第8話 探求の怪物

深く肉を抉る手が、腹の中を探るように蠢く。ぐちゅぐちゅと血肉をかき分ける不快な音だけが耳を触り、くつくつとした笑い声がさらに不快さを増していった。

 アルスナルと呼ばれ、そばに置いていた長身の男は仲間では無かったのか。誰もが驚愕に顔を歪める。

 「とれたとれたぁ、待ってもらって悪いねぇ。」

 嬉しそうに笑うゴート、決して待っていたわけでは無い。突然の出来事に迅でさえも動くことが出来なかったのだ。

 ずるりと引き抜かれた手には血塗れたが握られている。長く柔らかい、あれは紐だろうか。体内から出てきたのは形容し難い、今まで見たこともないおぞましい肉紐。かろうじて表すとするのならば鎖、だろうか。

 「見たまえよ、この美しき創造物をぉ!」

 ぼとぼと音を立て地面に流れる肉の鎖を握り、恍惚とした表情で叫ぶ。

 「私が生涯をかけて作り上げた傑作だぁあ!!腸鎖ちょうぐさり!ああぁぁああぁ!拝むことの出来た幸運に!私という天才を前にした劣等感に!今日という終わりの絶望に!!打ち震えろぉぉ...」

 せわしなく動く眼球が、零れ落ちそうに飛び出す。涎を垂らし快感に絶頂するゴートは、手に持った肉紐を鞭のようにしならせ、べとりとついた血を振るう。

 腸鎖、何人もの小腸を切り取り、つぎはぎを鎖素子として連結した非道の武器。鎖として対象を拘束することはもちろん、鞭として扱う事も出来る。探求者ゴートによる、人体改造の副産物として産み落とされたシリーズの一つであるこの武器は、通常アルスナルの体内へ収納されている。


 「外道の域を大きく超えている...」

 冷静に考えることを阻害する。何事にも動じない氷の女帝でさえも、目に映る光景に胃酸が喉を通る。心を落ち着け倒れるように座る、加勢するのが正解であるのに笑う膝が止まらない。一国の主が情けない、つぶれるほどに力を込めた右手を自分の足に振り下ろす。残るのは行き場のない悔しさだけ。

 飛び降りた灰色の小さき者、僅かにでも近くへと彼の認識の範囲外ギリギリに座る。一緒にいて十日と経たない短くても濃密な時が、灰猫の頭を駆け巡っていた。しかしそんな心配が伝わってしまったのか、彼はこちらを向くと一瞬笑顔を見せた。幻聴が聞こえた、心配なんてしてんじゃあねぇぞ、こら。気のせいだと分かっているのに、そんな声に少し安堵してしまう。見守るだけ、辛いのは持つ力を彼のために使えないこと。残るのは虚空に消えていく哀しみだけ。


 「感度に言葉も出ないと見たぞ、ハイガミぃ。そのまま死を受け入れなぁ!!」

 腸鎖が迅の頭向けて撓る。先端が見えなくなる程の速さで襲い、首から上を跳ね飛ばさんと襲う。

 ボンッ!と空気を割る音、しかし一瞬前に頭があった場所には何も無い。迅は咄嗟に身を屈ませ避けると、まるで獣が突進しようとする姿勢を取った。手足は地面を噛み締めて、莫大な力を地面に貯めこんでいた。

 吠える。風を切って飛び込んだ迅が、ゴートに飛び掛かった。全体重を乗せた右腕が、腸鎖を握る手を吹き飛ばした。

 ドパンッッ!

 鈍い打撃音に空気の破裂するような音が重なる。仕掛けたのは迅、のはずなのに後ろへ吹き飛ばされたのも迅の方。宙を舞う体には大きな穴が開き、あったはずの骨も内臓も、穴の箇所だけ綺麗になくなっている。一回転しうつ伏せに地面に叩きつけられ、勢いよく吐血した。

 「がぁはっ!ぐっ...」

 何が起こったのか、一瞬のうちに起きたことが目に焼き付いているが、脳の理解が追いつかない。見上げ睨む、ゴートは腸鎖ごと吹き飛んだ右腕を見つめ、笑みを浮かべている。迅の方を向くとさらに喜色を深めた。

 「ああぁ、見ただろぉ?素晴らしき私の傑作を!!やはり私は天才だぁ...腸鎖がだめになったが、まぁ作り直せばいいさぁ。」

 悲鳴のように喜びを叫ぶ、掲げた左手には、バクバクと規則的に収縮と膨張を繰り返す、新たな武器。

 「合成器官武器・心肺蘇生拍動砲しんぱいそせいはくどうほう。心臓と肺を合成し作り上げた傑作だぁ!腸鎖と同様、最高に美しいだろぉ?ほめるなよぉ、くくくっ。」

 心臓と肺を無理矢理つなげたようなその武器は、拳銃の形に良く似ている。引き金を引くことで後方の心臓が拍動し、連結した二つの肺に溜まった空気が射出される簡単な造りだが、空気銃であるというのに鉄板に軽く穴を開けるほどの威力を誇る。

 「人間を殺すことだけに特化した武器という美しい存在に、生きるだけに特化した人体という存在。二つの美が融合し、絶大な力を生んだのだぁ...」

 二重声が語る美は醜さだけを孕んでいる。しかし、正道を徐々に侵食していく外道が速さを増して止められない。血だらけで睨み、死の淵を片足で跳ぶことしか出来ない迅を、笑いを止めたゴートが虚ろに見下す。言葉を発することさえままならない、転がるだけの死体と変わらない。

 「興が覚めたてしまったようだぁ、終幕といこう。安心に浸るといい、君の体は天に昇るさぁ。私の探求の礎という喜びだぁ!」

 ゆっくりと歩み寄る。迅の頭近くで身を屈めるゴートは、顎に手を当てじっくりと嘗め回すように観察した。一通り見て立ち上がると今度は残念そうに溜息を吐く。

 「なんと、残念だぁ。穴を開けすぎてしまったようだねぇ。仕方ない手足はもらっていくよぉ?頭はそうだな...潰してしまおうかぁ。」

 気持ちの悪い声が迅の朦朧とした頭に響く。ゴートは指を振り、腹部から血を流すアルスナルを呼び寄せる。

 「すまないねぇ、頭に関してはほとんどを突き詰めてあるのだ。持ち帰ってゴミにするわけにもいかないのでなぁ。」

 傍に来たアルスナルに背名を向けさせると、太い首目掛け力強く手を突き刺した。

強引に引き出した太い骨、同時にアルスナルが地面に倒れる。手に握られた大物を固く握りしめたゴートは、別れを惜しむかのように切ない顔を浮かべた。

 「許せとは言わないよぉ?せめて苦しまないように済ませるさぁ。」

 目を閉じ、祈るように天を仰ぐ。

 探求の道に慈悲は無い。

 

 

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