第13話
アトラクションを隅から隅まで乗り尽くした僕らに、みなとみらいを満喫する体力は残っていなかった。
コスモワールドから退場し、みなとみらい駅から真っ直ぐ僕らの地元に帰った。地元で飲むというのが今回のメーンディッシュだったのに、前菜のみなとみらいですっかりお腹いっぱいになってしまった。
「どこの居酒屋行く?」村山さんはまだまだ体力に余裕がありそうだ。
「どうしよっか。いつも友達とかと居酒屋行く時年確される?」
何を隠そう。僕たちはまだ未成年である。
「周りに大人っぽい子いないから大体されちゃう。
この前鳥貴族でもされちゃったし。りほは割と大人っぽいんだけどね〜」
冗談なのか本気なのか分からなかったから何も言えなかったが、誰がどう見ても20歳を超えているようには見えない。
「とりたくっていう居酒屋ととまんぷくっていう居酒屋は今までされたことないかな。俺も他の所はすぐ年確されちゃうけど」
「とりたくは結構前にりほも行ったけど年確されなかった!とりたくにする?」
「そうしますか!」
「お兄さんお姉さん居酒屋のご予定ありますか〜。飲み放題1500円でやってま〜す」
キャッチのお兄さんの営業をすり抜けて、僕らは雑居ビルの5階に向かった。
「おつかれっ乾杯っ」
年齢確認をしてこなかった店員さんに感謝をしながら盃を交わした。
いわゆる吊り橋効果だろうか。
みなとみらいの途中から緊張感は一切なくなり、僕はリラックスして村山さんと話すことが出来た。
村山さんも段々と心を開いてくれている、ような気がする。
「よくハイボール飲めるね。めっちゃお酒強いって噂で聞いたんだけど」
「強くはないよ。別に弱くもないけど。元田くんに聞いたけど弱いんでしょ?
あっ、ていうか、今更だけどなんて呼べばいい?」
言われてみれば、村山さんに固有名詞で呼ばれたことはなかった。
当然僕も村山さんを固有名詞で呼んだことはない。
ねえねえとか、あのさ、とかで今まで誤魔化していた。
「えー、なんでもいいけど。普通にゆうたとか?くりはらでもいいけど、、」
下の名前で呼ぶ事を強要するのも変かと思い姓で呼ぶ選択肢も提示すると、間髪入れずに村山さんは言った。
「んー、、、。じゃあゆうちゃんで!りほのことはりほって呼んでくれればいいよ」
「ゆうちゃんって、、。従姉妹とかにしかそんな呼び方されたことないんだけど」
「なんかみんなと一緒の呼び方するのもつまらないからいいじゃん。
ゆうちゃんね!」
「まあ別にいいけど、、」
苦笑いしながら、いかにも乗り気ではないような顔でそう言ったが、悪くないなと思った。
ゆうちゃん。ゆうちゃん。
頭の中でその声を繰り返し再生しているうちに頬が緩みそうにになったことは、流石に村山さんには言えなかった。
この話を後日皆に話したら、4人は口を揃えて「里穂ちゃんあざといなー!」と笑っていた。
今までの人生であざといをぶつけられた経験がない僕は、その時に初めてあざといの意味を知った。
4人によると、「なんて呼べばいい?」という問いかけ自体があざといらしい。
しかもその後のゆうちゃん呼びなんて、あざとさの極みらしい。
あざとさに気付ける人間というのは、今まで人並みにモテてきたかよっぽど疑い深い性格かのどちらかだと思う。
どちらにも属さない僕は村山さんのあざとさにも気付かず、そのあざとさを自分限定のアプローチと勘違いして浮かれていた。
その結果、お酒がほとんど飲めないくせに調子に乗って頼みまくり、気付けば顔がりんごのように赤くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます