!」

生田と高原から集中砲火を喰らう。僕も言われっぱなしではない。

「自信がないんだよ。お前たちみたいに今までモテてこなかったから」

「そんなん言ったらいつまでも告白できない!そんなうだうだしてるなら俺がりほちゃんに告っちゃおうかなー?」

元田の品のない冗談に僕以外の4人が笑う。

「あっ、てかさっきゆうたのことインスタのストーリーに載せちゃったけど大丈夫?」

浅野はなんでもかんでもインスタに投稿するタイプの女子だ。

「大丈夫?ってどういうこと?」

僕は言葉の意味が分からずに聞き返した。

「いやりほちゃんに嫉妬されちゃうかなと思って。

 愛しのゆうたくんと飲みに行きやがって!みたいな。わたしたち恨まれたくないからね〜」

「そんなわけないじゃん。向こうからしたらただの地元が一緒の男友達だって。嫉妬なんかされないから平気だよ」

僕がそう言うと、

出た!ゆうたのネガティブ思考ー!と4人がまた盛り上がった。

僕はもうツッこむ事すらも面倒くさくなり、にやにやと苦笑いを浮かべていた。

その後も、お前は童貞感が強すぎるだの、女の子にはもっとガツガツ行った方がいいだの、草食系男子のブームはもう終わっただの、僕とりほに関することでいじられまくった。

その度につっこんだけど、冷静に考えれば皆の言う通りだよなと勝手に今までの行動を反省し、勝手に凹んでいた。



浅野と生田を駅まで送り、僕らは3人でカラオケオールをすることになった。

居酒屋からのカラオケオール。あまりにも大学生すぎるルーティンに参加できることが少し嬉しく、少し悲しい。

「なんか今日めっちゃあの2人ノリよかったな」

「俺が盛り上げたからだろ!お前よくわかんないボケし過ぎて大変だったわ!」

「お前も似たようなもんだろ!」

飲み会の後にいつも行われる小さな反省会をしながらカラオケに向かうと、僕の右ポケットが音を立てて震えた。

バイト先からだろうか。

明日バイト入れない?

とかだったら嫌だなと思いつつ、ポケットから携帯を取り出す。

画面に触れると液晶がぱあっと明るくなり、りほからのLINEであることを僕に知らせる。


「ばーか」


その一言だけ、僕のLINEに送られてきた。

意味がよく分からなかった。

「ん?どうした?送る人間違えてない?」

歩きながら返信する。携帯をポケットにしまい直す前に、また返信が届いた。

「間違えてないし」

送る相手を間違えていないのだとすれば、ますます意味が分からない。

「え、ばーかってどういう意味?笑」

「しらない。もういいもん」

何か怒らせるようなことをしたのだろうか。

僕はいよいよ何がなんだか分からなくなり、並んで歩く元田と高原に話しかけた。


「なあ、りほからこんなLINE来たんだけどどういうこと?」

そう言ってLINEのトーク画面を2人に見せると、2人は目を合わせてニヤリとした。

「お前このLINEの意味が本当に分からないんだとしたら、恋愛なんかできないぞ」

「え、まじでどういうこと?」

そう言うと元田と高原は大袈裟にため息をつき、僕を試すような口調で聞いてきた。

「さくらがさっきお前のことインスタに載せて、その時なんて言ったか覚えてない?」


頭の中で、記憶のビデオデープをぐるぐると巻き戻す。

さくら、インスタ、、、。

数秒間考え、思い出した。

「あの、りほに嫉妬されないかみたいなやつ?」

「そうだよ。もう答え言っちゃうけど、たぶんりほちゃん、さくらのインスタ見てやきもち焼いたんだよ。でもそんなこと言えないから遠回しにお前にラインしたってこと。ここまで言えばわかる?」

半信半疑だった。

僕が異性と飲みに行っただけで嫉妬するほど、りほが僕の事を気にかけているだなんて思えなかった。

だけど、それ以外納得できる理由もない。

「えっじゃあ俺はどうすれば、、。謝ればいいの?」

「本当にだめな男だな優歌は!謝ってもしょうがないだろ!電話だよ電話!

そしてその電話で告白しろ!今回の件で完全に脈ありってわかったんだから!」

「でんわ?こくはく?えっ無理だよそんなん。急すぎるって。」

僕はわかりやすく動揺していた。

「いや、今絶対しろ。俺たち先にカラオケ行ってるから、終わったら来て。

 告白するまで絶対来んなよ!」

「まっ頑張れ。応援してるぞ!」

そう言いながらガッツポーズを掲げ、元田と高原はカラオケのほうに走っていってしまった。



そして、僕は夜の蒲田に1人取り残された。

数十メートル先で、居酒屋のキャッチのお兄さんがカップルに声をかけている。

ファミレス、牛丼屋、コンビニ。

入学したての頃はあれだけ新鮮に思えたこの景色にもすっかり慣れてしまった。


見慣れた街並みをぼーっと見ていると、自己紹介でりほと目が合ったあの瞬間がなぜか急にフラッシュバックした。

隣の席からおはようと言われたあの瞬間。

インスタのストーリー。みなとみらい。カラオケ。中華街。


高校の文化祭。ステージを観にいかず、やりたくもないパソコンゲームをやっていた自分。江ノ島で振られた自分。それを言い訳に、自分の殻に閉じこもり、斜に構え続けた3年間。

いつだって、自分の邪魔をするのは自分自身だった。

欲しいものを欲しがって手に入らなかった時が悔しいから、欲しくないふりをしてきた。失うのが怖いから、最初から何も求めなかった。

転んで擦りむくのが怖いから、いつからか走ることをやめていた。



「さっきからどうしたの?なんかあった?」

打ちかけていた文字を全部消した。

ポケットにスマホを入れようとする自分を心の中で殴り倒し、震える指で着信のボタンを押す。

携帯が振動する。てれれ、てれれ、てれれ、と等間隔の愉快なリズムが鳴り響く。


僕はりほに電話をかけていた。












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