第17話
コンビニで買ったお酒とおつまみの入ったレジ袋をテーブルに置き、ソファに座る。室内のモニターには最近流行っているアーティストのインタビュー映像が映し出されている。
「エアコン効いてていいね〜。前の部屋エアコン調子悪くてめちゃくちゃ暑かったもんね」
満足そうな顔をしながら、りほは照明を調節するボタンを回し、部屋を入ってきた時よりも少し薄暗くした。
この前来た時も、いつもこんぐらいの明るさにしてるんだよねー。と言いながら部屋の照明を落とした。無意識にしているそういう行動が僕の胸を焦がしているということをりほは知らない。
「さいしょはぐーっ、じゃんけんぽいっ!」
「はいりほの勝ちー。じゃ、ゆうちゃんから歌ってね」
「うわまた負けた。こないだも俺からだったじゃん」
コンビニで買ったあたりめをつまみながら、勝ち誇った顔でデンモクを僕に差し出してくる。
どうせ歌うのだから先に歌おうが後に歌おうがどっちどもいいのだが、こういうどうでもいいことを決める時間が案外好きだったりする。
「あっブルエンだ!いいね〜」
りほはりほが好きなアーティストの曲を歌うと喜ぶ。
ブルエンにハマっているという話をこの前聞いて、家に帰ってから急いで調べ、今日のカラオケで歌うために必死で聞き込んだ。
歴史上の人物を暗記するのはあれだけ苦痛だったのに、好きな人のために歌詞を覚えることは全く苦痛ではなかった。
上ずった声で歌う。時々裏返る。サビの一番高い音が出ない。喉が締まる。
青筋を立てながらどうにか歌いきると、ふ〜〜!とりほが手を叩いて盛り上げる。カラオケで盛り上げ役に徹する人に悪い人はいない。
りほはマイクを握りソファから立ち上がる。
聴き慣れたイントロが流れた。
「この曲分かるでしょ?一緒に歌お!」
そう言ってもう一本のマイクを僕に差し出してくる。
「クリープハイプなんか俺声出ないよ!」そう言いながらも立ち上がり僕は歌う。一節づつ交互に歌い合う。
男女の別れを描いた歌を、付き合ってもいない男女が2人で歌う。
冷静に考えたら異様な光景だけど、片想いソングを男女2人で歌う方が気まずいか。
2人で大声で歌い曲が終わると、りほは何故かグータッチを求めてきた。
戸惑いながら僕もグーパンチで応える。
その後も2人で色々な曲を歌い続けた。
この曲は歌える!と自信満々に言っていたのにサビ以外全く歌詞を覚えていなかったり、僕の知らない曲を入れて無理やり歌わせてきたり。
お酒を飲みながらそんなことを繰り返しているといつの間にかカラオケに来てから数時間が経過していた。
お酒を飲みながら数時間歌った僕たちの喉は悲鳴を上げ、声ががらがらになっていた。
結局、カラオケだというのに後半は歌わずただ2人でどうでもいいことを話していた。
アルバイトの5時間は永遠のように感じられるのに、楽しい時間は一瞬で過ぎ去っていく。
時間は僕らに忖度も容赦もせず、ただ流れ続ける。良くも悪くも。
ぷるるるると部屋の受話器が無機質な音を立てた。
終了10分前を知らせる電話だろう。受話器の近くに座っていたりほが電話に出る。
「はい、はい。あー、1時間で。はい。ありがとうございます。おねがいしまーす」
頭をぺこりと下げながらゆっくりと優しく受話器を置き、僕の方にぐるりと振り返りピースサインを掲げる。
「1時間延長しました!」
得意げな顔でそう言った。
「おいおいもう4時じゃんか。外明るいよ」
僕がそう言うと、りほは分かりやすく眉間に皺を寄せた。
「いいもんじゃあ帰るから。さよなら」
「嘘嘘!ナイス延長!最高!」
大袈裟に言ってさっきされたようにピースサインを掲げると、りほはどっと笑った。
僕が電話に出ても、きっとりほと同じ行動をしていたと思う。
夏目漱石が「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」と表現したように、
もっと一緒にいたいという気持ちを、
僕はカラオケの1時間延長で表現していたと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます