第11話
「がっつきすぎるな。でもがっつかなすぎるな。余裕を持って変に気張り過ぎず。おーけー?」
セコンドがファイターに語りかけるような口調で高原が言った。
僕は神妙な面持ちでこくりと頷く。
「ああ、、緊張する。まあがんばってくるわ。2人きりで遊んだらなんか違うってなるかもしれないし」
「上から目線だなあ。まあ頑張れ。じゃあな」
村山さんとの約束当日になった。
土日の二日間は何も手につかず、上の空でバイトをしていたらお皿を割って店長に叱られた。今日の授業も何をやったかまるで覚えていない。
皆と最後のミーティングをしていたら時刻が16時を回っていた。
いけないいけない。村山さんを駅で待たせているんだ。
「ごめんすぐ行く!」とメッセージを送信し僕は学校を出た。
女の子と2人きりで遊ぶなんて数年ぶりだ。
高校一年の夏あたりにある女の子に誘われて江ノ島に行ったのが最後。
その子が好きとかではなかったんだけど可愛い子だったし、僕のことを好いてくれているような気がしたから告白したら振られた。
2人きりで遊びに誘っておいて告白されたら振るって一体なんなんだこの子は。
と当時は思っていたが、今冷静に振り返れば人見知りが発動して全く盛り上がらなかったし、そのくせに告白したのも謎だし、振られて当然だった。
今となっては笑い話だが、思春期真っ只中の僕にとって、女子から拒絶されるという経験はある程度の心理的ダメージがあったし、それをきっかけに、より女の子が苦手になったし、その子とは3年間気まずいままだった。
ちなみに、その子は数ヶ月後にバスケ部のイケメンと付き合った。今
も付き合っているのだろうか。もしも破局していたらとても嬉しいのだが。
この一連の流れを僕は勝手に「江ノ島事件」と呼んでいるのだが、江ノ島事件以来だ。女の子と2人で遊ぶのは。
謎に感傷的になってしまっている。
3年前のケリをつけるのだ。
あの頃の僕とは違うというところを見せつけてやるのだと気合をいれながら蒲田駅の改札に向かう。
改札付近の柱に寄りかかって携帯を触る村山さんがいた。
そわそわしながらゆっくりと近づく。
「あっお待たせ、、」
情けない第一声を村山さんにお見舞いする。
携帯から目を離し顔を上げて僕の存在を確認した瞬間、村山さんの表情がぱあっと明るくなった気がした。
のは多分勘違いだが、この表情だ。この目の輝きだ。この瞳でおはようと言ってくれた時、僕は村山里穂という人間を意識したのだ。
「よし、行きますか!」
僕の気持ち悪い脳内を洗い流すかのように、村山さんは颯爽と歩き出した。
他愛もない話をしながら駅のホームで電車を待っていると、村山さんが思い出したかのように言った。
「このまま春久井駅帰ってもちょっと早いかな?今4時過ぎだから5時半には着いちゃうけど、居酒屋まだやってないよね?」
この質問は想定内だ。
学校帰りにそのまま地元に戻っても、居酒屋で乾杯するには少し時間が早すぎる。どこかに寄ってから帰る流れになるだろうと前から予想していた。
「確かにちょっと早いかもね。どっか寄ってから春久井戻る?」
「そうしますか〜。どこ行く?」
僕が誘ったわけだから、村山さんに丸投げするわけにはいかない。
「んー。帰り道に通るところである程度時間潰せて遊べるところかー、、」
考えているふりをするために何秒か間を空けて、言った。
「あっ!みなとみらいとかは?遊園地とか色々あって時間潰せるし、帰り道だし」
いかにも今思いつきましたみたいな顔と口調だが、本当は村山さんと飲みに行くことが決まってから1人でひっそりと計画していた。
みなとみらいからの地元で飲みというプランしかないと、ベッドの上で1人ニヤニヤしながら企んでいた。
しかし、何も考えていなかったような雰囲気で話した方が余裕のある男を演出できるだろうと思い、わざとそんな雰囲気を装った。
予めデートプランの綿密に決め込みすぎているのも印象が良くないだろうし、予定が決まっていない時にさらっと決められる決断力と、臨機応変に対応できる対応力の高さを誇示したかったのだ。
「ありだね!みなとみらい行こ!」
村山さんが優しく承認してくれて良かった。
僕たちの初デート(と僕は勝手に思っている)はあっさりとみなとみらいに決定した。今のところ計画通りだ。何も問題はない。
後日、この事を皆に話したら、
「初デートでみなとみらいはちょっと重たい」
「完全に狙ってる奴のデートスポット」
「俺が村山さんの立場だったらドン引き」
と酷評されたが、そんなことになるとは思ってもいない恋愛不慣れのチェリーボーイ栗原優歌は、デート場所が決まった喜びと嬉しさで、意気揚々と横浜行きの電車に村山さんと飛び乗った。
学校のこと、地元のことを話して盛り上がった。
とまでは言わないが、少なくとも江ノ島事件の時よりは上手く話せたはずだ。
教室の中で話すのと、電車で2人きりで話すのはなんとなく気持ちが違った。
同じ学校の村山さんと話しているというより、村山里穂という1人の人間と会話できている感じがして、なんだか緊張した。
村山さんは何を思いながら、僕のつまらない話を聞いていたんだろう。
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