3. 仲間

「おっちゃん、おっちゃん、朝だ、起きろ」

「うん? うう・・・・・・もう朝か」

「ああ。オイラ、もう行くから」

「ちょっ、ちょっと待て、一緒に行くよ!」

オーソはガバっと起き上がった。

「いいよ、金なら払っとくからさ」

「そうではない! わたしはシンバと共に行動をとる! ディジーさんに逢えそうだからな!」

「はぁ!? ああ、まあ、誰が誰を好きになろうと自由だが、オイラと一緒に来たって、あの女には逢えねぇよ。別にあの女とは知り合いじゃねぇし、きのう初めて出逢っただけだから」

「そのようには見えなかったぞ?」

「それは、あの女が太々しい態度だからじゃねぇか? 兎に角、オイラは誰かと一緒になんていれねぇよ」

「何故だ?」

「意味なんてねぇよ、只、嫌いなんだよ、群れるの」

シンバはクリムズンスターを背負い、出発の準備を整え、部屋を出て行く。

「まっ、待て! わたしも行く! お前と共に行くぞ! 絶対にディジーさんに逢える気がするんだ! 霊能力者の勘をなめるなよ!」

——勝手にしてくれ。

これ以上、何か言うのも面倒だと思った。

オーソは適当に支度を済ませ、シンバを追った。支度といっても槍を背負う位だ——。

「おーーーーい! シンバーーーーっ! ・・・・・・ハァ、ハァ、歩くの速いな」

一人でいたいのだ、早歩きにもなる。

「どこへ向かうのだ?」

「北」

「北?」

「ウィンロウの町で翼竜を貸して貰い、違う大陸へ行く。言ったろ、ちょっと約束があるから向かう所があるって」

「そういえば、そんな事を言っていたな。しかしウィンロウ迄遠いじゃないか。その約束というのは間に合うのか?」

「あぁ、まぁね。それより、酒場で会ったあの少年、ついて来てると思う? それとも行く方向が同じなのかな?」

シンバに、そう聞かれ、オーソは後ろを振り向く。そして、ぎょっとする。

「おいシンバ、あの武器は・・・・・・嘘だろ?」

そう、信じられない程の大きな鎌。死神が扱うような禍々しさもあり、恰も少年が扱える代物とは思えない。その少年の背丈よりも倍大きいのだから。

しかし、シンバはその鎌をどこかで見たような気がしていた。

——思い出せない。

思い出せないという事は大した記憶ではないなと、気にする迄もなく歩いて行く。

北へ向かう為のトンネルが人だかりで中へ入れない。

人を掻き分け、中へ入ろうとするシンバに、

「中には恐ろしいビーストがいて危険だ。今、旅の戦士が倒しに入ったから、もう暫く待った方がいい」

と、人々が止めに入ったが、

「うぎゃああああーーーーーーーーっ」

と、トンネルの向こうから男の悲鳴が聞こえ、

「——もう暫くって、どのくらい?」

シンバの、その質問に、人々は黙りこくった。

シンバはトンネルへと入って行く。オーソも、あの少年も、シンバに続く。

トンネルを進むと、途中で3つの道に分かれており、

右、ダカリス城方面

真ん中、ルピナス城方面

左、グリオニア城方面

と、なっている。シンバは迷わず真ん中の道を行く。そしてあの少年も——。

ビーストなど一匹も出ず、もうすぐ出口という時だった。

背後からタタタタタっと走る足音が聞こえ、振り向こうとした途端、

「わぁっ!!!!」

と、あの声と共に、背中を思いっ切り突き飛ばされ、シンバは岩壁にベターーーーンとぶつかった。

「ありゃ、力入れすぎちゃった。ま、いっか。どうせシンバって面の皮厚そうだもんね」

顔を押さえながら、シンバはディジーを見る。

楽しそうに笑っているディジー。

「お前なぁ! もうちょっとマシな登場はできねぇのかっ!」

そう吠えた後、鼻血が溢れ出た。

「見ろ! 鼻血でたろ!」

「あはは、鼻血も滴るいい男になれたじゃん」

「ぶっ殺されてぇか、てめぇーーーーーーーーっ!!!!」

「じゃあね」

吠えるシンバの横をスルリと抜け、ディジーは何やら急いで行こうとする。

「ディジーさん! このトンネルには危険なビーストがいるみたいですから、わたし達と、いえ、わたしと一緒に出口まで行った方が安全かと思います!」

オーソがそう言うと、

「大丈夫だよ、だって私、今、そのビーストに追われてるんだもん。ビーストハンターさん、後よろしく」

ディジーはヘラヘラ笑いながら、そう答え、手を振り、出口へと走って行った。

「何が後よろしくだ! 態々ビースト呼んで来んじゃねぇ!!!!」

「なぁ、シンバ」

「ああ!?」

「お前と共に行けばディジーさんに逢える気がするって、当たったろ?」

「やかましいっ!!!!」

シンバの怒りは頂点を越す。

「ねぇ、ビースト、もうそこ迄来てるよ? 戦闘準備しなくていいの?」

あの少年が、シンバとオーソを見上げ、そう言った。

自分は鎌を下におろし、高見の見物らしい。

シンバは鼻血をズズッと啜り、腰のソードを抜いた。オーソも槍を構える。

向こうから向かって来たのは、鼠の変異型と思われるビーストが2匹。

バトルスタート。

シンバは一匹を容易く倒し、二匹目へと走る。

オーソの出番はなさそうだ。

シンバは残った一匹を、そう簡単には殺さず、バトルを楽しみ始めた。

ビーストの身体の割には小さな前足を斬り落とさず、態々、抉り落とした。

ビーストの叫びが、シンバには心地良く、次は内臓を抉り出し、引き摺らせて走らそうと、それでも生かす事を考える。

そんな残酷なシーンを少年は食い入るように見つめている。

今、ビーストが激痛と死のカウントダウンに最期の攻撃に出た!

待ってましたと、シンバは微笑したが、何と、ビーストは少年目掛けて突進する。

——しまった!

少年の一番近くにいたオーソも間に合わない。

ぼんやりとしていた少年は、向かって来るビーストにハッとする。そして——

ビーストは断末魔なく、落ちた。

大きな鎌で、ビーストの肉を一気に斬り刻んだ少年。

鼠の変異型と言っても、体長5メートルはある。ビーストの中でも小型だが、それを少年が一人で、一瞬の内に倒した。

「——鎌鼬みてぇ」

シンバの、その呟きに、オーソも頷く。

少年はシンバをジロリと見て、

「あんちゃん、噂通り強いんだな」

低い声のトーンでそう言った。

「——お前程じゃないよ」

シンバは刃に付着したビーストの血を振り切り、剣を腰の鞘に納めた。

そしてシンバは出口へと向かい、歩き出す。

オーソも、そして少年もが、シンバの後に続く。少年は一体何を考えているのだろう——。

やっと日の光を浴び、北東にあるルピナス城へと行く。しかし着いた場所は荒れ果てた地。

「ルピナス城が・・・・・・崩れ落ちてる・・・・・・?」

信じられない光景だった。

ルピナス城には兵士も多くいて、武器も装備も、そう悪くはなく、戦力は全てにおいて整っていた方だ。

それが——。

「——3日前、狼の変異型と思うビーストがルピナスを襲ったんだ」

少年が俯いて、そう言った。

シンバは少年が持っている大鎌が何を意味するものなのか、漸く思い出した。

「お前、もしかしてシトロか? それともシュロ? どっちだ?」

「——あんちゃん、俺の事知ってるの?」

「ああ、ルピナス城の双子のプリンスだろ? お前はオイラの事、覚えてないのか? 無理ねぇか、オイラがルピナスに立ち寄ったのは7年も前だからな。で、どっちなんだ? シトロか?」

「・・・・・・シトロは3日前に死んだ」

「そうか・・・・・・」

悪い事を聞いてしまったと、シンバはそれ以上、何も言えなくなる。

オーソは荒れ果てた地に休める場所を探しに行く。

「でもよくわかったね。7年も昔の俺と今の俺って変わってるだろ? それなのに、どうしてルピナスの王子だって気付いたの?」

「ああ、お前が持ってる鎌だよ。それ、ルピナスの王の間に飾られてたルピナスのシンボルだろ? そんなもの持ち出せるとしたら、ルピナスの王族しか手にできないだろうなって思ったからさ。嘗て、王が自慢していたよ、これは王族の誇りを意味する鎌だってな」

シュロは小さく頷いた。

「でもお前、大きくなったよ。7年前はもっと小さくて、王を困らせてばかりの悪戯小僧だったんだぞ」

「俺はもう12歳だ。悪戯する年でもない」

シュロの声は低く、大人びている。

「12歳、か。オイラがルピナスへ来た時と同じ年だ。そう考えると、オイラが12歳だった時に比べ、お前、シッカリしてるよ」

「シッカリなんてしてないよ。一人じゃなにも出来ない。それなのに今迄、王子というだけで、偉くいた自分が恥ずかしくて、何て小さな人間だったんだろうって思ってる」

「それに気付いたお前が凄いよ」

「——あんちゃんは何歳からビーストハンターとして旅をしてるんだ?」

「8歳の頃から」

「8歳!?」

シュロが初めて高い声を出して驚いている。その表情はまだ子供らしい。

「おーーーーーーい!」

オーソが遠くで呼んでいる。休めそうな場所を見つけたのだろう。

その夜は壊れそうな砦で休む事となった。

オーソは早くから鼾を掻き始める。

シュロは砦の窓から、今はもうないルピナスの城下町を見つめている。

「——眠れない程、哀しいのか?」

シンバがそう問うと、

「別に」

在り来たりの強がった答えが返って来たが、

「強がってる訳じゃないよ」

と、シュロは哀しい笑顔で改めてそう答えた。

「——あんちゃんさぁ・・・・・・」

「うん?」

「自分が殺される所って見た事ある?」

シュロは真顔で面白い事を言う。

「オイラは生きてるし、例え、今殺されるとしても、第三者じゃねぇと自分が殺される所ってのは、ちょっと見れねぇと思うなぁ」

「——俺はあるんだよね。

3日前、ルピナスがビーストに襲われ、目の前で、そのビーストがシトロを喰らったんだ。人間ってさ、意外と頑丈なんだ。身体の一部がもぎ取られても、泣き叫ぶ力があるんだもん。シトロが泣いてるんだよ、叫んでるんだよ、なのに俺は、俺は——!」

シュロの表情が怒りで怖くなり、体中に力を入れ、震えている。そして、フッと力を抜き、疲れきった表情になった。

「俺は殺されるシトロを見ながら笑ってた——。

シトロと自分を置き換えて、ワクワクしてた。ああ、俺の中にも血が流れてんだろうな。双子だから、その内臓も全く同じなんだろうな。ああ、でも俺なら、もっと残酷に無惨に殺せる(遊べる)のにって——。

結局ね、そのビーストは俺を喰らおうとして、この鎌で左目を潰してやっただけで逃げちゃったよ。余りにもつまらなくて泣いちゃったよ・・・。哀しみはその時の涙と一緒に流した。だけど、その時見た肉の破片や血の匂いが忘れられなくて、誰かを殺してみたくなるんだ。狂ってる事は理解してる。俺は絶対に狂った考えをしている。でも、わかってるのに、俺の中で目覚めた殺意は静かに眠ってくれようとしない。俺、自分が怖い——」

「それだけ理解してれば、別に狂ってはないだろ。オイラもお前と一緒だよ。誰かを殺してみてぇ。でもオイラは自分を狂ってるとは思わない」

「——え?」

「誰かを殺したい、自分の強さを確かめたい。血を、肉を、骨を、見て触れてみたい。それが自分の中にも、きっとあるだろうものだから、皆と一緒だと願いたいから、殺してみたい。きっとオイラだって頑丈そうで脆いんだ。強さを求めるのは生きたいから。強い者を追うのは弱さを認めたいから。殺されるのが嫌なら殺してみろ、それの何が狂ってるって言うんだ?」

「え・・・・・・だっ・・・・・・だって・・・・・・」

「オイラは殺しがしたいからビーストを殺してる。ビーストを殺してる分には別に誰も文句は言わない。寧ろ感謝されてるよ。でも人を殺したいと思うだけで、誰が何を言う? 思うのは自由だ、別に狂ってない。お前だって、思うだけで、実際に人間を殺してないだろ? なら別に狂ってないだろ」

「・・・・・・あんちゃんって、見た目、全然なのに怖い事言うんだね」

「見た目全然ってどういう意味だよ」

「い、いや、誉め言葉だよ。あ、そうだ! あんちゃんの旅の話を聞かせてよ」

そう言われても、何を話せばいいのか、シンバは考える。

「旅をして良かったなと思った事ある?」

眠れないシュロに、付き合ってやるかと、シンバは、話を始める。

「そうだなぁ、オイラがビーストハンターとなった始まりを話してやるよ。そこら辺にゴロついてるビーストを殺す、無闇な殺しより、ビーストの暴走で困ってる人の為にする殺しも悪くないなって思う事があったんだ。それがオイラの始まりだった。

8歳の頃、自分が住んでたマウレク村がビーストに襲われて、オイラは赤髪の男に助けられて生き残ったんだ。その後、一人ぼっちでね、何故か、赤髪の男に見送られて村を出たのを覚えている。ショックが大きかった所為か、あの日の記憶は余りないんだ。でも、そこからオイラの旅は始まった。右も左もわからないで、歩きながら、オイラもシュロと同じで、誰かを殺してみたい衝動にかられてた。それでも色々と理解しつつ、興奮も冷め、正気を取り戻していった。何日、彷徨っただろう、何度、野生化したビーストを殺しただろう、もうビーストだけじゃ飽きていたし、腹も空いてた。そして、最初に立ち寄った町はここと同じで荒れ果てていたよ——」

シンバは、その頃を思い出し、窓から荒れ果てたルピナスを見つめ、話を続ける。

「まだビーストがいた。そのビーストに喰われそうになってた女の子もいた。別に女の子を助けようと思った訳じゃない。只、そのビーストを殺してみたかっただけだ。でも女の子がオイラに有り難うなんて言うんだよな。怖かったんだろうな、涙を一杯流して、それでも笑顔で、有り難うってさ。そっか、こういう殺しもあるんだな、こういう殺しも悪くねぇなって、今のオイラがいるって訳」

「へぇ、そうだったんだぁ。じゃあ、ビーストハンターのシンバ・フリークスって、その女の子がつくったようなもんなんだ」

「そうだな。あの子に会ってなかったら、今頃、無差別殺しのシンバ・フリークスってなってて、誰からも恐れられてたかもな」

シンバはそう言って、笑った。

「その女の子は今は——?」

「さぁ? 生きてたら、オイラと同じ年か、1、2コ、上か下か——。

名前聞かれたのもあって、シンバ・フリークスだって名乗ったんだけど、その子の名前は聞かなかった。オイラ、誰かと一緒に行動なんてできねぇって、その時から思ってたんだな、その女の子、その荒れ果て、終わってしまった町に、一人、置いてきちゃったよ——」

シンバはソレを後悔しているのだ。シュロはソレに気付き、違う話を切り出した。

「あんちゃんさぁ、7年前にルピナスに来たって言ったろ? その時は?」

「別に大した話はねぇよ。腹が減っててさ、その日はビーストに襲われてる人もいなくて、金が手に入らなくて困ってたんだ。その時、王子の世話係りを募集してて、金が手に入るならって、やってみたはいいけど、シュロもシトロも悪戯好きで腕白で、オイラ、一時間でやめたよ」

「へぇ、そうなんだ」

「ああ」

「・・・・・・ねぇ、あんちゃん?」

「うん?」

「俺もビーストハンターになれるかなぁ? というか、あんちゃんみたいに旅をしようって考えてる。あんちゃんの旅の話、楽しそうだったし、あ、別に辛い事も考えた上で、自分自身と向き合うチャンスかなって。もうルピナスはないし、俺は王子じゃないし、だから、あんちゃんの旅について行ってもいいだろ?」

「はぁ!?」

「俺、偶然、あんちゃんと逢えたけど、元々あんちゃんを探してたんだ。別に有名なビーストハンターじゃなくても、誰かを助けられるヒーローみたいになりたい。だからあんちゃんを追い駆けたいんだ。いいだろ?」

「何ソレ?」

「なにって、だから俺はあんちゃんみたいになりたいんだ! あんちゃんを見て、あんちゃんみたいになりたいんだ。それに一人じゃ何もできない。まだ自分と向き合えないんだよ」

「自分自身を追い越す前に、先ずオイラを目標に追い越そうってか?」

「追い越そうっていうか・・・・・・先ずあんちゃん迄辿り着く!」

「何だソレ・・・・・・」

シンバは深い深い溜め息を吐く。

「なんだよ、その嫌そうな溜め息! 駄目って言っても俺はついて行くからな!」

その時、寝ていた筈のオーソが、

「仲間は多い方がいい」

と、ムクっと起き上がった。

「わたしはゴーストハンターをしている。名をオーソ・ポルベニアだ」

勝手な自己紹介が始まる。

「俺、シュロ! シュロ・ルピナス! ビーストハンター修行中ってとこだ! よろしく!」

シンバは頭を抱え、これが夢であるよう祈る。

——神様、これはオイラに与えられた罪の報いと罰ですか?

望んでもいない仲間が増えていく——。

シンバの頭の痛い夜は明けても痛いままであった。



朝、北へと向かう——。

新しい小さな家が、野っ原に一軒、建っている。

ビーストに襲ってくれと言っているようなものだ。

3人、ぼんやりと、その家を見ながら、通り過ぎようとした時、

ドッカーーーーーーーーーーン

完璧な爆発音と共に、屋根が飛び、

バリバリバリバリッ ガッシャーーーーーーーーーーン

窓硝子に罅が入り、一勢に割れ飛んだ。

3人、一気に目が覚める。

「行ってみようではないか!」

何故かオーソがリーダー気取りで、決断を下す。

シンバは深い溜め息。

——行きたいなら一人で行けよ。

とは思うものの、口に出せずに、その小さな家に行く事になった。

玄関となるドアは吹っ飛んでいる。

中から煙と共に男が一人出て来た。

「ごほっ、ごほっ、げほっ、ごほごほっ」

「大丈夫ですか?」

苦しそうに咳き込んでいる男に、シンバは手を貸す。

男は小太りで、まんまるの眼鏡をして、白衣を着ている。

「・・・・・・あなたプラタナスの人ですか?」

シンバの質問に男は頷く。

「ぼくの名はヤ—ツ。ヤーツ・アンタムカラー。プラタナスの研究員さ。でもどうしてプラタナスの者とわかったの?」

「白衣についてるバッジで」

ヤーツは白衣の襟を直しながら、バッジを見て、成る程ね、という風に頷いている。

プラタナスは大きな研究所である。中では天才と呼ばれる者が毎日何かに没頭している。

「ぼくはね、植物について研究してるんだ」

聞いてもないのに勝手に喋り出す。

「ここから北西にヘリオトロープの森があるだろ? そこには珍しい植物が一杯あってね、ぼくはここに研究所を作ったんだ」

研究所と言うより、壊れた掘っ建て小屋。

「この星は素晴らしい! 豊かな緑がある! 人も、それ以上の便利さを求めず、今あるものを大切にしている。しかし星環境異変、生態系異変などの悩みは絶えない。

先ず、植物を理解し、植物のメッセージを聞く事から始まると思うんだよ、ぼくは!」

熱弁を振るった後、ヤーツは、シンバ、オーソ、シュロを見て、

「誰? ぼくに何か用?」

そう聞いた。

「いえ、オイラ達は只の通りすがりの者です。旅の途中、ヤーツさんの掘っ立て小ッ・・・・・・研究所が爆発して、それで何事かと・・・・・・」

「君達、旅の者かぁ。ならヴィストの鉱山にいるビースト、どうなったか知らない?」

「あぁ、あれなら、オイラが倒しましたよ」

「なんだってぇ!?」

「何か、まずかったでしょうか?」

「いや、そのビーストの死体は?」

「どうしてそんな事聞くんです?」

「あのビーストの腹には、ぼくの大事な宝石が眠ってるんだよ!」

「宝石? もしかしてオレンジ色の奴?」

「そう! ソレソレ!」

「それなら、性格の悪い女が持ってっちゃったけど?」

「持ってったぁ!?」

「はぁ、取り敢えず、自称トレジャーハンターらしいですから」

ヤーツは言葉を失い、力も失い、その場にペタンと座り込んだ。

「あの宝石は人工太陽を創るのに必要なパーツの一つなんだ。世界でもたった一つしかない石で、地上に落ちて来る流星の一つだ。他にも必要な石があって、それを取りにヴィストの鉱山へ行った時、ビーストに襲われて、思わず、持っていたあの宝石をビースト目掛けて投げちゃって・・・・・・。盗まれちゃいけないと持ち歩いてたぼくが悪いんだ。仕方なく、あの宝石なしで、なんとかしてみようと思ってね、この様さ——」

ヤーツは壊れた掘っ建て小屋を見る。

「人工太陽って——?」

「ああ、半径3センチ程の小さな太陽だよ。室内でも野生植物と同じ光で植物を育てようと思ってね。研究にどうしても必要なものなんだ」

「そうですか。二度と逢えない事を願ってるんですが、もしも、あの女に逢ったら、宝石の事、返すように話してみます」

「本当かい?」

「はい」

「必ず逢ってくれ! 頼む! そして必ず宝石を返してもらってくれ!」

頭を深々と下げるヤーツに、シンバは苦笑い。

そしてシンバは北へと向かう為に、ヘリオトロープの森を抜けるルートを選んだ。

ヤーツの話では、橋を渡るルートは使えないらしく、只今、工事中らしいからだ。

ヘリオトロープとは太陽に向くという意味があり、この森の植物は皆、太陽に向かって伸びている。生き生きとし、美しい——。

そして何時きても迷う——。

「あれ? さっき通った気がするなぁ。この大樹に見覚えあるし・・・・・・じゃあ、こっちだ」

「シンバ、そっちとは思えん。あっちだろ」

オーソは、シンバが行こうとしている方向とは全くの逆を指差す。

道に迷った苛立ちと溜まりに溜まった嫌気がプツンと切れた。

「じゃあ、おっちゃんそっちへ行けば? オイラはオイラが行きてぇ方向へ行く!」

「何を言っている! 森を抜ける道を皆で考えればいいだろう!」

「オイラは一人で自由に行動してぇんだよ! オイラについて来るのは勝手だけど、オイラの行く場所迄、指図される覚えはねぇ!」

「指図なんてしてなかろう!」

シュロは一人、切り株に腰を下ろし、一息つく。

シンバとオーソは言い合いを続ける。

その時、二人の間に、

「わぁっ!!!!」

と、ディジーの顔が逆さになって落ちて来た。

「うわぁっ!!!?」

シンバとオーソは驚いて後ろに仰け反って、尻餅をつく。

ディジーはクスクス笑いながら、木の枝を持ち、クルンと回転すると、スタッと地に降り立った。

「どっちへ行くか揉めてたの? 私はねぇ、こっちだと思うな」

ディジーは、また、全然違う方向を指差した。

シンバはムッとしながら立ち上がり、

「だから勝手に好きな所へ行きゃあいいだろ!」

と、自分が行こうと思っていた方向へ歩き出す。ディジーはそんなシンバの腕を持ち、

「こっち、こっち、こっちぃーーーーっ!」

と、走り出した。後ろ向きに引き摺られるシンバ。

「やめろ、離せ! オイラはあっちへ行くんだ! お前、勝手すぎるぞ! おいっ! クソッ! なんて馬鹿力なんだ!!」

そして、ディジーは止まった。シンバは自分の腕を握っているディジーの手をブンっと力一杯振り解いた。

「その自己中心的な性格直せ! もしくはオイラの目の前に二度と現れるな! じゃなかったら自分の考えを人に押し付けるんじゃねぇ! 迷惑なんだよ!」

ディジーは黙ったまま歩き出す。

「お、おい、聞いてんのか?」

「だって、シンバが行こうとしてた方向、グルリンってまわって、元の場所に戻って来るだけだよ?」

「え?」

「私、この森で迷ってて、すっごい宝物、見つけちゃった。でもポケットに入らないの。だけどね、とても綺麗だから、誰かに、私が見つけたんだぞって自慢したくって」

「何の話してんだよ? お前、その脈略のない無意味な話するのもやめろ」

そう言いながら、ディジーの背について行く。

樹々が続くトンネルから抜けると、そこは絨緞が敷き詰められたように広がる真っ白な花畑けだった。太陽の光で一層輝く白い花——。

ディジーはくるっと振り向いて、ニコっと笑う。

その笑顔に迂闊にもドキっとさせられ、結構可愛いじゃないかと、まさかにも思わされた。

「ね? 綺麗でしょ、私が見つけたんだよ」

「あ、あぁ」

「それだけ?」

「あ? あぁ、うん、可愛い花だよな。でもこの花、あちこちで見かけるよな? 場所関係なく、町中でも道端でも、岩場や河原、それから野っ原でも、どこにでも咲いてる。しかも年がら年中、暑くても寒くても。そういえば名前なんだっけ? そういやぁ、よく見かけるのに、気にもしなかったな、こんな花畑け見るまでは」

「ディジーっていうの」

「え?」

「花の名前。ディジーっていうの。私、この花から名前貰ったんだよ」

ディジーは、そう言った後、シンバに何か憎まれ口を叩かれそうな気がして、

「花占いって知ってる?」

と、別の話を切り出した。

そして、一本のディジーを折り、一枚一枚、花びらを取って行く。

「シンバは私の事が好き、シンバは私の事を愛してる、——好き、愛してる、好き・・・・・・」

「ちょっと待て、ソレ、好き、嫌いじゃねぇのか? 愛してるって何だよ!?」

「高が占いじゃない。気にしない気にしない。——好き、愛してる、好き、愛してる・・・・・・あーーーー! 愛してるってぇ!」

「高が占いだろ、気にしねぇ気にしねぇ」

「照れるな照れるな」

「照れてねぇよ!」

シンバがそう吠えると、ディジーはシンバの手をギュッと握り、じっと見つめて来た。

——コイツって、こんなに女の子だったっけ?

「ねぇ、シンバ」

「な、なんだよ」

「オーソさんが指差した方向へ行けば森から抜けれるよ」

そしてオーソとシュロがやっと追いついて来た。ディジーはパッと手を離す。

「おお、こりゃ凄い花畑けだ!」

そう言ったオーソの横を抜け、

「じゃあね!」

ディジーは行ってしまう——。

「ええ!? もう行くんですか!? ディジーさん!」

と、オーソは哀しそう。

シンバはディジーの花畑けを見つめる。

——いい匂いだ。

「さあ! オイラ達も行こう!」

そう言って、シンバはさっきの大樹の場所まで戻る。そしてオーソが指差した方向へと進む。

「シンバ、こちらじゃなくて良いのか?」

「ああ、うん。さっきはオイラが言い過ぎたよ。おっちゃんが思う方へ行ってみよう」

——ディジーの花の香りのせいだ。

——苛立ちも怒りも消え、体の中の何かが浄化されて行くような気分で・・・・・・

——全てに優しくなれる・・・・・・

——これはあの女の影響じゃなくて、ディジーの花の香りの所為だろう。

——きっと、そうだ・・・・・・

しかし、辿り着いた場所は見覚えのある大樹の場所。

その大樹にメッセージカードが貼られている。

〈やーーーーい! バーーーーカ! 引っ掛かってやんの! 本当はシンバが行こうとした方向が森の抜け道でした! 自己中心的だの、性格直せだの、迷惑だの言ってくれたお返し! ま、私は優しい女の子だから根に持たないであげる。良かったねぇ、シンバ、私が優しい女の子で! じゃあ、またね! ——Daisy〉

シンバは、そのメッセージカードを破き、丸めて捨て、踏み潰した。

「ぶっ殺してやる! 何が優しい女の子だ! あいつのどこが女だってんだ!」

少しでもドキッとさせられ、可愛いと思い、女の子だと見てしまった事に、腸が煮えくり返った。

「くそぉ! 二度と逢うか! 逢っても無視だ無視!」

「もう宝石の事は話したの?」

シュロのその質問に、ヤーツさんの事を思い出した。シンバは頭を抱えて座り込む。

「その様子だと話してないんだね? じゃあ、また逢っても無視って訳にはいかないね」

いちいちそう言ってくるシュロに、

「わかってるよ!!!!」

怒鳴って、苛立ちをぶつけた。

結局、シンバが行こうとしていた方向が出口だった訳で、かなりの時間の無駄になったが、無事に森を抜ける事はできた。

北に聳える山が見える。

「ベルマンダーの山だ。並びになって、山が二つ重なってあるから、その山二つ越えないと向こうへは着かない。それなりに険しい樹海だから暗くなると厄介だ。誰かさんの所為で時間も大幅にロスしたし、やめるなら今の内だけど?」

シンバは言いながら、オーソとシュロを見る。

「わたしはシンバと共に行く」

「俺もあんちゃんが山越えるなら、一緒に山を越える!」

——オイラは遠回しに付いて来んなって言ってるんだよっ!!!!

なんでわかんないかなぁと、シンバは一人、スタスタと山を登り始める。

オーソとシュロは後を追う。

樹海の中はビーストの住処だ。

しかし、山、一つを越えるのに、下りに入った頃、ビーストの気配は少しずつ失せた。

原因は山の麓に町ができていたからだ。

ベルマンダーの山と山の間にある町フォベル。

一年前に新しく出来た町で、シンバも知らなかった。

しかし、10年旅をしていても、全く知らない事は多い。

次から次へ新しくなり、世界は変わる。

そして世界は広く、未知なる大地は広がっている。

人、一人、10年かけても逢えないのだから——。

「あんちゃん、今日はこの町で休む気か?」

「あぁ、オイラはそのつもりだけど」

「じゃあ、俺、宿を探して来るよ」

「待て、シュロ。わたしも一緒に行こう」

シュロとオーソは宿を探しに行く。

シンバは二人の背を見ながら溜め息を吐く。

そして、ぼんやりと新しく美しい町を眺める。

——1人になりてぇ・・・・・・今なら逃げれるかな・・・・・・

「・・・・・・バ? シンバ? シーーーーンバ?」

「うわぁっ!?」

目の前のディジーのアップに驚いて、シンバは仰け反る。

「ひっどいなぁ。別に驚かしてない時は驚かなくていいじゃん」

「急に現れんなっ!!!!」

「急にじゃないよ? 何度もシンバの事呼んだよ? 何か考え事?」

「お前と違って考える事は一杯あるんだよ!」

「ふぅん・・・・・・今、一人なの?」

「見りゃわかるだろ」

「仲間の二人は?」

「仲間じゃねぇよ! あいつ等が勝手にくっついて来やがんだよ! オイラは一人になりてぇんだよっ!」

「ふぅん・・・・・・でも一人なんて寂しいじゃない?」

「オイラは一人がいいんだよ! ほっといてくれ!」

「ふぅん・・・・・・私は一人は嫌だけどなぁ」

「お前とオイラは違うだろっ!」

「ふぅん・・・・・・そういうもんかなぁ」

「自分と他人を一緒にすんな! そして何度も言わせるな! お前とオイラは違う!」

「ふぅん・・・・・・」

頷きながら、用もない癖に、ディジーはシンバの後ろをついて歩く。イライラするシンバ。

「一人になりてぇって言ってるだろ! 用もないなら、ついて来んじゃねぇよ!!!!」

シンバがそう吠えると、ディジーはべぇっと舌を出し、あっかんべぇをして、プイっと背を向け、歩いて行く。

これでゆっくりと一人の時間を過ごせると思い、シンバはふぅっと安堵の吐息を出した時、思い出した!

——しまった! また忘れてた!

シンバは急いでディジーを追い駆ける。

宝石の事を話さなくては——!

「おい! おい! 待てよ、おい!」

ディジーはクルリと振り向いて、

「おいって、どちら様をお呼びで?」

きつい口調で、そう言った。

「——ディジー・・・・・・さん・・・・・・」

「何か用ですか、シンバ君! 私、一人でゆっくりしたいんですけど! 用がないならついて来ないでほしいんですけど!」

完璧に怒らせてしまった。

——まずいなぁ。どうやって機嫌とるかなぁ。

シンバは噴水に目をやる。銅像の女神の持った水瓶から、水が溢れ出ている。

「今日はこの町で休むのか? 綺麗な町だよな。ほら、あの噴水場のおねえちゃんなんか綺麗過ぎて、声かけにくいって、ホント!」

そう言って、女神の銅像を指差すシンバ。

シーンとする寒い静けさ。

シンバは、その場を咳払いで誤魔化す。

最初から普通に話せば良かったと後悔しながら、改めて話始める。

「あのさ、初めて逢った時の事なんだけどさぁ」

「え? 初めて?」

「もう忘れたのか? ヴィストの鉱山で、オイラ達、出逢ったろ?」

「あ・・・・・・あぁ、うん、そう、そうだよね? うん、そうだね」

ディジーは何故か苦笑いして、頷いた。

「その時さぁ、倒したビーストの腹から、オレンジ色の宝石持ってったろ? あれ、持ち主がいてさぁ、返してほしいって」

「やだ!」

ディジーはムッとした表情で、一言、そう答えた。

「そう言うなよ。お前にとったら、単なる綺麗な宝石だろうけど、持ち主にとっては、その宝石じゃないと駄目って理由があるんだ」

「そんなの知らない。今の持ち主は私だもん」

「ワガママ言うなよ」

「イヤったらイヤ!」

ディジーはプイっと横を向いた。シンバは面倒そうに溜め息を吐いた。

「——わかったよ、なら、オイラが何か・・・・・・お前に似合うアクセサリー買ってやるから・・・・・・」

「ホント?」

「オイラは嘘はつかない」

「本当にホント?」

「高いのは買わないぞ! それに今は大して金持ってねぇから無理だ」

「無理って、じゃあ、いつ買ってくれるの?」

「——いつか」

そう答えた後、そんな答え方では納得させられる訳ないと思ったが、

「わかった。いつか、買ってくれるの待ってる。約束ね?」

ディジーはそう言って、オレンジ色の宝石を差し出して来た。

シンバは宝石を受け取る。

「じゃあ、持ち主に返しとくから」

「うん。ねぇ、本当にいつか買ってよ? 約束したからね?」

「何を?」

「何って、私に似合うアクセサリー!」

「お前に似合うのがあれば、の話ね」

「じゃあ、すぐにでも買ってもらえそう」

ディジーはそう言って、ベッと舌を出し、あっかんべぇをして行ってしまった。

そんなディジーに、シンバは少し笑みを零した。

そして、シュロが呼びに戻って来たので、シンバも宿へと向かう——。

「シンバ、ディジーさんも、この宿に泊まってるみたいなんだ。さっきそこでバッタリ会った!」

オーソはかなり嬉しそうだ。

「オイラも逢ったよ。宝石も返して貰えたから、明日また戻って、ヤーツさんに返しに行く」

「あのおねえちゃんがよく返してくれたね。あんちゃん、何の条件つけられたの?」

シュロはガキの癖に鋭い。

「——思ってたより、素直に返してくれたよ」

シンバは言いながら、ベッドにゴロンと横になった。

眠れはしないが、体を休める事はできる。

しかし夜中になると、オーソの激しい鼾と歯軋り、シュロの寝返りをしてベッドから落ちる音が五月蝿すぎて、体を休める事もできずに、シンバは耳を塞ぐ。

——1人になりてぇ・・・・・・。

次の日、朝早くから来た道を引き返した。再びヘリオトロープの森を通り、昼過ぎにはヤーツの研究所に着いた。

シンバがヤ—ツに宝石を渡すと、コレだコレだと、ヤーツは大喜びで舞った。

「有り難う、本当に有り難う。そうだ、君達なら信用できる。もう一つ頼まれてほしいんだが、旅の途中、プラタナス方面へ行く事はあるかい?」

「プラタナスのある大陸へ渡る予定ですから、プラタナスへ寄る事もできますけど」

「だったら、プラタナスで研究しているぼくの兄さんに、この種子を渡してほしいんだ。月の光を浴びずに育てた花の種なんだよ」

——月?

「兄の名はパト・アンタムカラー。受付で呼び出してくれる筈だから」

「——わかりました」

シンバは頷いて、何粒かの種の入った袋をヤーツから受け取った。

それから3日後の事だった、ウィンロウの町に着いたのは——。

ウィンロウの町は高い山の登り途中にあり、その山の頂上には翼竜の巣がある。

竜は人の次に知力の高い生物として知られ、特に、イヤーウィングドラゴンは理性的で、人との共存を好む、大人しい竜だ。

頭の上の角は暗闇に光り、夜空でも、大きく広い耳を羽ばたかせ飛ぶ。

そんな竜をウィンロウの者は、餌をやる代わりに乗り物として使い、商売をしている。

だが、町には人の姿が見辺らない——。

いや、たった一人、大きな荷物を抱えた男が向こうから走って来る。

「あの、どうかしたんですか?」

シンバは走って来る男を止めた。

「どうもこうもないよ! イヤーウィングドラゴンが急に人を襲い始めたんだよ!」

男はそう言うと、一目散に逃げて行く。

そして、男が逃げて来た方向から、ドラゴンが来る。

今迄の大人しいイヤーウィングドラゴンとは違う。

涎を垂らし、フーッ、フーッ、と息を荒くし、瞳が気味の悪い程、銀色に放っている。

その瞳でシンバとオーソ、シュロを見つけると勢いよく向かって来た。しかしシンバに真っ二つに裂かれる。

ソードに着いた竜の血を払い落とす。

「・・・・・・どういう事なんだ? 兎に角、翼竜じゃないと、ルートがないんだ。大人しいドラゴンを探そう」

シンバは頂上へと向かう。

勿論、オーソとシュロも後に続く。次から次へと可笑しくなったドラゴンが現れ、頂上に着く迄に数百という竜を殺した。

今迄の大人しいドラゴンなんて、一匹もいやしない。

頂上に一匹残ったドラゴンも変だ。

恐らく、もう最後の一匹——。

しかも、更に凶暴化しているではないか。

牙を向き出し、唸り声を上げる竜に、オーソとシュロは後退りした。

シンバはジリジリと竜に近付いて行く。

「——あんちゃん?」

シンバを呼ぶシュロの声が震えている。

「竜の真の強さは計りしれねぇ。なぁ、ゾクゾクしないか? オイラよりも強い生物がいると証明されるか、やはりオイラは強いと謳われるか——。

生か死か、運命の瞬間だ。ははは、あははは、楽しくねぇ?」

「・・・・・・楽しくないよ」

狂った事を言い出すシンバに、シュロは独り言で答える。

オーソはシンバの様子をジッと伺っている。

シンバは腰の剣を抜いた。

バトルスタート。

シンバは不気味に薄ら笑いをしながら、竜に近付いて行く。

「シンバには確信があるのだ。勝利の確信が!」

オーソが言った。

「ビーストハンターのシンバ・フリークス。その名を知らぬ者はいない。それは奴が強いからだ。しかし、そう有名なのに、奴の正体を目にする者は少ないのは何故だ? 誰もが、大男をイメージする。シュロよ、可笑しな話だと思わぬか? 奴の強さは広まるが、奴自体は公にならぬ。何故だ——?」

オーソには納得できない事が沢山あった。

先ず、シンバの異常な強さ。

無敵とも言われる竜と、たった一人で戦いながら、シンバは何を思っているのだろう——?

狂った笑みを見せながら、シンバの中では、優しく柔らかい音色のオルゴールが鳴っていた。

幼い自分がブルーに沈んで行く映像——。

静かに沈んで行く。そう、あの日は——・・・・・・

『やっぱり私帰る!』

『ごめん、シンバ。僕も帰るよ』

『シンバくん、ママに言いつけちゃうぞ! 湖には来ちゃいけないって言われてるだろ!』

みんな、一人一人、村に戻って行く。結局、一人で湖に来てしまった、あの日——。

『なんだよ、化け物なんてオイラが倒してやるよ! オイラ、近所の爺ちゃんに剣術を教えてもらってんだ。本当だぞ! 証明してやる、オイラが強いとこ! 今夜、集合だ!』

そう言って、友達みんなを湖に誘った。いや、最初に誘ったのは大人達だ。

『湖にはね、怖い化け物がいるの。だから湖には絶対に行っちゃ駄目よ』

なんて子供心を誘うような事を言う大人達がいけないんだ。

その所為で、湖の底を覗き込み、慣れない本物の剣の重さに、落ちた——。

勝手に持ち出した剣の重さは罪の所為か、重く、小さな体を湖の底へと運んで行く。

どうやって助かったのかは覚えていない。

いや、そんな事は最初からなかった事なのか、夢か現実かもわからない、あの日——。

何故か長時間バトルの時は、母親が大事にしていたオルゴールの音色と共に、あの日というのが浮かぶ。決まって、仕留める迄、見えている映像だから、バトルが終わって、我に返る。つまり、何も覚えていない。

「ハァ、ハァ、ハァ、あれ? オイラ・・・・・・竜を倒したのか? いつの間に——?」

オーソもシュロも呆然としている。当然だ、重力の影響を無視した50メートルもある巨体の竜の死体がそこにあるのだ。しかもシンバ一人で殺したのだから——。

「ど、どうしよう・・・・・・」

青冷めた顔でシンバが言う。

「翼竜がいなくなったら、どうやって海を渡ればいいんだ?」

自分で全滅させといて、その台詞。

「シ、シンバよ、少し遠いが、漁業を営む町へ行き、船に乗せてもらえばどうだ?」

「駄目だ! 明後日の夜までにアダサートへ行かなきゃなんねぇんだ! 今更ルート変えてる時間ねぇよ!」

「あんちゃん、アダサート城に行くの? あそこって砂漠の真ん中だから、旅人もあんまり近寄らないし、外との交流もない城だって聞いた事あるよ? それに砂漠に生息するビーストは恐ろしく手強いとも聞いた。そんな所に何しに行くの?」

「ちょっと約束があるんだよ!」

シンバがそう答えた時、

「あー! この竜の死体の山って、やっぱり君達の仕業なの!? 一体なにやらかしてんの!!」

と、五月蝿い女の登場だ。シンバは痛い頭を押さえ、痛い頭を悩ませる。

「もしかして全滅させちゃった!? 嘘でしょ!? どうすんの!? 翼竜のイヤーウィングドラゴンって、もう幻の生き物になっちゃったじゃん!」

「仕方無いだろ、凶暴になってたんだから」

開き直ったシンバの台詞に、ディジーはムッとして、反撃開始!

「私はね、違う大陸に行こうとしてたの! どうしてくれるの!? このバカっ!」

「バカァ!? お前こそ、ギャーギャー五月蝿いんだよっ! あんな凶暴になってる竜が違う大陸まで運んでくれると思ってんのか!? それにやっちゃったもんは仕方ないだろっ!!!! ギャーギャー言うな!」

「ひっど! ギャーギャーなんて言ってないじゃん、私の美声をギャーギャーって、どういう耳してんの!? 言っとくけど、やっちゃったものは仕方ないなんて考え、やっちゃった程度によるんだからね、そんな事もわかんないからバカって言われるの! バカッ!!」

「なんだとぉーーーーーーーーーーっ!!!!」

シンバが吠えた時、

「クーーッ、クルルルルルルルルッ、クーーーーーーッ!」

死んだ竜の巨体の後ろから、鳴き声と共に現れたボール。

鳴き声は翼竜のものだが、ソレは見た目、半径15センチ程のボール。

ヒョッコ、ヒョッコと歩きながら、シンバとディジーの間で立ち止まった——。

「そのボールって・・・・・・もしかして翼竜の赤ちゃん・・・・・・?」

シュロが呟く。

「丸々と・・・・・・太りすぎやしないか・・・・・・?」

オーソも呟く。

確かにイヤーウィングドラゴンの、まだ生まれて間もない子供のようだが、丸すぎる・・・・・・。

その子竜は、シンバとディジーを見上げ、

「クルルルルル」

と、ディジーの方に擦り寄った。

「・・・・・・ぷっ、あははははははは」

シンバは大爆笑。

「何で笑うわけよ?」

「あは、あは、だってよぅ、お前の事、母ちゃんだと思ってんじゃねぇの? あはははは」

「何言ってんの! こんな美人のドラゴンが何処にいるっての! ほら、キミもよく見てごらん、私の何処がキミのママなの? ね? 全然、似てないよね?」

ディジーは子竜を抱き上げ、自分の顔をよく見せるが、子竜は余計にディジーに擦り寄る。

「あーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっ」

シンバは今迄の仕返しかのように、腹を抱えて笑う。

「何笑ってんの!! 大体私のどこがドラゴンな訳!?」

「あはははは、そのギャーギャー五月蝿いとこなんじゃねぇの? あははは、あは、ひぃ」

「大体シンバが——・・・・・・そうだ、いい事考えちゃった。私、シンバと一緒に旅しよ」

「なっ!? ちょっと待て! 何言ってんだよ!?」

シンバの笑いは一気に冷めた。

「だって、このドラゴンから母親を奪ったのはシンバだよね。だから、この子の面倒を見るのはシンバの責任。それに、この大陸を出ようとしていた私に、翼竜を全滅させて、迷惑かけたでしょ、それって私を違う大陸へ送り届けるのが、シンバの義務だよね」

「何勝手な理屈述べてんだよ、そんなドラゴン、そこら辺にほっとけ! 元々野生なんだから逞しく生きていくよ。お前だって急ぐ旅じゃねぇんだろ? 違うルート探して、どこでも好きな所へ行けよ!」

「酷い! なんて酷いの! 酷過ぎて外道だよ! こんな小さなドラゴンと微弱い女の子に、なんて卑劣なんだい、キミは!」

「一歩譲って、太りすぎてはいるが、小さなドラゴンってのは認める。で? 微弱い女ってのはどこにいるんだ?」

「ここにいるじゃない」

「女自体、見辺らねぇなぁ」

ディジーは、そう言ったシンバの右手首を持ち、そのシンバの手を自分の胸に押し当てた。

シンバの右手一杯に広がる柔らかさ。

今迄、触れた事のないポヨンという感触。

例えようのない気持ち良さ。

何が起きているのか理解できず、頭の中は真っ白な闇で、シンバの時間が止まる。

「・・・・・・うわぁっ!!? な、な、な、なにするんだ行き成りっ!!!?」

やっと理解できて、シンバはディジーの胸から急いで手を離した。

「どう? 女って認めた?」

「おっ、女はこんな事しねぇよっ!!!!」

「ふぅん、まだ認めないんだ? じゃ、もう一度、試してみる?」

ディジーは勝ち誇った笑みで、シンバに一歩近付く。シンバは、

「うっ・・・・・・」

何も言えず、一歩後ろへ身を引く。そんなシンバの横を、

「ハイ、あんちゃんの負け。女と認めて、連れて行ってやるんだな」

と、シュロが通って行く。そしてオーソは、

「シンバ、今直ぐ死ね! いや殺す! ゴーストに堕ちても殺してくれるわ!」

と、滝のように涙を流し、シンバの胸倉を掴み、ギリギリと首を絞めてくる。

「うっ、く、苦しい。お、落ち着けよ。オイラは何も・・・・・・どっちかって言うとオイラの方が無理矢理・・・・・・」

「う、うわぁぁぁぁぁぁーーーーん!!」

オーソはシンバを突き飛ばし、子供のように泣きながら走って行く。

「うっ、ごほ、ごほ、本気で首絞めやがって・・・・・・」

「ねぇシンバ、オーソさん、なんで泣いてるの?」

「お前が泣かせたんだよっ! それでお前のせいでオイラは殺されかけたんだよっ!」

「え? 私のせい? どうして?」

「知るかっ! 直接本人に聞けっ!」

「あ、待ってよ、シンバ!」

折角、ここ迄来たが、翼竜の山を下りて行く。

「あんちゃん、これからどうするの?」

「ああ、オイラ、ふと思いついたんだけど、ヤーツさんはプラタナスへどういうルートで行ったり来たりするのかな。何か乗り物でも持ってるかも。ヤーツさんに相談してみようと思って」

「ねぇ、シンバ」

話し掛けて来るディジーをジロリと睨み、

「ヤーツさんって誰?とか聞くなよ。面倒な説明したかねぇし、それが嫌ならついて来なくて結構だから」

シンバは冷たい台詞を吐く。

「そうじゃなくて、このドラゴンの名前、どうしようかなぁって思って」

「クルルルル」

子竜は大きな耳をパタパタし、一生懸命に宙に浮こうとするが、2メートル以上、体が重くて飛べない。シッポが長くあるから風船みたいで笑える。

「好きに呼べよ。いちいちオイラに聞くな」

「じゃあさ、バルーンなんてどう?」

「いいですね、ソレ! 決定ですよ!」

オーソはバルーンじゃなくても、ディジーが言えば、なんでも決定なのだ。

「通称バル。その方が呼びやすいだろ?」

シュロも、バルーンでオッケーのようだ。

「ねぇシンバは? バルーンでいい?」

「みんながいいならソレでいいんじゃねぇか?」

「どうしてノリ気になれないかなぁ。折角こうして仲間も増えたんだし、喜びなよぅ」

そう言ったディジーをシンバはキッと睨む。

ディジーだけでなく、オーソとシュロも、取り敢えず、バルーンの事も睨みつける。

「言っておく。オイラに仲間はいない。いちいち他人の事をとやかく言う気もない。だからお前等がオイラに付いて来るのは勝手だから何も言わない。それだけだ」

この台詞に、ディジーが何か言うだろうと思ったが、意外にも何も言い返される事はなかった。

その後、明日の朝にはヤーツの研究所に辿り着かねばならないと、急ぐ為、大した会話もせずに、黙々と歩いた。

日も暮れ、夜が更けてもスピードを落とす事なく歩き続け、後数百メートルもすれば着くという所迄、一気に来た。

そこで休憩にすると、シンバ以外、皆、一瞬の内に眠ってしまった。

疲れきる程、ハードだったのだ。

シンバにはわからなかった。それぞれのペースではなく、シンバの勝手なペースに、どうしてついて来るのだろうと——。

「・・・・・・シンバの・・・・・・バカ・・・・・・」

ディジーが寝言を呟きながら、シンバの肩に頭をコテンと乗せて来た。

「夢の中迄、オイラと喧嘩してんのか」

ディジーの膝の上、バルーンが眠っている。

オーソも胡座をかいた姿勢で眠っている。

シュロも大鎌を抱え、眠っている。

さぁ、もう出発しなければ——!

「・・・・・・シンバ」

寝言を呟くディジーを見て、シンバは込み上げて来る笑いを堪える。

——不思議だな。

つい最近、出逢っただけの全然知らない女の子が、まるで昔に出逢っていた知り合いのように、または、約束されたかのように、いや、大袈裟に言うと、運命かのように、オイラの肩に頭を乗せて眠っている。

夢の中で、オイラに逢っている。

何故だろう、顔を合わせば喧嘩ばかりなのに、オイラの夢を見てくれてる事に悪い気はしない。

「変な奴だよ、お前」

眠っているディジーに、言ってやった。

「・・・・・・シンバ・・・・・・一緒に・・・・・・行こう・・・・・・ね・・・・・・」

「・・・・・・あぁ」

出発しなければならなかったが、もう少しだけ、休む事にした——。

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