第9話 灰燼

 「ジン!!」

 悲痛な叫びは届かない、小さな猫が言葉を発したことなど誰も気に留めない。

 振りかぶられた異形な大槌に全ての視線が刺さる。

 「死に際に教えてあげようか、合成器官武器【しな頭蓋ずがい】は一瞬の内に君を平らに変える!」

 高らかに、見せつけるように振り回す大槌が鈍い音で風を切る。恐怖を煽るその音が薄い意識の中確かに響いていた。

 パタパタと徐々に近づく小さな足音。一心不乱に小寺へ向かうそれは何度も聞いた音だった。

 「ジン!」

 アリアの声だ。来るなと叫びたいのに口から出るのはひゅーっという空気の音だけ。

 ドパンッ

 乾いた炸裂音に目を見開く、紙一重に飛び上がり躱したアリアはゴートを強く睨みつける。

 「喋る猫...面白いねぇ。君も持ち帰ろうかぁ。」

 気色の悪い二重の笑いが気に触れる。振り絞った力で身体を起こそうとしたその瞬間。

 ドゴンッ!

 重く沈む音が耳を潰した。衝撃が身体を浮かす。

 「...驚くべき生命力だねぇ、それに執念。それらに免じて身体を持ち帰るのはよそうかぁ。」

 静かに呟いたゴートは頭のそばに撓り頭蓋を当てる。まるでゴルフボールを打ち飛ばすように、綺麗なスイングが頭を奪い去っていった。

 アリア。最後に見えたのは泣きそうな顔だった。


 破裂音と共に血と骨が飛び散った。気味の悪い笑い声、泣きながら死体にすり寄った猫を見る。

 「次は君の番だぁ、大人しく待っていたまえ。」

 布を取り出し、撓り頭蓋に付着した血糊を吹き取ろうとした。美しい傑作はいつでも美しくなくてはならない。そう思い槌を見る。

 無い。べっとりとしているはずの赤い液体が一滴も。綺麗なのだ、美しくしようとしたものが美しい。違う、望んでいたのは汚い姿だ。

 辺りを見渡す、先ほどまで散々だった骨の欠片も血液も一つ残らず消えている。いや

 よく見れば撓り頭蓋の真下にもそれがある。指で撫でるとサラサラとした感触のそれは...

 「?」

 灰、燃え尽きた時に残る粉末がなぜ。大量の灰がジンの頭だった部分に堆積している。傷口からも溢れた灰が風に流れている。

 理解が追いつかないという恐怖がゴートの足を後退させた。


 それは風に舞う。渦を巻き形作られていく。

 「変わろう。」

 確かに聞こえた聞き慣れすぎた声。これは俺の声だ、頭が無くなる一瞬前、意思の籠った声が響いた。

 サラサラと音が鳴る。頭の無い身体を地面を確かに掴むてが起こす。立ち上がり、頭があるはずの場所で激しく渦を巻く灰。

 「灰燼だ...燃え尽きてなお息をする。」

 再構築された口が笑みをつくる。

 「俺は仁...灰の人格だ。」

 舞っている灰が仁の歩みに追従する。震えて声も出せないゴートの目の前で、力なく大きく拳を振りかぶる。

 「変わってくれ。」

 声が届くと同時、探求者の腹を力強い拳が抉り飛ばす。

 「あーあぁ...粋じゃあねぇか。待たせたなぁ、こっからは俺の番だ。」

 灰が躍る。凶暴な目つきが吹き飛び横たわるゴートを睨む。

 「俺は迅...暴の人格だ。」

 静かな獣の咆哮、纏う怒りが鎧のように可視化している。それは確かに幻覚だがゴートの目には確実に存在していた。


 「ば、かな...何が人格だぁ!」

 錯乱したゴートが心肺蘇生拍動砲を乱射する。それは足、腕、胴体を無残に抉り飛ばすがまるで血が噴き出さない。傷口からは代わりに灰が流れ出す。

 「いてぇだろうが。おら、さっきまでのお返しだ!」

 怯えて後ずさることしか出来ないゴートに蹴りを入れる。追撃の手を止めず、馬乗りになる迅は顔面を潰すほどの連撃を浴びせた。

 狂気的な笑顔で連打する迅、心底楽しそうな顔をみたゴートは殴られるままに何もできずにいた。

 

 「ふぅ...やべぇ殺しちまったか?」

 見下ろした男はピクリとも動かない、顔面はもはや原型を留めておらず血に染まっていた。

 「ジン...っ!」

 震え声で駆け寄った灰猫を抱き上げる。すんすんという鳴き声に小刻みに震える身体。泣いた猫の温もりが心地いい。

 「心配しました...」

 「あぁ、俺も死んだと思ったぜ。」

 いつも恥ずかし気に逃げてしまうが、今日は素直に頭を撫でさせてくれる。合って十日ほどの短い期間。友達とも言えない関係の一人と一匹はまるで再開した恋人のように抱き合った。

 「かっ...げっ...」

 そんな空気を邪魔するような二重声、言葉にならない呻きが感動の場面を遮る。アリアを下ろし遠くへ離す。

 「まだやるか?」

 「とう、ぜんだぁ!とどめをささなかったこと後悔しろぉ!」

 どこにそんな力が残っていたのか、飛び上がり再び戦闘態勢に入る。いつの間に移動したのか、そばにはアルスナルが横たわっている。おもむろにぐちゅぐちゅと目玉を掻き出した。

 「しねぇ!!」

 振りかぶり全力で投擲する。眼前に迫る目玉、小型の爆弾だろうか咄嗟に手で払おうとしたその時。

 大きな音に眩い閃光。

 「くっ!!」

 思わず目と耳を塞ぐ。十数秒、たったそれだけの時間。目を開けるとゴートとアルスナルの二人は跡形もなく消えていた。

 「あいつ...っ!騙しやがった!」

 地面をたたく迅、鈍い音に大地に衝撃が走った。往生際の悪い奴だ。

 しかし、壮絶な戦いは終わった。訪れた平和に安堵した群衆は、高らかに歓声を上げたのだった。






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灰燼ト踊ル 式 神楽 @Shiki_kagura

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