第3話
「これから体育館で有志団体がステージでコントやるんだけど、優歌も一緒に見にいかね?」
レアル・マドリードのユニフォームに寄せたデザインのクラスTシャツを身に纏う友人に誘われた。
「んー、俺はいいや。どうせつまらないっしょ」
僕はその誘いをぶっきらぼうに断った。
「おおそっか。俺ちょっと行ってくるわ。望月出るらしいし」
友人はそう言って体育館へと向かう。
体育館へと向かっていく人の流れに逆行するように、僕は一人でコンピュータ室へ向かい、パソコン部が主催するパソコンゲームの体験会に参加した。
本当はちっともパソコンゲームなんてやりたくなかったけど。
高校3年の秋。高校生活最後の文化祭。
多くの生徒がその日を楽しみにしていた。
クラスで映画を撮って編集し、それを視聴覚室で放送したり教室で演劇をしたり。彼女と一緒に屋台を回ったり、後夜祭でビンゴ大会をしたり、体育館でコントをしたり。
僕はそのどれにも属することが出来ず、一人で全然人気のないパソコンゲームの体験会に参加していた。
思い返せば、ひどい3年間だった。
スタートダッシュを間違い、クラスの輪に入りそびれ、ふわふわと漂っている間にスクールカーストが完成されていた。
中学時代はスクールカースト上位でいつも輪の中心にいた僕は、自分の居ないところで誰かが楽しそうにしている姿が耐えきれず、自意識とプライドだけが膨張していった。
教室の隅で燻っているだけの自分を正当化するために高校生活を楽しんでいる人間を、輪の中心にいる人間たちを軽蔑した。
だから有志団体のコントなんか見に行けない。どうせつまらないし、ウケてたらそれはそれで僕のプライドで出来たエッフェル塔が崩壊してしまう。そ
もそも大して面白くないやつがコントなんかやってるんじゃねえ。
キャラ的に目立っていないだけで絶対に俺の方がギャグセンスは高い。
所詮あいつらは勢いと身内ノリで乗りきるだけの教養も学も何もないギャグを恥ずかしげもなく披露するだけなんだからな。
などと心の中でぶつくさと呟きながらパソコンの画面に映る敵をぶっ飛ばす。
目の前の敵を奴らに見立てていた。奴らとは、つまらないコントを披露しているバカどものことだ。それを見にいってる奴も、そいつらと仲のいい奴も全員バカだ。
「パソコン好きなの?」
背後から透き通った声が聞こえて、振り返る。
同じクラスの隅田さんだった。クラスで一番可愛くて、可愛いのに嫌味がない。誰にでも分け隔てなく接してくれて優しい。見た目が優れている者特有の勝ち誇ったような顔や、人生においての負けを知らない勝気な眼を彼女は一切しない。
「いや、別に好きではないんだけど、、。てか今有志団体がコントやってるらしいよ。見に行かなくていいの?」
女子への免疫、特に可愛い子への免疫がない僕はしどろもどろになりながらそう言った。
「んー、別にお笑い興味ないしさ。芸人さんがコントやるっていうなら見に行くけど。湯原くんとかだもんね」
微笑みながら隅田さんはそう言った。
くしゃっとした笑顔で意外と毒も吐くんだな、と思った。
「栗原くんもコントとか出たらいいのに」
茶化しているようには聞こえなかった。
「いや僕は無理だよ、湯原くんとかみたいに面白くないし」
最大限本音に聞こえるよう、力を込めてそう言った。あいつらを裏で馬鹿にしているという事を彼女は当然知らない。
「そんなことないよ。私は栗原くん面白いと思うけどなあ。現代文の考察とかいつも鋭いし。クラスで一番面白いと思う。人間的に」
彼女はしっかり僕の目を見て言った。
「現代文の考察って、、。あんなの適当にやっているだけだよ」
照れ隠しで苦笑いしながらそう言ったが、内心とても嬉しかったのは言うまでもない。
現代文の授業の最後に毎回提出する考察レポート。
その日に学んだ作品を考察してレポート用紙に記入する。
スクールカースト上位の人間は毎回「書く事ねえよお」なんて周りの人間と騒ぎながら薄っぺらいクソみたいなレポートを提出する。
僕は活字を読むのが元々好きなのでこういう類の課題は得意だった。
このレポートを書いている間はスクールカースト上位の馬鹿どもに正々堂々勝っている気がした。
といってもそんなレポートを上手く書いたところで誰も見てはいないし、誰も褒めてはくれないのだが。
しかし、隅田さんはなぜか見てくれていた。どういうきっかけで読んだのかは分からないが、僕のことを認めてくれた。
「えーあれで適当なの?今度お茶でも飲みながら書き方教えてよ。栗原くんのレポート講座‼︎みたいな。どう?」キラッキラの笑顔が眩しい。
え?これはなんだ?デートの誘い?僕はクラス一可愛い隅田さんに好かれているのか?などと考えているうちに隅田さんの顔が薄れていく。顔がの輪郭がぼんやりと消えて、次第に体もうっすらとしていく。一体何がおきている?
「隅田さん?隅田さん‼︎隅田さああん‼︎」
自分の叫び声で目が覚めた。じっとりした汗をかいていて背中が冷たい。
またこの夢だ。青春時代にコンプレックスがありすぎるのか、こういう類の夢を何度も見る。基本的には誰か(基本的に女の子)に褒められたり認められたりする夢。
想像を具現化したような、凄く具体的な夢。度を超えた妄想力と自己顕示欲が夢にまで現れるとは恐ろしい。
謎の汗で湿った寝巻きを脱いで時計を眺めると、時刻は7時を過ぎていた。
まずい。急いで支度をしなくては。入学二日目から遅刻なんて笑えない。
今日は大事な大事な自己紹介オリエンテーションの日なのだ。
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