2. クリムズンスター

この町でも、赤髪の男についての情報は得る事はできなかった——。

あれからもう10年。

殆ど、世界中探したが、自分以外のビーストハンターに出くわす事はなく、何の手掛かりも掴めないままだ。

時間が流れるのは速い。目を閉じれば、昨日の事のように、あの日が鮮明に見える——。

村に突然ビーストが現れ、疾風のように速く村人達を一人一人殺していった。

目が離せなかった。恐怖ではない、死を悟った諦めでもない、堪らなく楽しかったんだ。

血の匂いが気分を高らめていく。それは麻薬のように——。

断末魔も、崩れ落ちた内蔵も、赤過ぎる血も、全て心地よく、それは自分が追い求めた何かだと感じた。例え、優しい母のものでも、平然と良い気持ちに誘われるまま、身を委ねた。その時、現れた赤髪の男。

『——大丈夫か?』

その言葉の意味がずっとわからなかった。

理解する迄に何日もかかった。

あの人は村を襲ったビーストを倒してくれたんだ。呆然としているオイラに『大丈夫か?』そう言ったんだ。

そう、あの人はオイラを助けてくれたのだと——。

あの人はたった一人となったオイラに生きる理由をくれた。

それがクリムズンスター、最強のソードだ。

『——いつか、クリムズンスターを装備し、俺に逢いに来い。それがお前の生きる理由だ』

赤髪の男はそう言った。

クリムズンスター。

それはオイラには装備できない。

クリムズンスターの方がオイラよりもレベルが高いんだ。

10年経った今でも——。

まだ強さが足りない。もっと強くなれる筈だ。

クリムズンスターを装備できる程に強く!

オイラが強さの限界だと思った時、赤髪の男に逢えるような気がする。

彼を追い続ける、この旅に終わりが来るのだ——。



ヴィストから北東にあるマルコラという町に来ていた。

この町に立ち寄ったのは2年振り。

余り変わった様子はなかったが、あちこちにポスターが貼られていた。

〈ブリッジ通りの屋敷に住み付いたビーストを倒してくれる者求む!詳しくは町長迄!〉

ポスターにはそう書かれている。

「屋敷? あのでかい屋敷の事か? 2年前は人が普通に住んでたよなぁ。何故、屋敷にビーストが住みつく訳? 飼ってたペットが暴走でもしたかな?」

取り敢えず、町長の話を聞いて見る事にした。



「うわぁ! やめろぉ! 離せぇ! オイラはビーストハンターだぁ! 幽霊退治ならゴーストハンターに頼めぇ!」

暴れるシンバを町の男共が取り押さえ、屋敷に放り込んだ。

そして大きな扉は閉ざされた。

「お、おい、開けろぉ! オイラはビーストハンターだっつってんだろ! 何だよ、ポスターにはビーストって書いてあったからオイラは!! 詐欺じゃねぇかよ、おい!!!!」

吠えながら扉をドンドン叩く。

その時、急に背筋に寒気が走り、ゆっくりと振り向いた。

奥に広い薄暗い部屋にゴクリと唾を呑んだ。

そして一歩一歩と奥へと進む。

町長の話では屋敷の主が数ヶ月前に亡くなり、その人の幽霊が出るのだとか。

呪われると嫌なので屋敷を壊す事もできず、売り手も見つからず、困っているから幽霊を退治するなり、追っ払うなり、何とかしてくれとの事——。

「オイラに何とかできる訳ないだろ」

霊退治専門の職業のエクソシストやゴーストハンターに頼もうとしたら、何故か災いが起きて、これは呪いだと思ったとかなんとか——。

「だからってオイラにどうしろってんだよ」

ビクビクしているシンバに、

「わぁっ!!!!」

突然、背後から大声で叫ばれて、

「うわぁっ!?」

と、シンバは驚きの余り、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「あはははははははは、ひぃ、うひひひひ、あははははははは」

シンバの後ろで、又も馬鹿笑いする女。

シンバは立ち上がり、怒りの表情でディジーを見る。

「あはははは、やーーーーい、怖いんだろぉ」

「怖かねぇよ!」

「そうだよねぇ、キミはあのシンバ・フリークスだもんねぇ。怖いものなんてな・・・・・・」

ディジーは途中で言葉を失い、青い顔をして体を硬直させる。

「な、なんだよ、もう冗談はよせ。怖かねぇぞ」

ディジーは震えながら、シンバの後ろ辺りをゆっくりと指差した。

シンバはゴクリと唾を呑み込み、ゆっくりと後ろを振り向く——。

「わぁっ!!!!」

「うわぁっ」

再び、ディジーに叫ばれ、又もや頭を抱え、しゃがみ込んでしまうシンバ。

——何度も同じ手に引っ掛かる自分が悲しい・・・・・・。

ディジーはお腹を抱え大爆笑!

「一体なんなんだよ、お前っ!!!! 何故ここにいるんだよっ! いい加減にしろよっ!!!!」

「きゃあー!」

怒鳴るシンバの胸の中に、悲鳴を上げ、飛び込んで来るディジーに、違う意味で驚くシンバ。

「なななななナななな、ナニ、何、なんなの!?」

「あそこに・・・・・・白い影が・・・・・・フワって・・・・・・」

ディジーが指差す方向を見る。そしてフゥッと安堵の溜め息。

「カーテンだよ、驚かすな」

「え? カーテン? あ、本当だ。あはははは」

ディジーはシンバから離れる。

「でも窓も開いてないのに、何でフワッてしたんだろねぇ?」

「知るか!」

「でも驚いたぁ。えへへぇ、実はねぇ、私、こういうの駄目なんだよねぇ。幽霊とかお化けとか怖い癖に、これだけの屋敷、宝の一つや二つは眠ってんじゃないかなーって思って来ちゃったぁ。これもトレジャーハンターの性って奴? シンバはビーストハンターからゴーストハンターに転職?」

ディジーはニヤニヤしながら、

「やめときなよぅ、シンバみたいな怖がりにゴーストハンターなんて務まらないよぉ」

と、いちいち勘に触る言い草。

「オイラに怖いものなんてないと言った筈だ」

シンバは一人、スタスタと行く。無感情で、無視を装っているが、引き攣るくらい、表情をピクつかせ、怒りを見せている。

「ま、待ってよ、一人にしないでよ」

又も五月蝿くついて来るディジーに、更に表情は怒を増して行く。

「ねぇ、シンバ、手、繋ごうか」

「繋がない」

「えー? なんでぇ? こんなに綺麗な女の子と手を繋げるチャンス、滅多にないよぉ?」

「綺麗っての以前に、何処に女がいるって言うんだ? 見辺らねぇなぁ」

「もういい。じゃあさぁ、歌なんかうたっちゃわない?」

「うたわない」

「なんでぇ?」

「・・・・・・音痴だから」

「成る程。それは納得ね」

暫く歩き回り、ディジーが、

「あんまり宝らしいものってないね」

と、ドアを開けると、そこは書斎らしく、机の上の本が風もないのに、一枚一枚、捲られていく。ディジーは無言でパタンとドアを閉めた。シンバの表情も強張っている。

「ね、ねぇ、見た?」

シンバは首を左右に振る。

「嘘ぉ! 見たでしょお!?」

「見てねぇ! オイラは何も見てねぇ!」

「嘘! 今、本のページが風もないのに勝手に一枚一枚捲られてたじゃん!」

「そんなの知らねぇ! 見てねぇし!!!!」

「そう・・・・・・ねぇ、私、思い出した事があるの」

「え、え? なんだよ突然!」

ディジーは今迄とは違う真剣な表情で、シンバを見つめる。

「シンバ、聞いてほしいの」

ディジーの瞳は何やら思い詰めてそうで、

「な、なんだよ、話してみろよ」

シンバも真剣に聞いてやらねばと思った。

「うん、あのね・・・・・・ある城のプリンセスが病で亡くなって、それ以来、そのプリンセスの霊が出るって城中で噂になったの」

——何の話をしてるんだ?

「しかもその霊、一緒に遊ぼ?って追って来るらしいの」

——今聞かなきゃいけない話なのか?

「ある真夜中、見回りをしていた兵士が笑い声に振り向くと、プリンセスが立っていたの」

シンバはゴクリと唾を呑み込んだ。

ディジーの声色が段々と不気味に恐ろしく語り始め、これでもかって程、シンバの心臓は拍動する。

「逃げる兵士をプリンセスはあどけた笑い声で追いかけて来るの。逃げても逃げてもクスクスと笑う声と遊ぼ?って声から逃げる事ができなくて、兵士はメイド専用の女性トイレに逃げ込んだの。勿論、女性トイレだから、個室が並んでて、兵士は一番奥へ逃げ込んだの。暫くしたら、トイレのドアが開く音がして『遊ぼ?』って聞こえて来たの。プリンセスの霊はトイレのドアを一つ一つ開けて中を調べてるんだと知った兵士は目を閉じて祈ったの。そして兵士が入ってるドアノブがガチャガチャと無理に開けられようとして、兵士は更に祈り続けたの。すると静かになったから、兵士はホッとして助かったんだぁって上を向いたら・・・覗いてたんだって、きゃあーーーーーーーーーーっ!!!!」

「うわぁーーーーーーーーーーっ!」

ディジーの悲鳴にシンバも思わず悲鳴を上げ、バクバクと打つ心臓を必死で押さえている。

「お、おま、おまっ、お前、それ、今話さなきゃなんねぇ事なのか!?」

「ううん。この話、思い出しちゃって。えへへ、怖くなっちゃったからシンバにも聞かせてあげようと思ったんだ」

「お前なぁーーーーーーーーーーっっ!!!!」

「だってシンバは怖いものなんてないんでしょ? 私は怖いものは怖いもん」

——この女、絶対許さねぇ!!!!

「あーぁ、でも迷惑な話だよぉ」

——テメェが言うな!!!!

「これも全てシンバのせい」

「なんでオイラのせいなんだよ!?」

「だって私が入って来た玄関の扉、シンバが入って来た途端、外側から閉められちゃったんだよ?」

「オイラは無理矢理ここに入れられたんだ!」

「それにさぁ、宝もないし」

「おい聞けよ! オイラはお前と違って、自分の意志で来た訳じゃねぇ!」

「窓には格子がついちゃってるし」

「おい、オイラの話を聞け!」

「憧れのシンバ・フリークスはこんなだし」

「こんなとはなんだ!! 幽霊と関係ねぇだろ!!」

「あーぁ、どうしてくれんの? 壁とかぶっ壊して外に出れても、壊したせいで、幽霊の怒りを買って呪われたら嫌だし、それにもうすぐ日が暮れちゃう。早くしないとこんな男と一夜を幽霊屋敷で過ごす事になったら絶対嫌だからねっ!!!!」

「オイラだって嫌だよっ!!!!」

「失礼ねーーーーっ!」

「そりゃ、お前のその性格だ!」

シンバは二階へと階段を上り出す。

「ちょっと、まだウロチョロする気? 怖いから助けを待ってようよ」

「勝手にどうぞ」

「二階で何する気?」

「二階の窓に格子がない所があるかもしれねぇだろ」

「・・・・・・一緒に行ってあげる」

——カァーーーーッ! 可愛くねぇ女!!!!

しかし二階の窓にも殆ど格子がついている。

これでは外に出れそうにない。

「どうして格子なんかつけるんだろ?」

「そりゃあ、お前みたいな泥棒が入ってこねぇようにだろ」

「私はトレジャーハンター!」

シンバはそう言ったディジーを無視して、次の扉を開ける。

部屋の中央、何かがいる。

大きな黒い塊。

それはユラーっと動き、シンバとディジーに近付いて来る。

——化け物!?

「うわーーーーーーっ!」

「きゃーーーーーーっ!」

二人、悲鳴をあげ、全速力で逃げる。

「だからウロチョロせずに助けを待ってようって言ったじゃないっ!」

「オイラは勝手にどうぞって言ったろ! お前が勝手について来たんだろうが!」

「シンバのせい! シンバのせい! シンバのせいーーっ!」

「人のせいにすんなっ! 大体お前が怖い話するから恐怖心が増したんだろがっ! ああいう話は呼び寄せるんだよっ! だからこうなったのもお前のせいじゃねぇかっ!」

逃げてる最中も口喧嘩が絶える事はない。

その時、ディジーの姿がフッと消える。

——は!? 落とし穴!?

「きゃーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・・」

落ちて聞こえなくなる悲鳴。

何故、こんな所に落とし穴があるのだろう。

「おーーーーいっ!」

落とし穴を覗き込み、吠えてみるが、返事はない。かなり深いのか、気絶でもしたか——。

「参ったなぁ」

「仲間が落ちてしまったのか?」

「あぁ、仲間じゃねぇんだけどさ、一緒にいた奴が・・・・・・うわぁっ!!!?」

話し掛けられ、話しながら振り向くと、さっきの化け物がそこにいる。

「失礼だな。人の顔を見て悲鳴を上げるし、逃げ出すし」

バクバクと打つ心臓を押さえ、ホッとする。

よく見ると大きな男、人間なのだ。

風変わりな衣装は霊能力者を思わす。世界中を旅して来たシンバにはわかる。ガルボ村に古くから伝わる文字が刻まれた服だと——。

髪がなさそうな頭には帽子を被っており、その帽子にも文字模様をデザイン化したものが刻まれている。しかし、シンバはガルボ村には一度も立ち寄った事がない為、詳しい事は何もわからない。

——取り敢えず、剣抜かなくて良かった。

「おっちゃん、誰?」

「わたしはゴーストハンターだ。町に貼られたポスターを見て来たんだ。名はオーソ・ポルベニア。よろしくな」

「オイラはシンバ・フリークス。ビーストハンターだ。よろしく」

オーソの大きな手をシンバは軽く握り、握手する。

「一緒にいた者が落ちたと言ったな。確か女と見たが、こんな所でデートなんぞをしているからだ」

「冗談だろ、オイラにだって、デートする相手と場所を選ぶ権利はある。特に相手は!」

「なんだ、ブサイクな女と一緒にいたのか?」

オーソにそう聞かれ、シンバはディジーの顔を思い出してみる。

「かわいい、んじゃないかな?」

「なんだ、ならスタイルが悪いのか?」

「悪くない、んじゃないかな?」

「それではなんだ、中身の問題か?」

「当たり。あの性格の悪さは人間の常識を超えてるよ」

シンバは言いながら、自分の意見に頷く。

「そりゃイカン! どんなに見た目が美しくとも人間中身が大切だからな。しかし助けてやらん訳にはイカンだろう。下に落ちたなら下にいるだろう、行こう」

「・・・・・・あぁ」

取り敢えず頷いたが、ゴーストハンターが来てるなら、シンバは一刻も早くここから出たいと思っていた。

一階ではなく、地下へと下りて行く。

「なぁ、お前はあのシンバ・フリークスだよな? シンバと呼んでも良いか?」

「あのって言われても、どのシンバ・フリークスか知らねぇけど、まぁ好きに呼べば?」

「シンバ、その背中にある剣は?」

「これ? これはクリムズンスター」

「何故、その武器を持っている?」

「え?」

「いや、何故、剣を二つも持っているのかと思ってな。二刀流ではなかろう?」

「ああ。クリムズンスターはオイラとうまく波長が合わなくてさ、装備できないんだ。クリムズンスターの方がレベルが高いんだよ」

「それを何故持っている?」

「お守り、かな? クリムズンスターがあるだけで守られている気がしてさ。元々は赤髪の男に貰ったものなんだ。オイラを助けてくれた人だ。凄いビーストを倒してくれたんだ。だから多分、ビーストハンターだと思うんだけど、探しても見つからないんだよな、これが。

でもいつか逢える時が来る時迄に、クリムズンスターを装備できるようになっとかないと——。強さが足りないんだ」

「——赤髪の・・・・・・男・・・・・・」

オーソは意味あり気にそう呟いた。

「おっちゃん、何か知ってんの?」

「うん? ああ、いや、それより強さが足りないって、それ以上の強さを求めるのか? ビーストハンターのシンバ・フリークス、名を聞いて驚いた。わたしのようにでかい男をイメージしてたもんだから、まさかってな。どんなビーストでも仕留める驚異的な強さだと聞いているが——?」

「どんなビーストでもって、まだオイラより相当強いビーストに出逢ってないだけだ。もっと強くなりてぇ。誰よりも強くなって、もっともっと生命の悲鳴を聞きたいんだ、殺しがしたくてたまらない」

「何を狂った事を言い出す?」

「狂ってない。冷静にそう思っている。弱い者を容易く潰すのは面白いし、強い者を叫ばすのはゾクっとする快感が堪らなく楽しい。絶対にやめられないよ」

オーソの瞳が脅えている。

「そんな顔しなくても、人は殺さないって。幾ら何でもそこ迄しないよ。ビースト殺して、人の為にハンターしてるオイラだぜ? 正義の使徒だって言われた事あるんだから」

笑いながら、そう言ったシンバに、オーソはホッとする。

向こうから歩いて来るディジーの姿。

ディジーもシンバの姿を見つけ、走って来る。

「わぁい! シンバみーーーーっけ! 見て見て、このルビーの指輪! 綺麗でしょお!」

「お前なぁ、何やってんだよ! そんな物盗ったら呪われるぞ! お前の勝手な行動がオイラ迄も巻き込むんだからな! おっちゃんからも言ってやってよ。おっちゃん?」

オーソの様子がおかしい。ディジーを見つめ、硬直している。

ディジーがオーソを見て、ニコっと微笑んだ途端、表情が緩んだ。

「おっちゃん? おっちゃんてばよぅ!」

「シンバ君! キミはさっきからわたしの事をおっちゃんと呼んでいるが失礼ではないか!」

——はぁ!? 突然なんだぁ!?

「あ! さっきの化け物さんだぁ。そっか、人だったんだぁ。良かったぁ。でも逃げちゃったりして気分悪くしちゃった?」

「いいえぇ、慣れてますしぃ」

「あはは、慣れちゃってるの? でもさ、人間中身だから!」

——お前が言うな!!!!

「はい、わたしも全くの同意見です! あ、申し遅れましたが、わたし、ゴーストハンターをしておりまして、名をオーソ・ポルベニアと申します。年齢17歳、独身であります!」

「ちょっと待てよ、ソレ鯖読み過ぎだろ、オイラ19だぜ、オイラより年下ってのかよ」

「だから言ったではないか、おっちゃんと呼ぶのは失礼だとな!」

オーソは、ディジーを見る目とは全く違う目でシンバをギロリと睨む。

「シンバがガキ過ぎなんじゃん」

「なんだとぉーーーーっ! お前に言われたかねぇ!」

「何ソレ! 私がガキだっての!? 人を外見で判断するなんて最低ね! オーソさん、私、オーソさんと同じ17歳に見えませんか? そんなにガキっぽいですか?」

「いいえ! あなたは美しい17歳の娘さんです。シンバ! お前が悪い! 悪人め!」

オーソがシンバに牙を向き、ディジーはシンバにベッと舌を出した。

——この女、世の為人の為オイラの為、生かしちゃおけねぇっ!!!!

「私、トレジャーハンターしてます! ディジー・ブローシア。よろしく、オーソさん」

「はい! よろしくですぅ」

オーソはディジーにデレデレ状態。

——何が人間は中身だ。コイツ等、最悪だ。

シンバはディジーとオーソに溜め息を吐いた時、微かに何か聞こえた——。

〔るるるるうううううるるるいいいあああシシシててぇ〕

人の声だが、この世の者ではない声だ。

オーソの表情が一変した。

〔るるうううかかかエエエエててててるるるるるる〕

背負っている大きな槍を、オーソはクルクル回し、構え、何やら唱え出した。

「所謂諸法、如是相、如是性、如是體、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本未究意等・・・・・・」

経文の一部のようだ。すると、巨大なゴーストが姿を現した。

いや、ゴーストの姿が見えるようになったのか——!?

ゴーストの言葉もハッキリ聞こえる。

〔ルビーのリング返してぇ・・・・・・〕

「あ、これの事だ」

と、ディジーがルビーの指輪をシンバに見せる。

すると見えない何かがディジーを襲い、後ろへ突き飛ばされた。

大した事はない、

「いったーーーーい! 絶対に返したげない!」

と、元気に叫んでいるくらいだ。

——返すつもりはあったのかよ!?

シンバはやれやれとディジーを見ている。

霜降している内に、オーソは大きな槍でゴーストを仕留めた!

命とは輪廻する為にある。しかしゴーストに堕ちる者は無理にでも消滅させ、思念を解かねば、いつまでも次の命に生まれて来れないのだ。ライフサイクルは死んだ後も廻っている。信じるか、信じないかは本人次第——。

醜いゴーストは、美しい人の姿に変わり、フワっと消えた。

オーソは経文を呟き、祈る。

そして全て終わったという風に、オーソは笑顔で振り向いた。

「わたしの武器である、この槍は、特殊なものでね。普通の物質も、霊をも貫く。クリムズンスターと同じだ」

——え?

「それよりディジーさん、大丈夫ですか?」

「へーき、へーき。どうも有難う、オーソさん」

「いいえぇ、そのルビーの指輪、ディジーさんに差し上げますぅ」

——なんて罰当たりなゴーストハンターだ!

ディジーは指輪を嵌めて喜んでいる。

「全然似合ってねぇ」

そのシンバの呟きに、ディジーはベッと舌を出し、あっかんべぇをする。

「じゃあね」

ディジーは手を振り、行ってしまった。

宝を手に入れたら、サッサとおさらばらしい。

「はぁ、花のように愛らしい人だ」

——誰が!?

オーソの呟きに思いっ切りの疑問。

そして、やっと外に出る事が出来た。

「くっそぉ、町長んとこ行って文句言ってくる!」

「まぁいいではないか、シンバ。ディジーさんと知り合いになれたしな」

「オイラはあんな女と知り合いになりたくねぇよ!!!!」

「まぁ、まぁ、まぁ。酒場にでも行こう。わたしの奢りだ」

オーソはクリムズンスターについて何か知っていそうだ。

何か聞き出せるかもと思い、シンバは酒場に行く事にした。

「オイラ、酒なんて飲めねぇよ」

「アルコールなしの飲み物もあるさ、ほら、あんな子供もいるじゃないか」

そう言って、オーソが指差した少年。

11、12歳位だろうか、腕を組み、俯いて目を閉じている。

まるで大人気取りだが、テーブルの上に置いてあるのはオレンジジュース。

オーソがカウンターの方に座り、何やら注文している。

シンバは少年に見覚えがある気がしていた。それを考えながら、オーソの隣に腰を下ろす。

オーソはもう酒を飲んでいる。

「シンバ、お前、これから何処へ行くんだ?」

「え、ああ、ちょっと約束があるから、そこへ向う。でも目的は赤髪の男を探す事だから、別に決まって行く場所なんてないよ。赤髪の男を見つける迄、旅は続く」

「では、その男が見つかったら、その後はどうするのだ?」

オーソは酒をグビーっと飲んだ。

「さあ、どうするんだろ。考えた事もないや。オイラ、先の事とか考えらんないんだよね。兎に角、一日。一日を生きてみようって感じで、ここまで生きて来たからなぁ」

「うぃ、ヒック! まぁな、先を考える奴はビーストハンターも旅人もできんだろう。しっかし、お前があのシンバ・フリークスとはな。わっはっはっはっは! ビーストハンターのシンバ・フリークスに乾杯!」

——酔ってる・・・・・・。

これではクリムズンスターについて教えてもらえそうにない。

——どうせ、大した事知ってそうにないか。

オーソの酔っ払う姿に、シンバは溜め息。

その時、オーソの真後ろで、さっきの少年がオーソの事をジロジロと見ているのに気付いた。オーソもその少年に気付き、

「ヒック! うん? なんだ? 何か用か?」

と尋ねてみた。すると少年は、

「おじさんが、あのシンバ・フリークス?」

と、尋ね返して来た。

「シンバ・フリークスはオイラだけど?」

シンバがそう言うと、少年は疑わしそうにシンバをジロジロ見て、

「あんちゃんが、シンバ・フリークス? ふぅん、思ってたのと違う。随分ガキっぽいんだな」

と、吐き捨てるように言い、酒場から出て行った。態度までも生意気にませた子供だ。

「わっはっはっは! 子供にガキと言われてるぞ、あのシンバ・フリークスが! 中々面白い子供だったなぁ。わっはっはっはっは!」

「でかい口開けて笑ってんじゃねぇよ、酒臭ぇ! 大体17歳が酒飲んでいいのかよ!?」

シンバはオーソの顔を向こうへ押した。しかし、オーソの首はグリンと戻って来る。

「シンバァ、ありゃりるれろらりろ?」

「ああ!? なんだってぇ!? うわ、寝てんじゃねぇよ! おっちゃん、ここの金払えよ! 奢りっつたろ! せめて自分が飲んだ分は払えーーーーっ!!!!」

シンバは仕方なく眠るオーソを背負い、その町の宿屋へと向った。

日もすっかり落ち、ここで宿屋は時間的にも調度良かった。

しかし、シンバは眠れなかった。

鼾をかいて、ベッドの上、大の字で眠るオーソが襲って来るなんて思ってもないが、誰かと一緒というのは気が許せない。

きっと幼い頃、ビーストに村を襲われた記憶が、今の自分をそうさせているのだろう。

ベッドの影にしゃがみ込み、クリムズンスターをギュッと抱き締め、窓に映る満月を見上げていた——。

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