第15話

バチン!っと額を中指で弾かれて目が覚めた。

ぼやけた視界が段々と明瞭になっていく。

目の前に座る村山さんが笑っていた。

「ほら、お会計しといたから帰るよ!」

ほとんど飲めないお酒を調子に乗って飲み過ぎた。

いつの間にか席で眠ってしまっていたみたいだ。

「あっ、、ご、ごめん、、。気付いたら寝てた、、」

女子をデートに誘っておいて居酒屋で潰れる男がこの世に僕以外いるのだろうか。情けなくて仕方がなかった。

「ずっとこっくりしてたよ。

 何回肩叩いても起きないからでこぴんしちゃった。

 大丈夫?とりあえずお店出るよ?」

リュックを背負ってお店の出口に向かう村山さんを必死に追いかける。


「大丈夫? じゃないか。一旦ここ座りな」

店の目の前にあるベンチに2人で腰掛けた。

頭がズキズキと痛む。

体の中で胃液とアルコールが喧嘩して不快感がとてつもない。

「だから飲み過ぎないでって言ったのに。りほ何回も止めたよ?」

ジェットコースターで悶絶する僕を見ていた時と同じように、村山さんは優しく笑っていた。その笑顔が唯一の救いだったが、流石にこの状況では申し訳なさが勝った。

「いやまじでごめん調子に乗り過ぎた」

「大丈夫だって。うとうとしてる所動画に撮っておいたから後で送るね」

僕の記憶では村山さんも相当飲んでいた筈だ。

それでこの冷静さとは。酒豪に違いない。


「ここでちょっと休憩したらちゃんと帰るから先行っていいよ」

「置いて帰るわけないじゃん。どうせ家近いんだから歩いて帰ろうよ」

仏のような人だなと思った。しかしここで引き下がるわけにはいかない。

「いや大丈夫。ほんとにちゃんと帰るから。帰れるから」

「だめ!ちゃんとりほが責任持って家まで送り届けます!」

「いや、大丈夫です。本当に。俺がちゃんと家まで送り届けます。男なので」

「あっ男だからとか女だからとかそういうの良くない!関係ないから!」

「関係ある。でもほんとに大丈夫だよ。酔い覚めてきたし」

頭痛と吐き気は一向に治る気配がない。

「絶対嘘。さっきから体の震え止まってないし。」

「いや、、これはあれだから、寒いからだから」

7月17日である今日にこの嘘をつくのは流石に強引すぎるか、と酔った頭で考える。

「また嘘ついた。だってこのまま置いてって1人で帰らせて川とかに落ちたらどうするの?」


「いいよ。そのまま川で死ぬから。」

半分、本音だった。


吐き捨てるように言うと、さっきまで上がっていた村山さんの口角が少しだけ下がったのが分かった。


「そういうこと言わない。」


僕の目を見ながら、母親が子供を諭すような口調で村山さんは言った。

そしてその後、少し間を空けてぼそっと呟いた言葉を、僕は確かに聞いた。

聞き逃さなかった。


「死んだら泣いちゃうよ。」



彼女はきっと何も考えていない。

いつもそうだ。

隣の席に座る僕に挨拶をしてきたのも、アトラクションで一番面白かったと言ってきたのも、今のセリフも。

僕が拡大解釈をしているだけで、きっと彼女は何も考えていない。

似たようなセリフを他の人にも吐いている。

そんなことは流石の僕でも分かっている。

これがいわゆる「あざとい」というやつだろう。期待するな。

今までそうやって思い上がって、何度も痛い目にあってきた。

そう自分に言い聞かせているのに、分かっている筈なのに、初めて彼女と話したあの時のように、挨拶をしてくれたあの時のように、開いたことがない心の扉が、名前の分からない感情が、また音を立てて蠢いている。


僕は黙ってベンチから立ち上がった。

「え、どこ行くの?」と村山さんは言った。

「一緒に歩いて帰ろ」とだけ僕は言った。

それ以上何かを発したら、今彼女に一番言いたい言葉を、言うにはまだ早すぎる言葉を、この現在を壊しかねない言葉を言ってしまうだろうなと思ったからだ。

動揺を隠すように、僕は早足で歩く。

「ちょっと待ってよ〜!」と村山さんが僕を追いかけてくる。

あんな一言だけで動揺している自分が恥ずかしくて、情けなくて、悔しくて、僕は早足で歩き続ける。

小走りで僕に追いついた村山さんが僕の肩を掴んで言った。


「そっち、りほたちの家と真逆だよ!」

結局、最後までカッコつかなかった。


その後、僕らはコンビニでお酒を買おうとするも年齢確認されて買えず、店員さんの文句をぶつぶつ言い合いながら帰った。家まで送るから!いやりほが送るから!という僕らの争いは埒が明かず、結局僕の家と村山さんの家の中間地点で解散した。

家に着いて、村山さんに謝罪のメッセージを送ろうと携帯を開くと、先に彼女からメッセージが来ていた。

「今日はありがとう楽しかったです!また遊び行きたいからLINE交換しよ!」

1人ベッドの上でガッツポーズを掲げ、光の速さでLINEのIDを送った。

数分後、LINEと動画が送られてきた。

「LINEありがと〜。居酒屋のうたた寝動画送っとくね笑」

僕が居酒屋で眠っている動画だった。

村山さんは何度も僕の肩を揺らす。僕は起きる気配がない。改めて見るとやはり情けない。


「こちらこそありがとう迷惑かけまくってごめん。居酒屋の動画いらないよ笑」

そう返信し、一度携帯をベッドに放り投げ、また携帯を拾った。

再びLINEを開き、迷いながら文字を入力する。


「また遊び行こ。いつ空いてる?」


ネガティブが押し寄せてくる前に送信ボタンを押して、また携帯を放り投げた。



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