第7話 掃滅する一撃

 日が昇り間もない早朝、監視塔の兵士がついた鐘が街に響いた。この一週間余念なく訓練していた通り、兵士が所定の位置へとついた。耳を劈くような特徴的な金切り声が神山にこだまする。弩砲を上空へと向ける、悠々と滞空する五体の怪鳥は、まるで海鳥のように気持ちよさそうだ。

 降り立った時をじっと狙う、チャンスは一度きりだが決まれば戦況を大きく変える。そんな作戦に、まるで吸い込まれるように一体降りてくる。

 「撃てぇ!!!」

 直線に飛来する大矢に、山なりに降り注ぐ大石の雨が大地を抉り、もうもうと土煙を上げる。

 「やったか...?」

 舞い上がる砂塵が風に吹かれて徐々に晴れていく。横たわる、翼が折れた怪鳥の体には無数の大矢が刺さり、致命の傷を与えていた。すでに声上げる気力すらない鳥は、もたげた首を静かに下ろす。

 うぉおおおおおお!!!

 歓声が轟く。ただ一つの犠牲無く、開戦と同時に一体を仕留められたのは、これからの士気に大きく影響する。

 しかし、そんな束の間の歓喜はすぐに緊張へと塗り替わる。次々に降り立つ四体の怪鳥が、絶命した仲間に一瞥もくれずに街の方へと向く。

 「総員!戦闘態勢!!!」

 総隊長の声に歩兵が槍を構え、砦の弩砲が首を下げる。突撃の合図を背に受けて一斉に驀進する。炎を吐く予備動作を見せた怪鳥の頭には上から矢を注ぐ。一切の隙を見せずに猛攻を続ける。一瞬でも相手に攻撃のチャンスを与えてしまえば、何十人もの命が軽く吹き飛ぶのが目に見える。

 「だめだ、体がうずいて仕方ねぇ。」

 兵士たちが必死に戦う中、砦の上、王の隣で退屈そうに戦局を見下ろしていた迅が、王の制止を振り払い飛び降りる。

 「まったく!野生の獣だなあいつは...」

 重鎮を交え毎日重ねていた軍議によって、コカトリスを単騎撃破出来る迅は最終兵器としての役割が与えられた。戦闘狂の迅は毎日のように抗議したが、必死の説得により渋々承諾。アリアと共に王の守りを任された、のだが...皇帝は膝に乗せた灰猫を撫で、一層深く息を吐いた。

 

 戦場に降り立った凶暴が息を吸う。血の匂いが鼻を抜け脳を刺激し、分泌された脳汁が全身に巡る感覚に、興奮と快感がエネルギーに昇華される。

 「一体引き受ける!!あんたらは他を頼む!」

 苦戦を強いられていた部隊と代わり、他よりも一回り大きい個体と相対する。嚙み締めた歯がギリギリと音を立て、力込めた拳から血が滴り地面を濡らした。今までの退屈した時間を圧縮したかのような渾身の一撃が、コカトリスの脳天に直撃する。

 ズガンッッッッ

 撃鉄のような爆音が鳴り響き、怪鳥の個体が地面を跳ねる。その一撃はコカトリスの頭だけでなく、押され気味だった戦況をも覆す破壊的な一撃であった。

 残り三体。多くの犠牲を出しながらも、必死の抵抗により確実に善戦をしている。迅の一撃に鼓舞された兵士たちが、勝利の片鱗を見た。そんな時だった。

 キィィャャヤヤヤァァァ!!

 三体のコカトリスが同時に、喉が引き裂かれたような金切り声を絞り出した。と同時に、鈍く轟く破裂音。迅の目の端に緑色の光が走った。咄嗟に振り向くと、そこは戦場に湧き出た地獄が広がっていた。


 ごうごうと音を立て緑炎が地面を焦がす。先ほどまで怪鳥を構成していた血肉は、超高温の炎で焼失し、最早跡形も残っていない。その惨状は、怪鳥を囲んでいた兵士たちがどうなったのかなど容易に想像させるものであった。

 突如として起こった謎の爆発は三体を一瞬で屠ったが、代わりに兵士の半数を消し去り、残った者も火傷や裂傷の数々。戦いが終局を迎えた、いや強制的に迎えさせられた戦場は戦々恐々とし、あまりの驚愕に震ることさえ許さない。誰が、こんなことを。

 静まり帰り、凍てつく空気。傍観していた皇帝でさえ、唖然と立ち上がったまま身動き出来ないでいた。そんな中何処からか、くつくつと底冷えするように不敵な笑い声が聞こえてくる。

 「素晴らしいぃ!!予想以上だろぉ!?アルスナル!!」

 気色の悪い混じる声、全ての人間が声のする方を振り返った。先ほどまで確かに誰も居なかった、迅が一撃に沈めたコカトリスの上。真っ白な装束に身を包んだ二人組が気配無く立っていた。

 声を発した細身で中背な男は、両の手を大きく広げ、飛び出そうな程目を見開いて笑う。裂けそうな程引きつった口に、およそ人間のものでは無い尖った耳を持っている。一方、アルスナルと呼ばれた長身の男は、何処にでもいるような特徴の無い風貌。

 気味の悪い、正反対な二人が辺りを見渡す。中背の方が迅と目を合わせると、にたりと笑った。

 「見ていたよ君ぃ。」

 語りかけて来る声、一つの口から二人の声が混じって聞こえるという違和感が、脳の歯車に歪みをもたらす。

 「あぁ、この声かい?ちょっとした改造でね、声帯を増やしてみたんだよぉ。気になったことは試してみないとねぇ、そうだろぉ?」

 ねっとりした話し方に嫌気が差す。そんな迅の顔に気づいたのか、男はさらに笑みを深めると無口な長身を連れ、地面に降りた。

 「私は、探求者ゴート・ジィ。そしてこちらはアルスナル。助手、のようなものかねぇ。」

迅は鋭く睨みつける。ゴートと名乗る男の淡々とした態度に二重の声、今まで感じた事の無い感情が、ぐつぐつと湧いてくる。頭の中を染めていく、これは怒りだ。

 「おや、益体もない...君を支配せんとするその衝動は、考えを鈍らせる魔物だぁ。」

 それとも、と男は言葉を続ける。

 「君とそこらに転がる雑兵、昵懇じっこんの間柄とでも言うつもりかい?」

 ぎょろりと反り目にして左右を見る。目に映るのは苦痛に悶え、地を這う兵士たち。

 「何言ってんだ。俺は、俺の邪魔をする奴を排除するだけだ。」

 ここ一週間、毎日のように酒を酌み交わした兵士たち。よそ者の俺を快く受け入れるような気の良く、馬鹿な奴らだった。それでも、いやだからこそ巻き込むわけにはいかない。

 「お前らさっさと下がれ!邪魔なだけだ!」

迅の言葉に衛生兵が礼を飛ばし、負傷兵を連れていく。戦場に残るのは三人のみ。砦の上では皇帝が固唾を飲んで見守っている。アリアは今にも迅のそばへと駆け寄りたいが、それを望まないことを知っている。

 「ついに整ったかねぇ!この一週間待ちに待った瞬間だぁ。コカトリスをオルディラにけしかけて待ちに待った侵略の時...君という異例な存在は私の退屈を拭い去ってくれたぁ!僥倖だよ、探求心が湧いているぅ!!」

 大きな身振り手振りで演説するゴートは、息荒く言葉を継ぐ。叫びにも近い喜びに震えたように、握りしめた手を高く掲げ天を仰いだ。

 「くくっ、君の名前を聞いておこうかぁ?」

 神経を撫で触る交じり声に挑発するような表情、丸めた背中でこちらを覗き込む。

 「灰咬迅、覚える必要もない。お前の記憶は脳みそと一緒に潰してやるからな。」

 挑戦的に歯を剝いて笑う。研ぎ澄まされた殺気が、びりびりとゴートの肌を刺激する。膠着が続く。開戦の合図はゴートによってもたらされた。血が噴き出す。彼の腕が隣に立つ男の腹部を勢い良く貫いた。



 

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