第16話

「お疲れ様でした〜」

店長と奥さんに頭をぺこりと下げ、僕はバイト先の蕎麦屋を出た。

自転車のカゴにリュックを放り込み、ポケットから携帯を取り出しLINEを開く。

「今バイト終わった!1回帰って着替えるから、9時ぐらいにローソンの前はどう?」

りほにLINEを送り自転車に跨る。

家に向かって自転車を全速力で漕ぐ。

ただ時間を切り売りしているだけのアルバイトも、その後に遊ぶ予定があるというだけで少しだけモチベーションが上がる。


初めて遊んでLINEを交換してから、僕らは毎週のように遊ぶようになった。

2回目は学校帰りに中華街。3回目はカラオケ。4回目は近所の焼肉屋。

今日は2回目のカラオケだ。

会う回数と比例して僕らの親密さは増し、距離感も近づいていった。

村山さんは当然のように僕をゆうちゃんと呼ぶし、僕も村山さんをりほと呼ぶことに段々と抵抗がなくなっていった。学校の中でも良く話すようになったし、一緒に登下校をするようにもなった。


元田たちには「早く告れよ!」と毎日のように説教されている。

世の中には「3回目のデートまでに告白をしないと成功率が下がる」という都市伝説のような噂があるということもあの4人から教わった。

確かに、10回目20回目のデートで告白して交際した人間を僕は知らない。

僕だって告白できるならしたい。

りほと会えば会うほど、独占欲のようなものが自分の中で増幅していく。

独占欲と恋愛感情は紙一重であるということも分かっている。

しかし、自信がない。とにかく自信がないのだ。

みんなの言う通り、りほはいわゆる「あざとい」タイプの属性だと今ははっきり分かるし、地元が同じだからこんなに僕と遊んでいてくれているだけなのではないかと邪推してしまう。

僕にしているようなことを当たり前のように他の男にもしているのではないか、彼女からすれば僕はただの「専門学校と地元が一緒の仲の良い男友達」にしか過ぎないのではないのかと思ってしまうのだ。

今日こそは、今日こそは、と思っているうちにあっという間にりほの家の前まできてしまい、何も言えずに手を振って1人で虚しさを抱えて家まで帰るのがルーティンになってしまっている。

とはいえ、いつまでもうだうだしているわけにはいかない。

当たって砕けろの精神だ。そろそろ男を見せなければいけない。

今日こそは、今日こそは。


家に到着すると真っ先に自分の部屋に入り、バイトのためだけに買った黒スキニーを脱いで、ゆったりとしたデニムに履き替える。

お洒落やファッションに今まで関心がなかったが、デートに着ていく服はさすがの僕でも慎重に選ぶ。

1人の顔を思い浮かべながらクローゼットを漁り、服を選ぶこの時間は嫌いじゃない。

恋をすると人生が楽しくなるとよく言われる。

恋こそが人生の醍醐味であるというような風潮もある。

あながち間違ってないかもな、と最近は思う。

日常のあらゆる場面で好きな人の顔を思い浮かべてしまう人生が、考えていることにさえ気づかないうちに好きな人のことを考えてしまう人生が、つまらない訳が無い。


バイト中に付けていた帽子のせいで乱れた髪型を手ぐしで整え、最近買ったナイキのスニーカーを履いて家を出る。

家の近くのローソンがいつも僕らの待ち合わせ場所だ。

今までなんとなく利用するだけだったコンビニも、今ではすっかりお気に入りの場所になった。

恋をするとは、お気に入りの場所が増えることなのかもしれない。

自動ドアが無機質に僕を迎え入れ、「イラっシャイマセー」と東南アジア系の店員さんが元気に挨拶をする。

店内を見渡すと、買い物カゴを持ったりほがお酒のコーナーをうろうろしていた。

「お待たせ。カゴまで持ってもう買う気満々じゃん」

「あっお疲れ!

 だって今日カラオケだよ?カラオケと言ったらお酒でしょう?

 ほらゆうちゃんも遠慮なく入れて」

「なんだそれ」

何飲もっかな〜と言いながらりほは慣れた手つきでお酒をカゴに入れる。

ストロングゼロに緑茶ハイにハイボール。いつものセットだ。

2人で遊ぶ時は基本的にお酒を飲むのだが、その度にりほのお酒の強さに驚かされる。それと同時に、自分のお酒の弱さにも驚いてしまう。

僕用のほろ酔いを入れて、2人でつまむようのクッキー、スナック菓子、あたりめ、チーズ。

クッキーとスナック菓子は僕のチョイスで、あたりめとチーズはりほのチョイス。

普通逆だろう。

酒飲みのおじさんが好みそうなおつまみをカゴに入れるりほが大人っぽく見えて、なんか羨ましかった。

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