5. Destiny

アダサートから遥か南にあるダジニヤの町に来ていた。

ここは待ち人となる余所者の女が多い。

シンバはこの町に立ち寄ったのは、凡そ、5年振り——。

「あんちゃん、腹減ったよぉ」

「あ、そぉ? オイラは別に」

「シュロ君、一緒にレストランに行こっか」

ディジーがそう言うと、シュロは、

「流石おねえちゃん! 話がわかる!」

と、無邪気に喜ぶ。

「ディジーさん、わたしに奢らせて下さい!」

オーソが鼻息を荒くし、金を持っている事を見せるが、誰も見ていない。

「シンバ、私達レストランに行って来るから」

「御勝手に」

「バルの事、よろしくね」

「え、おい、ちょっと待てよ、ディジー!!」

——行ってしまった。

「クルルルルルルルルル」

バルーンはシンバのまわりを飛び、アピールする。

「お前も腹減ってんのか。はぁ、わかったよ、広場でも行くか。食える草くらい生えてるだろうよ」

「クルルルルルルルルル」

バルーンは嬉しそうにシンバについて行く。

広場は芝が美しく生え、太陽の光も気持ち良く、シンバはゴロンと寝転がった。

バルーンは雑草の新芽を見つけては器用に前足で取り、口へと運んで食べている。

——いい天気だなぁ・・・・・・。

ぼんやりと時間は過ぎていく。

「よっと!」

シンバはムクっと起き上がった。

「町の中、ブラブラしてくるよ。バル、迎えに来るからここにいろ?」

「クルルルルルルルル」

バルーンはわかっているのか、返事のように鳴いた。

そしてまた草を食べ始める。

——迎えに来るから、か。

そんな台詞を吐いた自分がいるなんて——。

すっかり仲間というものに馴染んで来てる。

しかし、やはり一人だと落ち着いている自分がいる。

シンバは伸びをしながら、町の中をうろつき始める——。

この町、ダジニヤは他の町や村などから来た女が多い。

恐らく、その殆どはディスティープルに運命を賭けに行った男の帰りを待っているのだろう。この町から南へ行った所にあるディスティープル。それは先のない塔。

現在の飛行技術を以ってしても、その塔の上は見えないという。

遥か遠い遠い昔から、その塔はある。

何の為に誰が作ったかなどは全て謎であるが、ある賢者が言った。

もしも塔を登りつめた者は世界を手にする運命を持つ事になるだろうと——。

そして誰もが、その運命を手に入れたくて塔に登り、挑戦する。

不思議な事に、ディスティープルの中では何日過ぎても空腹になる事はなく、眠気もなく、只、上に登るにつれ、疲労が増し、死に近付いていくと言う。

そう遠くはない過去に、たった一人だけ、数日で生きたまま戻り、塔の天辺まで辿り着けた者がいた。

10年かけても、5階迄しか登れぬ者もいるというのに、たったの数日で——。

その者は世界を手にする運命を持ったのだろうか——。

誰にもわからない。

「わぁっ!!!!」

突然、背後から大声で叫ばれて抱きつかれた。

「重い! オイラの背にぶらさがるな!」

「あれ? 驚かないね?」

「ワンパターンなんだよ、お前。いいから下りろ。もう食って来たのかよ?」

「ううん、ジュース飲んで来ただけ」

ディジーはシンバの背から離れた。

「残念ね? 剣、背負ってなかったら、私の胸、背中で感じられたのにね?」

「そうだな、そのバカデカい胸がなかったら、お前を女と感じる事はねぇもんな」

「なんだよ、シンバなんか——・・・・・・ま、いっかぁ。今日はいい天気だから、優しい気分なの。何言われてもへーきだよぉだ!」

ディジーはベッと舌を出した後、伸びをしながら、空気を一杯吸い込み、気持ち良さそう。

「ねぇ、シンバ。ディスティープル、見えないんだね。あれだけ高いだろうと言われている塔なのに、全然見えないねぇ」

ディジーは南の空を見上げている。

風がディジーのショートの髪を撫でて行く。

「・・・・・・お前さぁ、何故トレジャーハンターなんてやってんの?」

「私の事、知りたいの? 気になる?」

「そんなんじゃねぇよ!」

「私はシンバの事もっと知りたいけどな。ずっと旅を続けて来た事とか教えてほしいな」

ディジーの笑顔に胸の辺りがきゅうっとなる。見つめられると——・・・・・・。

「それってかなりオイラに気があるって奴? お前オイラの事好きなんだろ」

「うん、好きだよ」

照れもなく、即答するディジーに、やられたと思った。

シンバは溜め息を吐く。

「冷やかしにもなんねぇ言い方だな。嫌な人はいませんって言ってるようなもんだよ、ソレ。オイラは世の中嫌いな奴ばっかりだ。いや、嫌いなんて思う感情もねぇな。いてもいなくてもいい、オイラの邪魔にならなければ——、その程度かな」

「ローズ王女の事も?」

「好きだったさ、初恋だよ。でもさ、その気持ちが本物だったかどうか——。

本当に好きな奴ができたら、オイラ、旅はやめると思う。そうだろ? オイラは只、恋というものに憧れ、恋がしたかっただけ。多分、そう」

ディジーは何も答えない。

「ローズ王女に恋をする事はオイラの邪魔にならない人だから。もし相思相愛だったとしても、旅に付いて来る事もなく、旅をやめさせられる事もない。そう思ってたよ。だから王女が違う男と結婚すると聞いても、立ち直れない程の大きなショックはなかった。オイラはそういう嫌な奴なんだよ。笑えるだろ、いいぜ、バカ笑いしろよ」

シンバは、そう言って、ディジーを見る。

「なんにも知らずに、オイラを英雄と誉め称えて来る奴らの事も、オイラは何とも思っちゃいない。情もない。だからソイツらを殺そうと思えば、いつでも殺せる。ディジー、お前の事もな。オイラはそういう奴なんだよ」

シンバは、そう言うと、ディジーの反応を伺うようにジィーッと見つめた。

ディジーは表情を変えずに、

「よくわかった」

そう答えた。

シンバの方がピクっと表情を変え、わからないと言った顔をする。

「シンバは自分の事が嫌いなんだね」

「そんな事オイラ一言も言ってねぇだろ!」

「でも大丈夫」

「おい、オイラの話聞いてるのか?」

「シンバがシンバの事、嫌いでも、私はシンバの事、好きでいるから」

「——え?」

「シンバの分も好きでいるから。イッパイ好きでいるよ、世の中の人、全員がシンバを嫌っても、私が、世の中の人、全員の分まで、シンバを大好きでいるよ」

そう言った後、ディジーはにっこり笑い、

「バルは?」

そう尋ねた。

「え、あ、えっと・・・・・・広場」

「そう。じゃあ、そろそろオーソさんもシュロ君もレストランから戻って来る頃だし、私、バルを迎えに行ってくるね」

「おい、ディジー!」

「ん? 何?」

「・・・・・・ホテルに先に行ってるから」

「ん、わかった」

ディジーの笑顔は何も変わらない。いつものディジーの笑顔。

それはまるで何も聞いてなかったかのようで、何も言わなかったかのようだ。



その日はダジニヤで休み、次の日、プラタナスへと向かう事になった。

しかし、好奇心の強い奴等がディスティープルに行きたがる。

「ねぇ、あんちゃん、行こうよぉ」

「クルルルルルルルルル」

「ディジーさん、一緒に塔へ登ってみませんか。わたしは自分の運命を知ってみたくて、でも二人の運命を知る事になるやもしれませんでしょう? どうでしょう、塔に二人で登ってみませんか?」

オーソの口説き文句はストレートすぎるのか、回りくどいのか、そこら辺が難しい。

「シンバ? どうする? 行く?」

ディジーがシンバを見て尋ねる。

決定権が自分にあるという事は気分がいいものだ。

「まぁ、プラタナスへ行く途中にあるし、ディスティープルへ行ってみるか」

シンバは気分良くそう答えて、ディスティープルへと向けて出発する。

晴れた青空の下、バルーンは嬉しそう。

ディジーは——・・・・・・

気付けば、意味もなくディジーを見てる自分にシンバは首を振る。

——何見てんだよ、オイラは!!!!

人は自分の気持ちに何処まで嘘をつけて、それを運命と思う事ができるだろう——。



ディスティープルに着くと、しゃがみ込んで、地面をじぃーっと見ている変な男がいた。

タンタンヘアで、スタイルはブレザーを着こなしたトラッドタイプ。

ディジーは落ちていた眼鏡を拾い、

「あの、もしかして、これ、探してるんじゃないですか?」

と、その男に声をかける。

「あ、そうです! はい、すいません!」

男は頭を下げ、眼鏡を受け取る。

「はは、転んじゃって。眼鏡ないとよく見えなくて、どこに落としたのか、探してた所なんですよ」

「そう。見つかって良かったね!」

「はい、あなたの御蔭で・・・・・・」

男は眼鏡をかけ、ディジーを見た途端、急に言葉を呑み込んだ。

「あの?」

「・・・・・・かわいい」

「え?」

「い、いえ、なんでもありません。でもディスティープルで出逢うなんて僕達、運命を感じませんか?」

「はい?」

ディジーはきょとんと首を傾げる。

「あの野郎! 大人しい顔しやがって、わたしのディジーさんに!!!! 許せん!!!!」

そう言いながら、ディジーと眼鏡の男の間に割り込もうと走って行くオーソは、足に引っ掛かり、素ッ転んだ。

「なにするんだぁっ!!!! シンバァ!!!!」

「やめとけよ。別に怒るような事でもないだろ」

シンバがそう言うと、オーソはムッとしながら、ディジーと眼鏡の男を睨み見る。

「僕ね、時々ディスティープルを見に来るんです。知ってますか? ディスティープルは本当は低い塔なんですよ」

「嘘ぉ。だって先が見えないくらい高いよ?」

男は首を振り、ディジーと共に塔を見上げ、話始める。

「この塔の呼び名はディスティープルの他に二つあります。未完成の塔・バベルタワー、蜃気楼の塔・イリュージョンスティープル。人が歴史を残す、もっと前から存在する、この塔は誰が何の為に作ったのか、誰にもわかりません。神が人間を試す為に創ったなどと非現実的な事を言う人もいますが、意外と当たりかもしれませんよ。この塔自体、非現実的ですからね。

この塔は一階の天井迄の高さが3メートル程として、5階迄、約15メートルです。約ですから、念の為に後5メートルをプラスして20メートル。その高さが、この塔の本当の高さです。現に飛行プラモデルを塔の凡そ5階上辺り、地上から20メートル上をディスティープル目掛けて飛ばすと、スルリと通り抜けます。実際の飛行機などの乗り物で人間が操縦してという実験もしました。結果は同じです。つまりこの塔の20メートル先は幻影なんです。熱や冷気により、無い塔の景色が見える現象の一つです。理解できないのは5階以上、20メートル以上、上に登った者が沢山いると言う事です。幻を手に取り、触れる事など有り得るのでしょうか。だからこそ、この塔には、運命の塔・ディスティープルという呼び名が一番相応しいと僕は思うんです。登れる者は何処までも登れる。何時までも同じ階迄しか登れない者もいる。そして見上げるだけで中に入る事すら出来ない者もいる。僕のようにね——」

その時、眼鏡の男の腕時計のアラームが鳴り、男は時計を見た。

「もう戻る時間か。・・・・・・登るんですか?」

「んー、わかんない。なんだか終わりが見えて来なく思えちゃったし。あーあ、一番上迄、登れたら、お宝一杯あると思ったのになぁ」

「はは、お宝ですか、あるかもしれませんよ。天辺まで辿り着けた者は世界を手にすると言われてますからね。じゃあ、僕はこれで。また、是非、お逢いしたいです、その時はもっとゆっくり話せるといいのですが」

ディジーにそう言った男に、

「逢えないようにゴーストに呪わせてやる」

と、恐ろしい事を呟くオーソ。

男は手を振り、行ってしまった。

ディジーは振り向いて、シンバの傍へ来る。

「どうする? 塔の中、入ってみる?」

一応、そう聞いているが、ディジーの表情はワクワクしていて、入ろうよと言っているようなものだ。

「・・・・・・うーん、お前ら、平気でズンズン登りそうなんだよな。そうだな、適当な時間考えて下りて来るって事で、運試しでもするか」

シンバがそう言うのを待ってましたと、シュロが一番に塔に入って行った。

次にディジー、その後を追うようにオーソ、そしてバルーン、最後に——。

シンバは塔に入るのを躊躇った。

運命を手にする前に運命を見せられる塔——。

シンバの表情は明らかに怖畏。

——馬鹿馬鹿しい。運命がわかってたまるか!

シンバは塔の中へ入って行く。

この塔の中の景色はそれぞれ違うと言うが、事実だろうか——。

シンバが目にしたのは、壁、壁、壁、壁——。

これは迷宮。

大きなブロックが行く手を阻む。

蝙蝠の変異型と思われるビーストが現れる。

別に大した事はないが、血を吸われると厄介なので背後にも気を遣う。

——あ、ディジーだ。

初めてディジーの後ろを取った気がした。

遂にシンバが驚かす番が来たのだ。

しかし、ディジーの背後を襲ったのはビースト。

シンバは舌打ちをし、ビーストを斬る。

ディジーは振り向いてしまった。

「なんだ、シンバか」

「なんだはねぇだろ、助けてやったんだぞ」

「うん、有り難う」

一瞬、ディジーの笑顔に懐かしさを感じた——。

「なぁに?」

「いや、それより背後にも気をつけろよ。小型のビーストだと思って甘くみんな」

「はぁい」

「・・・・・・どうした?」

「え? なにが?」

「随分と素直じゃねぇか?」

「そぉ? 景色いいからかな?」

「え? 景色? お前、何見てんだ?」

「何って・・・・・・。迷宮?」

——なんだ、同じもの見えてんじゃねぇか。

「樹の迷宮。怖いくらいの木々だけど、ホッとするような緑。そして綺麗な花」

——違う、オイラが見てるものと違う・・・・・・。

「あ、あそこに石段の階段がある。シンバ、登る?」

——オイラには階段なんて見えない。

「行かないの? 私、ちょっくら次の階に挑戦してくるよ」

「あ、ああ」

ディジーはタタタタタっと駆けて行き、途中で止まり、くるりと振り向いた。

「実はねーッ、さっき、素直だったわけ、急にひとりぼっちな気分で寂しさに負けそうだったんだ。そしたらシンバが現れてくれた。だから嬉しかった! 変だね、ずっと独りで平気だったのに、今は独りだと寂しいなんて! んじゃ、また後で!」

ディジーは行ってしまった。

それからシンバも階段を見つけ、再び、ディジーと出逢う。



「わぁい、シンバ! はっけーん!!」



「あ、シンバ!」



「シンバ、シンバ! よく逢うねぇ」



「またシンバだぁーーーーっ!」



「シーーーーンバ! また逢っちゃったねぇ!」



「また、逢える?」



ディジーとは、その言葉を最後に全く逢わなくなった。

まるでシンバの前から姿を消したかのように——。

『また、逢える?』どうしてそう言ったのだろう?

『また、逢えるかもね』とかではなく、どうして、『また、逢える?』だったのだろう?

もしも、『逢えるよ』そう答えていれば、また逢えたんじゃないだろうかと、シンバは憮然とした態度だった事に後悔をする。

後ろから足音が聞こえ、

「ディジー?」

思わず、そう呼んで、振り向くと塔を登ってきた知らない男だった。

シンバは溜め息を吐き、これ以上登ってもディジーに逢えそうもないと戻る事にした。

塔を下りながらも、ディジーを探している自分に気付く。

——何やってるんだろう、オイラ・・・・・・。

塔から出ると、ディジーがバルーンと遊んでいる姿が最初に目に入って来た。

——なんだ、先に出てたのか。

「あ、シンバ! やっと出て来た! もー! 遅いよー! あのね、みんなねぇ、塔の中の景色が違って見えたんだって!」

ディジーが言いながら、シンバの傍へ駆けて来る。

——オイラの傍に必ず来てくれるんだな。

何故か心の底からホッとするシンバ。

オーソもシュロもとっくに塔から出ていた。

皆、どんな迷路(運命)を見たのだろう——。

「バルはどんな迷路だった? ていうか、みんな何階迄登ったの?」

ディジーはそれぞれの運命が気になるようだ。

「さぁ、遊びは終わりだ。プラタナスへ行こう」

シンバはそう言って、南へ歩き出す。

少し前のシンバなら、何も言わず、一人で歩き出していた。

これも運命だろうか——。



プラタナスはディスティープルから、更に南へ行った所にある。

未来的な建物をイメージするビル。

中は研究所の他に病院という施設もある。

自動ドアを潜り、中へ入ると直ぐに受付がある。

女性が二人座っている。

「すいません、ヤーツさんという方から荷物を預かってまして、その事で、パト・アンタムカラーという人に会いたいんですが」

「畏まりました。あちらでお待ち下さい」

受付の女性にそう言われ、シンバはあちらのソファに腰を下ろす。

ディジーもオーソも座るが、シュロとバルは興味深くキョロキョロしている。

暫くするとディスティープルで眼鏡を落として困っていた、あの男が現れた。

「あれ? キミって——」

と、ディジーは立ち上がって、男に驚く。

「アナタは先程の・・・・・・じゃあ弟の荷物を届けてくれた人っていうのは・・・・・・」

「それはオイラです」

シンバも立ち上がり、ペコリと頭を下げ、種子の入った袋を渡し、事情を話した。

「いやぁ、そうでしたか。全くヤーツの奴、こんな事迄頼むなんて、すいませんでした。

でもまた、アナタに逢えましたし、これは運命を感じちゃいますねぇ。改めて、僕はパト・アンタムカラー。ここの研究員です。アナタは?」

「私は——」

ディジーが名乗る前にオーソが、

「わたしはオーソ・ポルベニアだ!」

ズイっと前に出て、恐ろしい顔で二ヤリと笑う。

「・・・・・・はぁ。あ、ああ、彼女のお父様ですね!」

「誰がお父様だぁ!!!! 私は彼女の——・・・・・・」

オーソの勢いが途切れた。

「オーソさんは私の友達です」

ディジーがニッコリ微笑んで、そう答えると、オーソは友達なの?というように肩をガクンと落とし、一人、隅っこへ行き、しゃがみ込むと床に人差し指で何かを書き始めた。

「私はディジー・ブローシア。トレジャーハンターなの」

——おい、おっちゃんの行動は無視かい!

「トレジャーハンター! だからディスティープルの一番上まで登れたら、お宝があるかもなんて言ってたんですね。で、登ったんですか?」

「うん! でも一番上までは登れなかったよ」

仲良く話しをするディジーとパト。

シンバも少し離れて、ソファに座り直す。

「あんちゃんにまたまたライバル出現って奴?」

「クルルルルルルルルル」

シュロとバルーンが、シンバの耳元、小声で言った。

「何が? オイラはディジーの事なんて何とも思っちゃいねぇ。そりゃおっちゃんだろ」

「俺は別におねえちゃんの事でライバル出現って言った覚えはないよ」

シュロは言いながら、ディジーの所へ行き、

「おねえちゃん、俺、喉渇いちゃった」

と、嘘のように子供らしい笑顔を見せる。

「じゃあ、ジュースでも買いに行く? バルもおいで」

ディジーはシュロとバルーンを連れて行ってしまった。

「ああ、なんて女らしく可愛い人なんだ」

パトは行ってしまうディジーを見ながら呟く。

そんなパトを隅っこでオーソは睨みつける。

——どいつもこいつも!!!!!!

シンバは苛立ちと共にスクッと立ち上がった。

「どちらへ?」

「え、あ、オイラ、そうだな、アイツ等、ジュース買いにどこまで行ったんだろう、えっと、じゃぁ、アイツ等が戻って来るまで、色々と見学させてもらってもいいですか?」

アイツ等、つまりディジー達を追い駆けようと思ったが、そう言えなくて、何故か、興味もないのに見学させてもらおうとしているシンバ。

「なら、僕が案内しますよ。えっと・・・・・・」

「シンバ・フリークス。ビーストハンターとして旅をしています」

「シンバ・フリークス? あのビーストハンターの!? そうですか、あなたがあの最強の男と言われるビーストハンターですか!・・・・・そうは見えませんね。でも嬉しいな! あのシンバ・フリークスに逢えるんて! 僕の事はパトと呼んで下さい。言葉使いも普通でいいですから。さぁ、こちらです!」

本当に興味もないが、やっぱり案内される事となった——。

「凄い設備だね」

「うん。いろんな研究が行われてるけど、今、僕が研究してるのは突然変異について——。

僕はね、元に戻したいんだ。ビースト達を。凶暴過ぎないビーストに戻したいんだ」

「——元に戻す?」

シンバは首を傾げ、聞き返す。

「昔、動物達は人と共存していた。緑多き、この星は多くの命に恵まれ、植物も動物もそれなりに大人しくあったんです。今のようにビースト同士が意味もなく殺しあったり、人を恐れず、襲い出したりなどなかったと聞きます。実際、僕はまだ生まれていない遠い昔の話ですから、ビーストが全く凶暴ではなかったとは言い切れない。でも事実、動物は面影を残し、変異型として姿形も凶暴となっている。植物までもが——」

「植物!?」

また聞き返すシンバにパトは頷く。

そしてパトはヤーツからの種子を取り出した。

更に、それと同じ種類の種子を手に持っている。

「これはヤーツが育てた花の種子と森の中で取って来た自然な花の種子です」

言いながらパトは硝子の扉の中へと入って行く。

シンバも、その部屋に入ると、驚いた。

「——ディジーの花畑け」

一面に広がるディジーの花。

「シンバさん、この花を知っているんですか? そうですね、どこにでもある花ですから。

外をウロウロしていて、この花を目にしない者はいない。今、この星に一番多くある植物です。根は浅く、広く土の中に巡らし、大地に広がったんです。どうぞ、こちらへ来て下さい」

言われた通り、パトの傍に行くと、そこには変なカプセルが並んでいる。

パトはそのカプセルを開け、中にある土に種子を埋めた。

その隣のカプセルにも種子を埋め、そして、小型生命体のモルモットを入れ、カプセルを閉じた。

「これはね、プラントプランターと言ってね、植物の成長を早める機械なんだ。右がヤーツから貰った種子。左が自然で取れた種子。まぁ、見てて下さい」

シンバはカプセルの中を覗き見る。

二つのカプセルの中で、同時に成長をし、ピンクの可愛らしい花が咲いた。

しかし左側のカプセルの中のモルモットが狂い出し、そのままピクピクしながら死んでしまった。

「え? なんで?」

「通常、植物とは二酸化炭素を取り入れて酸素を出します。しかし植物は毒ガスを吐くようになった。これが植物の変異、凶暴化です」

パトは自分で、そう言った癖に、左のカプセルを平気で開けた。

「うわっ」

シンバは急いで鼻と口を押さえる。

「大丈夫ですよ。ディジーの花があるでしょ」

「——!?」

「ディジーの花は毒ガスを取り入れて、美しい酸素を出してくれるんです」

——ああ、それでディジーの花をこんなに。

シンバは室内にある花畑けを見回す。

「でもディジーの花は減ってきてるんです。ディジーの花がなくなれば、僕達は終わりです。ですから、その前に——」

「パト、どうしてヤーツさんから貰った種子の花は毒ガスを吐いてないんだ?」

カプセルの中で、モルモットは生きている。

「昔、この星に異状が起きました。それは目に見えない異変の始まりでした。ある一つの衛星がこの星に接近したんです。その衛星は、この星の引力とその衛生の引力で偶然にも、ある一定の距離をおいて、約一ヶ月で、この星をひとまわりします」

「——月?」

「当たり。そう、その衛星は月。第二の月」

「第二? 第二って? 月は一つだろ」

「第二の月は距離的に目に見えないんです。しかし、その第二の月の光は、この星に届いています。最初からある月は勿論、目に見えて、光を放っています。その二つの月の光が合わさる、その光の事を僕達はティルナハーツと呼んでいます。ティルナハーツを浴び続けると生物は理性を破壊され、凶暴になる。つまり、ヤーツがくれた種子は月の光を全く浴びていないからなんだ」

——ティルナハーツ・・・・・・!?

「理性とは物事を考え、正しく判断する能力です。それが失われると強い者でも弱い者でも、誰でもいいから無差別に殺そうとするんです。つまり生物の中にあるライフサイクルを狂わす事です。何れ、己をも殺す事を考えるでしょう。ビーストや植物など、そういった野生的生命体は理性というものが少なく、ティルナハーツに犯されてしまうんですよ」

「人間も犯されてしまうのか?」

「それはありませんよ。人間は理性の強い生物ですから。そうだな、子供は多少、心を動かされる者もいるでしょうが、やはり、自分の妙な考えは狂っていると理解してますよ。人間が凶暴になるとしたら、大人なら六つ以上の月の光が、子供なら四つ程の月の光が必要です。但し、フルムーンの時の月の光を浴びたら、の話です。人間はそう簡単に理性は壊れませんよ」

——なんだ、そうか・・・・・・。

「ティルナハーツに犯される、犯されないという事より、このままだと近い未来、人間はこの星に住めなくなります。恐ろしいビースト、毒ガスを吐く植物——。

だから今、第二の月を破壊する為のレーザーキャノン砲を造ってるんですよ」

パトがそう言い終わるのと同時に、

「パト、受付にいる人達、キミの知り合いだろ?」

と、男性が一人、部屋に入って来た。

「トルトさんと揉めてるみたいだぞ」

その台詞を聞いて、

「すいません、何やってんだ、あいつ等!」

シンバは直ぐに謝ったが、

「いや、悪いのはトルトさんの方ですよ」

と、パトがそう言った。

「シンバさん、一度、受付に戻りましょう」

「あ、あぁ」

パトの言う通り、受付に戻ると、白衣を着た男とディジーが言い合いをしている。

シンバの頭が痛くなる。

「おい! なにやってんだよ、やめろ! お前は誰彼構わず喧嘩売る奴だったのかよ! おっちゃんも注意くらいしろよ!」

シンバがオーソに吠え、

「しかしだな、シンバ——」

オーソが何か言おうとしたが、

「言い訳は聞きたくねぇ!」

と、シンバは更に怒鳴った。

するとディジーが怒りを露わにした表情でシンバを睨む。

「私は誰彼構わず喧嘩なんてしないよ! それにオーソさんは悪くない! 事情も知らない癖に、私達が悪いと決めつけて、吠えたり怒鳴ったりするな! バカっ!」

「バカァ!?」

「私達を一方的に悪いって決め付けるからバカって言われるの!! バカっ!!」

「バカバカ言いやがって!! んなもんなぁ、聞かんでも、お前等が悪い!!!!」

「じゃあ、あんちゃんはバルが解剖実験されてもいいって思ってるんだ」

シュロが一人、冷静な声色で言った。

「解剖?」

シンバは問いながら、白衣の男を見る。

「君が、その翼竜の本当の持ち主かい? いやぁ、そんな丸々とした竜、初めて見たよ。解剖してみたくてね。私にくれないか」

「——いい加減にして下さい、トルトさん」

パトがそう言うが、トルトはパトなど見ていない。じっとシンバを見ている。

「君のほしいものはなんだ? 私のほしい、その翼竜と交換しようじゃないか。金か?」

シンバはバルーンを抱いているディジーに、

「だってさ、どうする?」

面倒そうに聞いてみる。

「駄目!!!!」

思った通りの答えが返って来た。シンバはトルトを見る。

「だとよ。バルは渡せねぇよ。それにオイラがほしいものなんて、あんた用意できねぇよ。オイラは金なんていらねぇ。あんたがバルを解剖してみたいのと同じで、オイラは人間解剖してみてぇ。用意なんてできねぇだろ、殺してもいい人間なんて」

トルトはそう言ったシンバの前にズイっと来て、じぃーーーーっと気味が悪い位、見つめた後、込み上げて来る衝動を抑えきれず、喉の奥で笑い、そして、

「ひゃーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっ」

遂に狂笑が溢れ出た。そして、

「君から強い月の光を感じるよ」

そう言って、トルトは、その場を立ち去った。

——月の光・・・・・・?

「シンバってホント最低! 私達を悪いって決め付けて怒鳴って! ちゃんと謝ってよ!」

「あれはお前が悪い」

「どうして私が悪いの!」

「お前が——」

——他の男と口喧嘩してるのが腹立だしかったから。

「私がなによ!?」

「オイラが悪かったよ! これでいいんだろ!」

「なにその謝り方! 最低!!!!」

「別にお前みてぇな女に最低とか言われてもオイラは何とも思わねぇよ!」

「最低っ!!!! 最低最低最低最低最低最低サイテー!!!!」

「うるせぇな!!!! この胸デカ星人!!!!」

「なにそれ!? バカドスケベ!!!!」

「バ、バカ、バカドスケベだとぉ!!?」

「まぁまぁまぁ、お二人共、落ち着いて。トルトさんなんかを原因に喧嘩なんてする必要ありません。あの人、ちょっとおかしいんですよ、頭脳指数は最高なんですけどねぇ・・・・・・わかるでしょ? そういう人って、ちょっとどこか浮世離れし過ぎてて・・・・・・」

パトがシンバとディジーの間に入ったが、シンバとディジーは互い背を向けてしまった。

「あ、あのシンバさん、こんな時になんですが、実は、僕、少しの間、休暇とってまして、その間に行かなきゃいけない所があるんです。でもちょっと遠くて、銃は持ってるんですけど、やっぱりビーストが現れたらって考えると怖いんです。ボディガードとして一緒に来てくれませんか? それとも何処か旅する予定ですか?」

「いや、別に。いいよ、ボディガード」

「本当ですか? 良かったぁ」

「で? 何処へ行くんだ?」

「はい、グリティカンです!」

パトが悪気なく、そう答えた時、シンバの頭の中に浮かんだ嫌な男の顔——。

「——・・・・・・グリティカン?」

「はい、レーザーキャノン砲のパーツを買いに行くのと、エアーバイクの修理を頼んでおいたので直ってたらソレも取りに」

シンバは首を左右にブンブン振った。

「ダメダメダメっ! グリティカンだけは絶対に行かない!」

「ええ!? そんな、どうしてですか。さっきはボディガードしてくれるって言ったのに!」

パトは泣きそうな表情をする。

「シンバって嘘はつかない、約束は守るとか言って、嘘ついてるじゃない。嘘つき!」

「あんだとぉ! お前には言われたかねぇ! オイラは嘘はつかねぇし、約束は守ってる!」

「だったらグリティカンに行くんだよね?」

「ああ、行ってやるさ!!!!」

そう答えてしまったシンバ。

ディジーは勝ち誇るように、ふふふんと鼻で笑っている。

「良かったね、パトさん。シンバ、グリティカンに連れて行ってくれるって」

「はい! 有り難う御座います! ディジーさん!」

——くそぉ! ディジーの奴! やられた。

グリティカンには苦手な男がいる。

メカ工房で働くセージ・アセルギウムという男——。

9年前、セージから逃げ出し、その後、一度もグリティカンには行っていない。

——頭、割れそうんなってきた・・・・・・。

シンバは額を押さえ、頭痛に悩む。

オーソはパトが一緒に来るのが不愉快そうに、一人ブツブツと口の中で文句を言っている。



そして、プラタナスから西にあるシーラポートへと来ていた。

ここで客船に乗り、ウェッシャーポートに向かう。

客船のゴールドチケットがうまく手に入り、夜の船旅御一泊となりそうだ。

「ディジーさん、僕と一緒にカジノで遊びませんか? このコイン一枚で」

パトはコイン一枚、指で弾き、パシッと受け取めて、ディジーを格好良く誘っている。

「はんっ! そんなコイン一枚で何ができると言うのだ。スロット一回で終わりだ」

オーソはパトに憎まれ口を叩く。どうやらパトと対立しているらしい。

「幸運の女神ディジーさんがいれば、コイン一枚で充分なんですよ!」

「なんだと! この眼鏡猿!」

「何ですか! 熊さん!」

——眼鏡猿に熊さんかぁ。言えてるなぁ。

なんて感心してる場合ではない。

「おいおい、船ん中で揉めんなよ。みんなでカジノに行けばいい事だろ」

オーソとパトの間に立つシンバ。

「あれ? 僕のディジーさんは?」

「誰がお前のだ! ディジーさんはわたしのだ!」

「おねえちゃんなら、とっくにカジノに行ったよ」

シュロがそう教えると、二人共、一目散にカジノに向かった。

「あんな女のどこがそんなにいいのかねぇ」

シンバのぼやきに、

「自分の胸に手を当てて、聞いてみれば?」

シュロがそう言って笑っている。

「あのなぁ、シュロ。何度も言うようだが、オイラはディジーなんか好きじゃねぇんだよ」

「ふぅん。で? あんちゃんはカジノに行かないの? おねえちゃんいるよ?」

「・・・・・・お前、オイラの話、聞いてるか?」

「俺、あの2人も好きだけどさ、やっぱ、一番はおねえちゃんが好きだし。あんちゃんの事も一番好きだ。だから二人の応援したいだけだよ。俺の一番の推し同士が引っ付けばいいなぁってね。じゃ、俺、先行ってんね」

なんだソレと思うが、カジノに向かうシュロを黙って見送るシンバ。

バルーンはペット扱いで、動物はもしもの凶暴性を考え、檻に入れられて運ばれる。

シンバは・・・・・・やはりカジノに向かう事にした。

ルーレットの場所で、ディジーとパトが人に囲まれている。

パトはディジーの隣で何やら計算し、運を当てている。

全て命中らしい——。

「あの眼鏡猿、一枚のコインで本当に増しやがった。でも計算など使いおって、ズルだ!!」

オーソは気に入らないようだ。

「やったぁ! パトさんの言う通りの所に賭ければ本当に当たるんだね! すごい、すごい、すごーーい!!!! 天才! ホントあったまいーーっ! キャー!! また当たった!!」

ディジーの嬉々とした悲鳴に、オーソは顔をプルプルと震わせている。

——おっちゃんの顔、すっげぇ怖ぇぇっ。

兎に角、シンバもみんなの傍へ行く。

「おねえちゃん、俺、腹減った!」

「よし! この儲けたお金で客船の一番高そうなレストラン行こっか! なんでもオーダーしていいよ、シュロ君!」

「マジ!? 俺、フィレステーキ!!!!」

「オッケー!!!! 私も食うぞぉ!!!! 肉もデザートも全部頼んじゃうぞぉ!」

「ヤッター!!!! さっすがおねえちゃん!!!!」

シュロとディジーは食べる事に、はしゃぎまくる。

その時、一人の女性の登場にシンと静まった。

横に切れ目の入った長いタイトスカートから、美しい脚が見え隠れし、白い太股には蝶をデザインした刺青。何とも色っぽい大人の女。

「余り食べると折角のプロポーションが台無しよ? 結構太りやすい体質なんじゃなくて? 可愛いお嬢さん」

ディジーは私?という風に自分を指差す。

「あたし、この客船のカジノのディーラーをしております。ローべ=リアカーディ=ナルスです。ディーラー名、ロベリア。主にカードを担当しており、先程から、あちらのテーブルでお客様の幸運を見ていました。どうでしょう? あたしと一勝負してみませんか?」

長い髪をアップにしているが、落ちた髪がまた色っぽく、項がセクシーすぎて、男共は生唾を呑む。オーソとパトは別だが——。

ディジーは返事に困り、パトを見る。

「その勝負受けましょう。僕達には幸運の女神、ディジーさんがついてるんですから!」

ロベリアはそう言ったパトにクスッと笑う。

「このお嬢さんが幸運の女神なら、あたしは無敵のヴィーナスって所かしら。勝負はポーカー。あちらのテーブルで待っていますわ」

ロベリアが行ってしまった後、

「いい女だなぁ」

そう呟いたシンバの向こう脛を、ディジーがガツンと蹴り付けた。

余りの痛さにシンバは飛び跳ねる。

「いってぇーーーーっ!!!! なにすんだよっ、このブスっ!!!!」

「もう一遍言ってみろ、シンバァ!!!!」

オーソが物凄い勢いで胸倉を掴んで来た。いい所を全てパトに持っていかれて最大級に機嫌が悪いのだ。

「は、ははは、冗談だよ、本気にすんなよ・・・・・・」

シンバは苦笑いで言いながら、チラっとディジーを見ると、ディジーはあっかんべぇをしている。

——あの女、いつか殺す!!!!

「いいか、シンバ! 冗談でもディジーさんをブスなどと言うな! いいな!」

「は、はぁい」

そう返事をすると、オーソはやっと胸倉を離した。シンバはふぅっと溜め息を吐く。

気付けば、今、パトが何処からか戻って来た。

トイレでも行っていたのだろうか——?

そしてロベリアが待つテーブルに向かう。

シンバ、シュロ、オーソは後ろで見物。

ディジーが座り、パトが隣に立ち、指示を出す。

ロベリアは慣れた手付きで鮮やかにカードを切る。それだけでも見物客は増える。

「賭け金は持ちコイン全て。一発勝負であたしが負けた場合、コインのダブルアップとレストランで好きな物を好きなだけご馳走するわ。どう? コイン全て賭けれる?」

ロベリアは余裕の笑みを見せる。

「いいでしょう。その代わり、カードはこちらで用意したものを使ってもらいます」

まさかのパトのセリフ。ロベリアのポーカーフェイスが一瞬崩れた。

「さっき買って来たばかりのカードです。カードが違うと何か困る事がありますか?」

「——いいえ」

ロベリアはカードを受け取る。

変わらずポーカーフェイスを装っているが、ロベリアの高いヒールがコツコツと苛立ちを叩いている。

そして、5枚のカードが配られた——。

「ねぇ、幸運の女神さん、私ね、カードの他にも得意なものがあるの。占いなんだけど興味ないかしら?」

ロベリアの今の状況に関係のない突然の話に、パトが、

「その手に乗りませんよ、如何様する気じゃないんですか、ディジーさん無視です!」

と、カードに集中するが、

「女神さんは、恋をしているわね、その相手は、この仲間の中にいるわ」

そのロベリアの発言に、ディジーもパトもオーソも、

「えっ!」

と、声を揃えて出した。

「本当なんですか、ディジーさん! それは、つまり、その、僕なんて事あります?」

パトはカード勝負を見失ってしまった。

「眼鏡猿! 自惚れるな! 大体、仲間の中でと言ったであろう。ディジーさんが恋をしている相手は、わ、わ、わたし——、兎も角、眼鏡猿などではない!!!!」

「僕だってディジーさんの仲間ですよ! 大体熊さんはディジーさんに友達とはっきり言われてたじゃないですか。なのに、まさか自分だなんて思ってるんじゃないでしょうねぇ。それこそ自惚れですよ!」

「なんだとぉ! この眼鏡猿!」

「なんですか、熊さん!」

「おいおい、占いにマジになるなよ」

シンバが、パトとオーソの間に入り、その場を収めたのに、シュロが余計な事を言う。

「占わなくても、そんなのわかりきってるよ。おねえちゃんが恋してる相手はあんちゃんだ」

「えええええええええええええええええええ!? シュロくーーーーん!? 何言い出すの、キミは!!!!? ビックリしちゃったよ!! ええええええええええええええええ!? ないないない!! そんな訳ない!!! 絶対にないんだから!! 恋とか、そんなの!! そんなのないから!! こんな奴はね、こんな奴は普通だよ、普通!!!!」

——普通って嫌いと言われるより傷付く。

「オイラだって、こんな女、お断りだ」

「なにその言い方!!!!」

「なんだよ、断ると言ってねぇだろ、お断りと丁寧に言ってやっただろ」

「そういう事じゃなくて、シンバの癖に私を断るなんて、バカじゃないの!!!!」

「癖にって何だ、バカって何だぁ!?」

「だってバカじゃん」

「お前、オイラにバカって何回言えば気が済むんだ!? オイラはバカじゃねぇ!!」

「まぁまぁまぁ、カードゲームに戻りましょうよ、ね、ディジーさん」

パトが、シンバとディジーの間に入る。

気付けば、ロベリアの苛立ちのヒールを叩く音が失せていた——。

ディジーの手の中の5枚のカード。

ディジーがパトを見ると、パトは頷いた。

「——フォーカード」

ディジーがテーブルにカードを並べた。

ロベリアは勝利の微笑を浮かべ、

「ロイヤルストレートフラッシュ」

と、5枚のカードを並べた。

「そんなバカなっ!」

パトが思わず声を上げる。

「あたしの勝ち」

「こんなのおかしい! 占いとか何とか言って僕達の気を逸らし——」

パトの目の前のテーブルにカードが一枚、突き刺さり、パトは言葉を失った。

「それ以上言うと名誉毀損で出るところ出てもいいのよ。素人相手にあたしが負ける訳ないじゃない」

パトは何も言い返せなかった。

「おねえちゃぁん、腹減ったよぉ」

嘆くシュロに、ディジーはシンバを見る。

「ったく! しょうがねぇなぁ。おっちゃん幾ら持ってる? オイラの持ち金と合わせりゃぁ、みんなでフィレステーキ食えんじゃねぇの?」

「金はある! しかし眼鏡猿には奢らん!」

「僕はいいですよ」

「パトさんがいいなら、私もいい。一人食べないで、みんな食べるなんて嫌だもん」

ディジーに奢らなければ、オーソには意味が無いのだ。

「眼鏡猿、仕方あるまい、奢ってやろう。幸運の女神に見離されたのだからな」

パトはムッとするだけで言い返せず、皆、オーソに奢られる事となった。



カウンターバーのある高級レストラン——。

——オイラ、こんなとこで食うの初めてだ。

「こんな所で食べるの、私、初めてーーーーっ!」

無邪気の喜ぶディジーと密かに喜ぶシンバ。

「いやぁ、ディジーさんが喜んでくれるなら、わたし、毎日、高級レストランに案内しますよ」

オーソは調子に乗っている。

5人はカウンターの近くのテーブルに座った。

「あら、あなた達。さっきはどうも」

ロベリアが現れ、カウンターに座り、

「マティーニ」

と、ボーイに頼んだ。

「ロベリアさんって美人で、すっごくカッコイイ」

足を組み変え、カウンターに座っているロベリアにディジーは惚れ惚れする。

「あら、有り難う。お嬢さんもとてもキュートよ」

「えへへ、キュートだって」

ロベリアの言った事を真に受け、ディジーは照れながら、シンバに言った。

「言い間違い、聞き間違い、真に受けるバカ」

「なにそれ!? バカにバカって言われたくないんだけど! シンバのドバカ!!!!」

「ドバカぁ!?」

「やめないか、シンバ! お前が悪い!」

——おっちゃんはいつもソレだ。

しかし、ここはオーソの奢り。シンバは舌打ちをしながらも静かに大人しくなった。

「ところで、シンバさんはビーストハンターとして有名ですけど、人々をビーストから守る旅をしてるんですか?」

食事が運ばれてくる迄の他愛ない話をパトが切り出した。

「まさか。オイラの旅は人を探してる旅。そうだ、パト、知らないか? 赤髪で剣を武器にしているビーストハンター」

今、ロベリアが持っていたグラスを落とし、ガシャーーーーンと割れた。

一瞬、静まる。

「あ・・・・・・えっと、それだけではちょっと。あの、名前とかはわからないんですか?」

「わからない。オイラを助けてくれて、オイラに剣をくれて——。名乗らずに消えた格好いい男なんだ」

シンバがパトに、そう話をしている今、ロベリアが、シンバの真横に立ち、

「貰った剣はクリムズンスター?」

怖いくらい、真剣な表情で問い掛けた。

「——何故・・・・・・知ってる? お前は誰だ?」

シンバは何か知っているロベリアに恐れ戦いている。

それはまるで知っていてはならないかのように——。

ロベリアはシンバの両肩を勢い良く鷲掴んだ。

「いつ? 何処で会ったの? お願い、教えて! アルは——、アルファルドは何処?」

「——お前、その男の知り合いか?」

急に席を立ち、オーソがロベリアに、そう尋ねる。

すると、ロベリアはシンバの肩から手を離し、オーソをジロリと見た。

「ちょっと待てよ。そのアルファルドって、オイラが探してる赤髪の男の名前なのか?」

「あなた、アルに会ったんじゃないの? だったらどうしてクリムズンスターをあなたが持ってるのよ。それはアルの——、アルファルドが手に入れたものなのよ!!!!」

ロベリアは興奮してシンバに怒鳴り出した。

「答えて!!!! アルに会ったんでしょう!!?」

「・・・・・・そのアルファルドって人がオイラの探してる赤髪の男かどうかはわかんねぇけど、もしも同一人物なら、今から10年前、もうすぐ11年前になるかな・・・・・・。

——逢ったよ。

今はもうない、オイラの故郷マウレク村が恐ろしいビーストに襲われた時、赤髪の男がオイラを助けてくれたんだ。そして——」

「嘘よ!!!!」

「・・・・・・嘘? 何が嘘だって言うんだ。オイラは嘘なんて言ってねぇ!!!!」

「いいえ、嘘よ。だってアルが人を助けるなんて考えられない。だってアルは——・・・・・・。アルファルドはモンスターだもの!」

「モンスター!?」

シンバは驚いて聞き返すが、ロベリアは俯いたまま、黙り込んでしまった。

「——なら、あんたが言うアルファルドという男とオイラが探してる赤髪の男は全くの別人だ。赤髪の男はモンスターじゃない。オイラを助けてくれ、オイラが生きる為にクリムズンスターを託してくれた。だからオイラは今生きている。生きて、いつか赤髪の男に逢う為にオイラは旅をしてるんだ」

「あなた、クリムズンスター、装備できるの?」

ロベリアは顔を上げ、シンバを見つめ、言った。

「いや、装備は——」

「そうよね。クリムズンスターは呪われし暗黒剣。モンスターにしか装備できないもの」

「いい加減にしろ!!!! モンスターじゃない!!!! お前の知人とオイラの命の恩人を一緒にするな!!!! それにクリムズンスターは装備できなくてもオイラのお守りなんだよ! それを呪われてるだの、暗黒剣だの、妙な事言うな! 今度言ったら間違いなくぶっ殺す!」

怒鳴り散らすシンバの声と殺す発言に、レストラン全体が静まる。

「——あんちゃん、なんか変なの。落ち着いて考えてみなよ。あんちゃんの命の恩人の赤髪の男と、アルファルドって人は、クリムズンスターという共通点がある限り、全くの別人とは言い切れないよ。それにモンスターって聞いただけで、何がどうモンスターなのかわからないのに、あんちゃんは赤髪の男がモンスターと理解してるみたいだよ。理解してて、態と否定してるみたいだ」

シンバはシュロを睨み、それから乱暴に席を立つと、ロベリアを突き飛ばして、その場を去った——。



船の客部屋でベッドに寝転がり、その後、カジノやショーなどを見たり、船内をウロウロしたが、苛立ちが止まらず、シンバはデッキに出て、夜の海を眺めていた。

「——何か用か?」

振り向かず、ディジーが背後にいる事を悟る。

「うーーーーん・・・・・・でも探しちゃった」

そのディジーの口振りから、驚かそうとする気は全くない事がわかる。

ディジーはシンバの横に立ち、海を見るが、暗すぎて波の音しか聞こえない。

「美味かったか? 肉」

「食べてない」

「なんで?」

「言ったでしょ、一人食べないで、みんな食べるなんて嫌だから、私もシンバと一緒で食べてないんだ」

「ホントに食わなかったのか!?」

「うん、ホントに食べてない。シンバのせいで」

「またオイラのせいかよ」

「だってシンバのせいでしょ?」

「——何か用で来たんじゃねぇのか?」

「うん、あのね、ロベリアさん、シンバに付いて行くって、アルファルドって人に逢えそうだからって言ってた。それだけ・・・・・・」

「へぇ、勝手にすればいい」

シンバは溜め息混じりに、そう答えた。

強い風と潮の香りと波の音——。

「まだ何か用か?」

「ううん、ただ、シンバと一緒にいたいんだ」

「なんで?」

「ひとりぼっちは嫌な時ってあるでしょ?」

「オイラはそんな事思ってねぇから——」

「私が! 私が今、一人になりたくないの!」

「・・・・・・みんなの所に行きゃぁいいだろ」

「じゃあ、シンバも一緒に行く?」

シンバは黙り込み、沈黙が続く。

「ねぇ、シンバ、何考えてる?」

「——別に」

「私はね、シンバ、元気ないなぁって考えてた。あ、見て? 変顔! 面白くない? もう一回するよ?」

「・・・・・・お前さぁ」

「うん? 何? ナニなにナニ?」

「慰め方、ヘタだな」

「何それ!? 変顔までしてあげたのに! じゃぁシンバは上手なの? どうせ慰めた事もないくせに!」

——コイツ、やっぱり慰めてくれてたのか。

「腹減ったな」

「え?」

「何食う?」

「え?」

「オイラのせいで肉食わなかったんだろ? 奢ってやるよ。でも金に限りあるかんな」

「うん!!!!」

ディジーはシンバの腕に腕を絡ませる。

「おっちゃんやパトと出くわしたら腕組むのはやめろよ? というか素早く解け?」

「どうして?」

「どうしてって——、ま、いっか」

「うん、いい、いい!」

「なぁ、ディジー」

「なぁに?」

「オイラ、慰めるのうまいだろ」

「只、腹減ってただけの癖に何言ってんだか!」

「なんだとぉ!?」

「あ、私、食い損ねたフィレステーキ食お」

「金に限りあるって言っただろ、人の話を聞け!!!!」

「デザートは苺のムースとミルフィーユ」

「何勝手に2つ頼もうと考えてんだよ!!!!」

「——とフルーツシャーベット」

「おい!!!!」

「あはは、シンバ、怒ってる怒ってる」

「当たり前だ!」

「良かったぁ、シンバ、いつものシンバに戻って。そうやって怒ってるシンバのがホッとする。黙り込んで怖い顔して何か考えてるシンバを見てると、不安になる。一人でどっかに行っちゃうんじゃないかって思うから」

「別に・・・・・・どこにも行かねぇし」

「うん!」

笑顔で頷くディジーにシンバの表情も柔らかくなる。

簡単ではないから、絆が深くなっていきそうな二人——。

客船は穏やかな夜の海をのんびり行く——。



次の日、客船はウェッシャーポートに着く。

ロベリアはディーラーの仕事に当分の休みを貰い、シンバに付いて行く。

ウェッシャ—ポートは観光で賑わう港街。それよりもセントヒルタウンのサンライストリートの市場の方が買い物もでき、大勢うろつくにはいいだろうと、そこに移動を決めた。

ウェッシャ—ポートからそう遠くはない。



大きな街、セントヒルタウン——。

「グリティカン迄の距離、まだかなりある。野宿などの事も考え、わたしは食料などを買いに行こう」

と、オーソはサンライストリートに向かう。

「僕も本などでも見てきます」

パトも市場に行くようだ。

「あたしもヒールじゃあ旅は疲れるから、もっと長距離用の靴でも探してみるわ」

ロベリアも行ってしまう。

シュロとバルーンはとっくに走り去ってしまったし、気付けば、ディジーの姿もない。

皆、自由行動となる。

シンバもサンライストリートに向かった。

花屋、パン屋、果物屋、衣服屋、本屋、骨董屋、アクセサリー屋、武器屋、食料品屋など、沢山のテント市場が広がる。

アクセサリー屋でディジーを見かける。

「ディジー?」

「あ、シンバ、見て、このルビーのピアス。可愛い! ね、買って?」

「なんでオイラが!?」

「いつかアクセサリー買ってくれる約束だったじゃない。ね? 今、これ買って!」

「オイラはお前に似合うアクセサリーを買うと言ったんだ。果たしてこのルビーがお前に似合うと言えるだろうか?」

ルビー特有の真っ赤な輝きは、ディジーの白い肌に似合うだろう。

太陽と白い花のように——。

だが、シンバは意地悪ばかり言う。

「大体、宝石が似合う女か? お前が」

「——わかった」

その返事は驚いた。いつものように歯向かって来ると思ったからだ。

「お、おい、ディジー、わかったって——」

「私には高級アクセサリーが似合うもんね」

「はぁ!?」

「これくらいなら自分で買える値段だし、シンバにはもっと値段の高いものを買ってもらう事にする!」

そう言いながらも、ルビーのピアスを見つめているディジー。

——コイツ、本当にほしいんだ・・・・・・。

ディジーはシンバにベッと舌を出し、あっかんべぇをして何処かへ行く。

シンバはディジーがいなくなった後、ルビーのピアスを見る。

値段も本当に大した事はない。

でもトレジャーハンターをしているディジーが、こんな小物を本気で欲しがるだろうか?

——そういえば・・・・・・。

ディジーは手に入れたトレジャーをどうしているのだろう。

金も余り持ってない様だが。

でも本当は金も宝石も沢山持っていて——。

『シンバ、本気でこんなピアス買っちゃったの? シンバってバカだねぇ』

なんて言われ、笑われるんじゃないだろうか。

そんな事を考えながらも、シンバはルビーのピアスを買ってしまった——。

「別にアイツがほしがってたからじゃねぇぞ。高い奴を買わされるなら安い方がいいし、早いところ約束を守っとかなきゃ、色々とうるさいし、こういう事は手っ取り早くすませときたいからだ」

一人で何を言っているのだろう——。

衣服屋でロベリアを見る。

「あらシンバ、ねぇ、この服どお?」

——靴はどうしたんだ、靴は!

骨董屋でオーソを見る。

「おお、シンバよ、この美しい絵画が500ゲルドとは安いと思わぬか?」

——食料はどうしたんだ、食料は!

花屋でパトを見る。

「あ、シンバさん。さっき、ディジーさんが花を買って行ったんです。ディジーさんって花が好きなんですかね、でも毒ガス吐くしなぁ・・・・・・」

——勉強する本でも黙って見てるかと思えば!

皆、本気で自由に行動をとっているようだ。

しかし、ディジーは何故、花を買ったのだろう。

そして今、何処にいるのだろう。

パン屋の前でシュロとバルーンを見る。

「いい匂いだね、あんちゃん」

「クルルルルルルルルルルル」

——コイツなら聞けば素直に教えてくれそう。

「なぁ、ディジーは何処だ?」

「え、おねえちゃん? おねえちゃんなら、さっき花束持って、この道、真っ直ぐ行ったのを見たよ?」

「そうか。ああ、これでパン買っていいぞ。バルと仲良く分けろ?」

シンバはシュロに100ゲルドコインを一枚渡す。

「有り難う、あんちゃん! バル、来いよ!」

「クルルルルルルルルルルル」

シンバはディジーの後を追い、道を真っ直ぐに行く。すると市場から出てしまった。

静かな住宅街——。

井戸端会議をしているおばさん達——。

「ねぇ、ブローシアさんの所の、あの娘さんが帰ってるらしいわよ」

「まぁ、あの好き勝手して、自分を引き取ってくれた祖父の面倒もみないで殺してしまった子でしょう? 恐ろしい子よねぇ」

噂話は時に残酷で、好きではない。

シンバはディジーの姿を探し、真っ直ぐに行く。やがて孤児院の教会に着いた。

シスターが沢山の孤児を引き連れて、歌いながら市場の方へ向かう——。

一人の神父が、それを見送っている。

今、シンバと神父の目が合った——。



「そうですか、ブローシアさんのお友達でしたか。ええ、彼女は、この街の住人には忌み嫌われてまして・・・・・・、お恥ずかしい話です。悪いのは全て運命——。

彼女が元々住んでいた町がビーストに襲われ、彼女一人生き残ったんです。

それでこの街に住む祖父に引き取られて来たんですが、彼女はこの街の子供達に馴染めなくて虐められていました」

「ディジーが虐められていた!? まさか!」

「本当の事です。何故なら、虐めた本人がボクですからね。そんなボクが聖職の道を行くなんて、これも運命でしょうか——。

彼女は祖父から武術を学び、この街を出て行きました。病気になった祖父を一人置いて。いえ、祖父が行かせたのでしょう。全く笑わなくなった彼女を、この街に置いておくのは残酷だったんです」

——ディジーが笑わなかった!?

「しかし、彼女が街に戻って来た時には祖父はもう亡くなっていました。祖父と住んでいた家も墓を造る為にと、街の者達が勝手に売り、想い出は焼き払われていました。

彼女に帰る場所はなくなったんです。しかし、彼女は時々、祖父の墓参りに、この教会に立ち寄り、その時には宝石などを孤児の為にと寄付してくれるんです」

神父の話が、真実か嘘か、墓に祈り続けるディジーを見れば、直ぐにわかった。

神父は長い話の後、シンバを墓場の方に通してくれたのだ。

祖父の墓には買って来たばかりの花束が飾られている。シンバが背後にいるにも関わらず、ディジーはまだ祈り続けている。

「いつまでも祈ってたって生き返んねぇよ」

「・・・・・・シンバ。どうして?」

「どうしてここにいるのかって? そりゃぁ、お前を驚かす為だ。どうだ、行き成り背後に立たれて驚いただろ! 気持ちわかったか!」

「う、うん、ちょっとびっくりした」

シンバはディジーの隣に座り、墓石に軽く祈りを捧げた。

「なぁ、お前、家族を探してるみてぇな事言ってたな。生まれ変わっただろう両親や祖父を探してんのか? やめとけよ。そんなの広い世界、一人で見つかんねぇよ」

「どうしてそんな事言うの!? おじいちゃん、言ってたもん! お父さんやお母さんは、きっと元気な私を見たいだろうから見せておいでって、旅に出してくれたんだもん! ゴーストに堕ちなかった者は、きっと次に生まれて来るからって——!」

「それはお前の爺さんが、お前に笑顔を取り戻してほしくて、そう言って旅に出させたんじゃねぇのかな。実際、生まれ変わってても、もう姿形も違うし、前世なんて記憶にも残っちゃいねぇ筈だ」

「だから探すなって? なら私はどうしたらいいの? 行き場所もなく、どうしたらいいの? だったら私の生まれ故郷がビーストにやられた時に、私も死ねば良かったんだよ。生き残りたくなんかなかった!」

「生き残っててくれなきゃ困るだろ、オイラが」

「え?」

「お前がいなかったらオイラが一人になるじゃねぇか。ずっと一人になるじゃねぇか」

「シンバ?」

「運命だったんだよ、お前が生き残るのは。いい運命じゃねぇか」

「なに言ってるのかわかんないよ・・・・・・」

「わかんねぇ? わかれよな、ずっと一緒に行こうって言ってるんだよ」

「え?」

「一緒に行こう、ずっと——」

「ずっと・・・・・・?」

「ああ、ずっと。お前、言ってただろ、オイラの傍にずっといるってさ。だから、オイラもずっとお前の傍にいてやるよ」

「・・・・・・嘘ぉ。どうしてそんな事・・・・・・言ってくれるの・・・・・・?」

「勘違いすんなよ? 只、仲間も悪くないかなって思い始めてる。一人でもやっていけるさ。でも、いるなら、いても悪くないって、そう思い始めてる。お前の爺さんの墓に祈っちまったしなぁ。お前の笑顔、曇らせたら、オイラ、爺さんに祟られそうだ。知ってるだろ? オイラ、ゴーストは苦手なんだ」

ディジーは涙をポロポロ落とす——。

「探すなとは言わない。只、オイラにも手伝わせてくれよ。赤髪の男を探す序でだ。な? ずっと一緒に行こう?」

ディジーは小さくコクンと頷いた。

ディジーが泣いたところは初めて見たが、祖父が見た事もない笑顔を、オイラは知ってるんだなと、誰も知らないディジーを知っているような気がした。

「おい、何時まで泣いてるんだよ、爺さんの前だぞ、オイラ祟られたらどうするんだ」

「シンバが泣かすような事言うからじゃんかぁ! それに嬉し泣きだから祟られないよ」

「そうか・・・・・・それならいいのか・・・・・・?」

「あはは」

「なんだよ、もう笑うのか、忙しい奴だな」

教会を後にし、皆を集め、ホテルへ向かう。

ディジーは何もなかったように、シンバと口喧嘩をし、シンバも何も変わらずにいた——。

しかし、セントヒルタウンという大きな街にも、赤髪の男の噂も手掛かりもなかった。

シンバ以上の強さだろう男が、伝説にも英雄にもならず、悪名さえ語られず、何をしているのだろう。

ロベリアが言うアルファルドが本当に赤髪の男なのだろうか——!?

次の日、グリティカンに向かう為、双子山の登山となる。

別のルートはエアーカーやエアーバイク、スクーター、又はホバー船などの乗り物でなければ通れない道。

ヒッチハイクも、こうも人数が多いと乗せてくれないだろう。

双子山の釣り橋、ディジーがはしゃいでいる。

「あははー、おっもしろーいっ!」

「いやぁ、ディジー、揺らさないで頂戴!」

ロベリアはバルーンのシッポを持ち、一歩一歩、慎重に釣り橋を渡る。

バルーンは迷惑そうだ。

そして日は暮れていき、野宿となる。

また、日は昇り、暮れていき——、双子山を越えれたのは3日後の事。

それから更に一週間。

グリティカンが見えた。

シンバの嫌な思い出が蘇る。

どうしてこうも嫌な思い出なのに記憶から消し去れないのだろう。

あの男の声が耳から離れない。

グリティカン迄もうすぐそこ——。

メカ工房のオイルの匂いが漂い、鼻に絡みつく。シンバの記憶は更に蘇る。

「なぁパト、もうここでいいだろ?」

「え? シンバさん? また長い道程、戻るんですか? グリティカンで乗り物に乗せてくれる人を探した方がいいですよ? 僕はエアーバイクが直ってたら、それで帰れますけど・・・・・・」

「いや、いい。オイラは歩いて戻る!」

シンバがグリティカンから、くるりと背を向けた時、背後にいた誰かと思いっきり打つかり、そのまま倒れ、尻餅をついた。

「・・・・・・いってぇ」

「痛ぇだと!? このクソガキ。打つかっておきながら、そりゃあねぇだろ、ああ!?

しょうがねぇなぁ。打つかって来た奴が倒れるなんて馬鹿な話あるか? ほらよ、立て」

そう言ってシンバに手を差し伸べた男——。

白いタオルを頭に巻き、意味もなくサングラスをして、顎には無精髭。左耳には幾つ物ピアス。そしてメカ工房の作業服——。

——全く9年前と変わってねぇ・・・・・・。

セージ・アセルギウム。確か今年で38歳。

「どうした? 早く立たねぇか」

「——あ、大丈夫、一人で立てます」

シンバはなるべく顔を伏せながら答えた。

「そうか?」

セージは差し出された手を大人しく仕舞う。

——そうか、セージ、オイラの事、わかんねぇんだ。そうだよな、9年も前だもんな!

シンバは心の底からホッとする。

「——それじゃあ・・・・・・」

シンバは立ち上がり、そそくさと立ち去ろうとした時、

「待ちやがれ」

ドッキーーーーーーーーーーン!!!!

シンバはゆっくりとセージに目を向ける。

「おい、あれはお前の連れの女か?」

セージは、ディジーとロベリアを見ている。

——始まった、セージの悪い癖。

「ヒュー、いい女じゃねぇか、ええ!? こっちのねえちゃんのオッパイとこっちのねえちゃんのチラっと見える太股。いいねぇ」

セージはディジーとロベリアをサングラスの奥の目で、どう見ているのだろう。

恐らく健全な見方はしていない。

「ちょっと!!!! ジロジロと見ないで頂戴!!!!」

ロベリアが怒鳴ったが、

「おお、怒った顔もセクシーでいいねぇ」

と、セージは引かない。ロベリアの方が一歩身を引いてしまう程だ。

「貴様ぁ! いやらしい目でディジーさんを見るとは許さんぞ!!!!」

そう吠えたオーソの額にガツーンとスパナが打っ飛んできて、オーソは白目を向いて、ズドーーーーンと後ろへ引っ繰り返り、倒れる。

「お、おい、大丈夫か? おっちゃん?」

シンバの問いにオーソの返事はない。

——女でもないのに、セージに吠えるから・・・・・・。

仕方ない、オーソの運命はここで終わったと思い、兎に角、一刻も早く、この場を立ち去ろうと考えるシンバ。

「パト、それじゃぁまたな」

シンバがパトに別れの手を上げた時、

「俺様に挨拶はなしか、ええ!? シンバよぅ」

セージは片手でスパナを器用にクルクル回し、そう言った。

「——オイラを忘れてねぇのか、セージ・・・・・・」

セージは二ヤリと笑う。

「忘れたくても忘れられねぇだろ、何せ、お前は寝——」

「うっわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」

突然、シンバは大声で叫びながら、セージに走り寄る。

「いっやぁーっ、久し振りだな、セージ! 相変わらず若いなぁ、うん、若いよ、若い!」

「おう、若いのはいつもだぜ。お前こそ相変わらず寝——」

「うっわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!! 紹介するよ、セージ。ディジーとロベリアだ。二人共、セージ好みのいい女だろ?」

「おう、確かにいい女だぜ。でもよぅ、こんないい女が、よくお前と知り合いになれたなぁ、何せお前は寝——」

「うっわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!! セージ、すいませんでした! オイラが悪かったです、許して下さい、本当、反省してます、もう勘弁して下さい!」

「おう、わかればいいんだぜ。いいか、シンバ、先ず俺様に挨拶しねぇってのは良くねぇ。ここへ来たら俺様が一番偉ぇんだ。そうだろう? シンバ? ええ!?」

「ご最もです!」

シンバはセージに絶対服従の姿勢を見せる。

「あんちゃん、何なんだよ、このおっさんは」

「うわっ、バカッ、おっさんとか言うな! 嘘でもおにいさんと呼べ!」

咄嗟にシュロにそう教えるシンバの後頭部をスパナでガンっと殴りつけるセージ。

「いってぇ!!!!」

「シンバ、嘘でもってなんだ、ああ!? 俺様はどっからどう見ても好青年のおにいさんだろ。その大鎌持ったガキもお前の連れか? 教育がなってねぇ。そんなだから、お前は11歳にもなろう歳で寝小便しやがるんだ」

——倒頭、消去したい過去をみんなに聞かれてしまった。ああ、誰か、助けて・・・・・・。

シンバは恥ずかしくて、頭を抱え込む。

「11歳にもなるって時にオネショしてたの? シンバったら、あのビーストハンターのシンバ・フリークスなのに? あははは、最強の男って言われてんのにね! 世間的マイナスイメージだよ!」

ディジーが言いながら大爆笑。すると、白目を向いて倒れているオーソ以外、皆、笑い出した。バルーン迄も笑って見える。

「笑うなーーーーっ!!!!」

シンバは吠えた後、キッとセージを睨み見た。

「大体、オイラが寝小便しちまったのは、セージ!!!! お前のせいなんだよ!!!! 何かとオイラの頭をスパナでガンガン打ちやがって!!!! 仕舞いにゃあ、夢にまで登場してきやがる。幼気なオイラに寝小便垂れる他に何ができる! 見ろ! お前にスパナで殴られた傷、まだ残ってんだぞ!!!!」

シンバは前髪を掻き上げ、額の髪の生え際にある古傷を見せた。

「そんなもん、唾つけ足らなかったんだろうよ。いいか、シンバ、寝小便垂れて、俺様のベッドを汚した挙げ句、そのままトンズラしやがって、偉そうな事言ってんじゃねぇってんだ。こちとら手が早いのは生まれつきだ。それが嫌だってんなら、寝小便垂れるめぇにずらかっとけってんだ、そうだろう? 俺様の言い分は間違ってるか?」

——何も言えない。というか、セージが怖い。

「ところで今更なんの用でグリティカンに来た? 昔、働いた分の給料をよこせってんなら断る。ありゃぁベッドのクリーニング代として俺様が頂いといた」

「あ、あの、シンバさんは僕が頼んで一緒に来て貰ったんです。機械パーツを幾つか買いに来たのと、僕のエアーバイク、修理を頼んでおいたのですが、直ってますか?」

「・・・・・・あのエアーバイクはお前のか。おう、直ってるぜ、エアーバイクの修理はたった一台しか来てなかったからな」

「本当ですか、良かったぁ、早く直って」

「おう、改造して置いてある。バッチリだ!」

「・・・・・・改・・・・・・造・・・・・・?」

訳のわからぬ不安にパトの表情は青冷める。

「おう、ついて来な、こっちだ!」

歩いて行くセージを見ながら、パトはシンバの腕にしがみついた。

「シンバさん! お願いです! 一緒について来て下さい! 僕、なんだか、あの人、怖いんです、とっても!!!!」

「オイラだって怖いよ」

「僕のエアーバイク、無事ですよね!?」

「そう祈るしかねぇだろ」

「ああ、僕のバイク高かったのにぃ!」

パトは泣きそうになっている。

「なにやってんだ、早く来い! 食っちまうぞ」

セージが大声で吠えた。何を食うかは意味不明だが、セージなら食うだろうと確信できるから、また恐ろしい。

「ねぇシンバ、オーソさんどうする? まだ白目向いたまま倒れてるけど?」

ディジーはオーソを揺さぶって意識を取り戻さそうとしているが、起きそうにない。

クリティカルヒットしたのだろう。

「とりあえず置いとけよ。お前がおっちゃんの貴重品だけ持って行けばいい。おっちゃんの武器とか重くて誰も持って行かねぇだろうから、そのまま置いておけ。今はセージに従うのが先決だ」

ディジーはコクンと頷いた。

そしてシンバ、パト、ディジー、シュロ、ロベリア、バルーンはゾロゾロとセージの後を追う。だが、そこにエアーバイクを見る者は一人もいなかった。

「・・・・・・あの・・・・・・これは・・・・・・?」

「最新の技術を取り入れたエアーバイクだ!」

セージは自信たっぷりにパトに答えた。

「あの・・・・・・、僕の目にはホバー船に見えるんですが、気のせいですよね・・・・・・」

「気のせいじゃねぇけど、気にするな」

「・・・・・・て事はやっぱりこれはホバー船? 気にするなってそんなの無理ですよ! エアーバイクとホバー船って全く違うじゃないですか! ええ、確かに空気を底から吹き付け機体を浮き上がらせ走るのは同じかもしれません、でも見た感じも大きさから言って全く違うのに気にしない訳ないですよ! これは本当に僕のエアーバイクだったんですか? かけらも似た所がないじゃないですか! 酷過ぎます!」

「うるせぇなぁ、おい。買ったらエアーバイクよりホバー船のが高いんだ」

「そういう問題じゃないですよ。第一、僕はホバー船の免許を持ってませんし、操縦もできません。という事は動かせないんですよ!」

「そいつは心配いらねぇ。ホバー船の操縦は俺様ができる。コイツは俺様が動かす」

そう言ったセージを訳がわからず、パカーンと口を開けて、只、見つめているパト。もう何を喋っていいのか、わからない様子だ。

「そいつはどういう意味なんだ? セージ」

パトの変わりにシンバが問う。

「ああ!? 俺様はよぅ、これからページェンティスに行かなきゃなんねぇ。ビースト避けの大砲を造る為のパーツの注文があってな、配達に行くんだ。いつもの配達人は俺様がちょっと殴っただけで、もう3日も眠ったままでよぉ。しょうがねぇだろ、俺様に全くの責任が無ぇ訳じゃねぇからよぅ、目覚める迄の間、俺様が配達してやんねぇと」

「ちょっと待てセージ。それとパトのエアーバイクの改造とどう関係があるんだ」

「シンバ、お前は理解力のねぇ奴だな。俺様がエアーバイクなどと言うちまちました乗り物に乗れると思うか? 俺様が乗るんだぞ、ホバー船でも小せぇくらいだ」

「だからって何もパトのバイクを改造する事ないだろ。配達人が使う安いバイクを改造すりゃあいい事だろうが!」

「安いパーツでホバー船が造れるか!」

「セージ、見失ってるぞ! パトは客だ!」

「見失ってるのはお前だ、シンバ。いいか、世の中の女は全て俺様のもの。俺様のほしいものは俺様のもの。ルールは俺様が決める。この世の正義は俺様だ」

——そうだった・・・・・・。

セージのテリトリーに入ると、そこは全てがセージの理屈で動くセージワールド。

——オイラ達は今セージワールドにいるんだ・・・・・・。

シンバはガクンと力を失くす。

——終わった・・・・・・。

「ページェンティスへの出発は明日だ。シンバ、お前も俺様のホバー船に乗せてやろう」

「俺様のって、一応パトのだろ」

「何言ってやがる。操縦できねぇもんは俺様のものだ。それに実は既に俺様のものと決めてたんだ。密かに名前もつけた。ハイ・ラティルス号だ!」

密かにつけたにしてはイキ過ぎた名だ。

配達するという理由も無理矢理だ。恐らく、理由などなく、ホバー船がほしかっただけだろう。

パトは——、いつの間にか死んでいる。

「いい船だろう? 一人で乗るのは勿体ねぇと思っていたところだ。明日の朝、ここへ来い。シンバ、お前とその仲間らしき者を船に乗せてやろう。ディジーとロベリアは俺様のものだから、これからは何処でも一緒だ」

——行き成り呼び捨てかよ! しかもセージワールド入り過ぎてて意味不明なんだよ!!

「おい、聞いてんのか? わかったな?」

「あ、ああ」

シンバには頷くしかできなかった。

「おっと、それからハイ・ラティルス号には触れんじゃねぇぞ! これはもう俺様の船なんだからな!」

セージは、魂を吐きかけているパトに、そう言って、行ってしまった——。

「パト? しっかりしろ? 大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、シンバさん。ははは、僕の少ない給料で月々引かれてるんです。バイクのローン、まだまだ続くんです。ははは、無理して、凄い高いバイク買ったのに、ははは、ここの修理代、いえ改造代は、やはり僕が払うんでしょうか? ははは。ははははははは。

僕、パーツを買いに行ってきます・・・・・・」

パトがセージワールドに犯され、壊れてしまった——。

フラフラしながら歩いて行くパトが、今、この世で一番不幸な運命を背負った男に見える。

——何もできない不甲斐ないオイラを許してくれ、パト。

「あんちゃん、あのおっさ——、いや、セージって人と、どういう知り合いなの?」

シュロの質問に、ディジーとロベリアとバルーン、みんながシンバを見た。

シンバは嫌な記憶を思い出しながら、話し出した。

「オイラが10歳、11歳頃、旅の途中、立ち寄ったのが、ここグリティカン。

その前に立ち寄った町がビーストに襲われてて、女の子を救って、その女の子に礼を言われた事が切っ掛けでビーストハンターになって、人を救う為の殺しをしようかなって考え始めてた頃だったから、名は売れちゃいなかった。だから金はねぇし、腹は減るし、休める場所はねぇし、泣きてぇし、そんな時、ここでセージに出逢った——」



マウレク村を出てから、一年二年、あっという間に過ぎたが、まともな町や村には一度も辿り着けず、子供の足では一日に歩く距離も知れているし、地図さえなく、只、彷徨っていた。やっと着いた町もオイル臭く、ずっとろくな物を口にしていないオイラの空腹の腹には気持ち悪いだけだった——。

——あ、パン食ってる・・・・・・。

白いタオルを頭に巻いた、サングラスの男がオイラの目の前で大きなパンを食べている。

オイラが涎ダラダラで見ていると、

『食え。腹減ってるんだろ。お前、孤児なのか?』

男は優しい口調でパンを差し出して来た。

オイラはパンを奪い取るようにして、男の手から貰い、がっついた——。



「案外いい人なんだね、セージさんって——」

そう言ったディジーをシンバは睨み見た。

「いい人だと!? その時、オイラはセージの罠に既にはまっていたんだ」

そう、あのパンをくれた男がセージでなければと、過去の事ながら悔やむ運命だった——。



『ありがとう、おじさん』

パンを食い終わり、礼を言ったオイラの頭を行き成りスパナでガツンと打っ叩き、

『誰がおじさんだぁ!? ああ!?』

と怒っている。

『あ、ありがとう、お、おにいさん』

『よぉし、じゃあ来い』

『え? 来いって?』

『貴様、只で飯が食えると思ってんのか? 今、工房は人が足りねぇんだ。ガキの手もほしい位にな。働くのが嫌なら、俺様にいい女を紹介しろ。さもなくば素っ裸にして山ん中に放り出すぞ!』

働くしかなかった——。



「逃げ出したかったさ。でも昼の労働はセージに扱き使われ、スパナでガンガン殴られ、夜になると怖くてベッドで毛布にくるまってると、疲れて自然と眠ってしまい、気付けばまた地獄の一日が始まるんだ。そんな日々が過ぎて、ある夜、セージが夢に出てきた。あの夢は恐ろし過ぎて、言葉では説明できねぇ。それで目が覚めたら漏らしてて——。

セージに殺されると思った。でも逃げるチャンスだったよ。真夜中に起きれたんだから。セージも隣の部屋で鼾かいてた。オイラはクリムズンスターを背負い、素早く身支度をして、もう二度と来るまいと、グリティカンを出たんだ。やっとセージから逃げ出せた——」

「トラウマ的な凄い話だわね。でも、あの男、あれでも人間でしょう? 人間としていい所はないの?」

ロベリアの問いにシンバは考え込み、そして思い出して答えた。

「酒も煙草もしないんだ。それくらいかな?」

「お酒も煙草も好きそうに見えるのに。ちょっと意外」

ディジーがそう言った。

「——ていうか、セージあれで少年気分でいるんだ。酒や煙草を美味いと思うようになったらオヤジだって。俺様は健全、安全、好青年だからよぅって、いつも言ってた」

「不健全、危険、エロオヤジの癖に、本当、図々しい男ねぇ」

ロベリアがそう言うと、皆、力強く頷いた。

その日は、オーソも何とか目覚め、パトも本の少し元気を取り戻し、グリティカンのホテルで休んだ。

次の日、約束通り、皆、ハイ・ラティルス号がある場所に集る。

少し遅れて来たセージが、

「よし、ページェンティスに向けて出発だ! 俺様に続け!」

と、一人張り切っている。

「あ、あの、ちょっと待って下さい! 僕、プラタナスへ——」

「ああ!?」

「——い、いえ、何でもありません・・・・・・」

パトはセージにハッキリと言えなくて、そのまま俯くと、ディジーがクスクスと何やら嬉しそうに笑い出した。

「ディジーさぁん・・・・・・」

「ごめん、ごめん。だってね、パトさんとはグリティカンでお別れかなって思ってたから、まだ一緒にいれると思うと嬉しくて」

ディジーは笑顔でホバー船に乗り込んで行く。

「ディジーさん、それって、つまり——」

今、ディジーを追い駆けようとするパトを思いっきり突き飛ばし、ホバー船に乗るオーソ。

そして倒れてしまったパトを態となのか、踏んづけて、

「あ、悪りぃ」

と、全く悪気のない謝り方をして、ホバー船に乗り込むシンバ。

「なんなんですか! シンバさんまで! 何故僕だけこんな酷い仕打ちを受けなきゃなんないんですか!」

パトも泣きながらホバー船に乗り込む。

「クルルルルルルルルルルル」

バルーンはモタモタしているシュロを待っていたが、遅すぎると、先に乗り込んだ。

「シュロ、何してんだ、早く乗れよ」

ホバー船の窓からシンバがシュロを呼ぶ。

「・・・・・・ページェンティスに行くの?」

「ああ、らしいな。どうした? 何か都合でも悪いのか?」

「・・・・・・別に」

シュロは暗い表情でホバー船に乗った。

「全員乗りやがったな、よっしゃーーーーっ! 出発するぜぇーーーーっ!」

セージは張り切り声を上げる。

そんなセージをディジー以外は、皆、ムスッとした表情で睨んでいる。

特にシュロは暗く、難い表情で、溜め息ばかり吐いている。

「どうしたんだ? シュロ?」

「どうしたの? シュロ君?」

シンバとディジーが、様子が変だとシュロに話しかける。

シュロはシンバとディジーを見て、深い溜め息を一つ。

「あんちゃんとおねえちゃんっていいよね。運命の二人って感じだ」

「はぁ!? シュロ、お前、本当に変だぞ?」

そう言ったシンバに、シュロはまた溜め息。

「ねぇ、シュロ君。ページェンティスって言ったら宗教文明の強い所だから、大きな教会があるって聞いたよ? 一緒にこれからの運命がうまくいくようにって祈ろっか?」

そう言ったディジーにも、シュロは溜め息。

「ページェンティスに行く事が俺の運命、空廻ってんだよ——」

ルピナス王の息子として生まれたシュロ。

生まれた時から運命は決まっていたのに、変わってしまった。

もう王子ではなくなったのだから——。

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